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マルコ・パンターニのおもひで

当ブログで継続的に訪問者のある記事・・・「チェゼナティコ」。
旅行中にイタリアのチェゼナティコを訪れた時の日記で、もうずいぶん前(2010年夏)のことになるのですが、今でも時どき訪問くださる方がおられてうれしい限りです。

知る人ぞ知る、「チェゼナティコ」はパンちゃんことマルコ・パンターニの生まれ故郷で、パンターニ博物館があり、パンちゃんのお墓があります(実家もあるはず)。
記事を訪問される方のほとんどは、パンちゃん絡みの検索から来ているのではないかと。つまり、自分と同じようにパンちゃん好きの人たちなのではないかと、勝手にそのように想像しています。
それで今回は、ちょっとパンちゃんのことを書いてみようと思います。もしかしたら、そんなパンちゃん好きの方たちと懐かしい当時のあれこれを共有できるかもしれません。
あわせて、博物館の写真も少々追加しておきましょう、現地の雰囲気がよりわかるように。

はじめてパンちゃんのことを知ったのは、'94年のツール・ド・フランス。
まだネットもCSもまともになかった頃だが、辛うじて夜遅くに地上波で放映していた。確かフジTVだったと思うが(それ以前の80年代はNHKで特番をやっていた)、当時は短い時間であったが毎晩放送していたと記憶している。

いやー衝撃的でしたね、パンちゃんの走りは。
カミソリのような切れ味、爆発的なアタック。山岳ステージでひとり異次元の走りをしていた。
当時はインドゥラインが絶対王者として君臨しているときだったが、そのインドゥラインもあっという間にちぎられる。衝撃でした。
インドゥラインという人は典型的なオールラウンダーで、TTにめっぽう強く、山でもクライマーに遅れないでついていける。
当時、圧倒的な強さを見せていて、ある意味ツールをつまらなくしていたのだけれど、そこへ彗星のごとくパンちゃんが現れた。
確か、プロデビューしてまだ二年くらいではなかったか。当時所属していたカレラチームには、同じイタリア人のキャプーチというエースがいて、やはりクライマーだったのだけれど、その年のツールでは完全にパンちゃんがお株を奪っていた。
山岳ジャージこそビランクが着ていたけれど(その年から'97年までツールの山岳王)、パンちゃん以外の人が着ているのが恥ずかしくなるくらいのインパクトが、パンちゃんの走りにはあった。山岳ジャージを着ていようが、何人なりと山ではパンちゃんにちぎられてしまうのだから。パンちゃんがアタックすると誰一人ついていけないのだから。
本当の山岳王は誰か、誰の目にも明らかだったけれど、こればかりは山岳ポイントの多少で決まるもの。たぶんその後も含めてツールでパンちゃんが山岳ジャージを着たことは一度もなかったと思う。

ちなみに・・・パンちゃんといえばスキンヘッドがトレードマークですが、'94年のツールのときはまだ髪の毛がありました。
翌年ツールで見たときスキンヘッドになっていて、その後はずーっとスキンヘッド。

もう20年も前の話になるんですね・・・。
当時、自転車はクロモリに代わってアルミフレームが幅を利かせ始めたとき。どのマシンもホリゾンタルの同じ形をしていた。
コンポでいえばカンパニョーロが君臨していて、シマノがはじめてツールを制するのはそれから数年してからのことだ。
まだヘルメットも義務化されておらず、レースでヘルメットをかぶるプロ選手はほとんどいなかった。特に山岳ステージでかぶる選手はほぼ皆無でしたね。
UCIでヘルメットが義務化されたのは2003年頃?それほど昔の話ではありません。気付いたら山岳でも全ての選手がヘルメットをかぶるようになっていた。

今は、逆になんでこんなにブームになっているんだろうというくらいロードバイクが流行ってますが(旅から日本に帰ってきたとき驚いた)、当時は、こんなにおもしろいのになんで誰も知らないんだろうというくらいマイナーだった。
どちらかというとMTBがちょっとしたブームになりつつあり、ロードとMTBの立場が今とはまったく逆でした。おもしろいですね。

パンちゃんは下りも上手くて速かった。上体を伸ばしてサドルの後ろに尻を落とす独特のフォームで、実にスムーズに、弾丸のように下っていく。よくパンちゃんのフォームを真似したものです(笑)。
独特といえば、上りでドロップバーの下を持ってダンシングするのも独特。レーサーパンツのパッドを好まず、わざわざとってしまうなどというのもパンちゃんくらいのものだ。

体形は完全にクライマーのそれ。華奢で、まさに天性のクライマーといった感じ。
身長:172cm、体重:56kg、体脂肪率は3%くらい。
驚くべきは平常時心拍数・・・1分間に36回。パンちゃんによらず自転車選手は皆、平常時の心拍数が低く、だいたい40回前後が平均値です。それが最大196回とかまで上がるのだからすごい。
この肉体が、一日に7,000kcalほども摂取しながらステージレースを毎日走るわけです。

ナイーブで、どことなく陰がある。口数も少なく、お世辞にも外交的とは言いがたい。が、気難しそうな反面、どこか愛嬌がある。
走りに加え、そんなパンちゃんに多くの人が魅かれたのだと思う。

自分のマシンに妙にこだわりがあるところもよかった。山では、頻繁に変速するわけではないフロントをWレバーにしてみたり。
軽量化という名目なのだろうけど、これで軽量化できる分なんて高が知れていて、要は気持ちの問題ということ。
選手の中には単なるレース機材と割り切って、自転車に何らこだわりを見せない人もいるが(アームストロングなんてその典型だったと思う)、パンちゃんはとことんこだわっているように見えた。
そんなマニアックなところも個人的にすごく好感が持てたし、自分と同じ歳、というところもどこか身近に感じられた。

パンちゃんといえば切り離せないのが落車。
それも、あり得ない外的要因に巻き込まれてしまうことが多く、とことんついてない選手だった。飛び出してきたネコを避けて落車したり、レース中になぜかコースを逆走してきた車に衝突したり、とにかくついてない。
'94年のツールでもいきなり落車していたし、'95年のレース中の事故で'96年は丸々一年、棒に振ってしまった。
これだけ落車に泣かされた選手も他にいないと思う。

それからもうひとつ、これはパンちゃんというより自転車競技界全体にかかわることだけれど・・・ドーピング問題。
長くなりそうなので、これについては次回書きます。

つづく

線路脇の表示板_サイズ変更 パンターニ博物館_サイズ変更

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トータルで一番長く乗ったのはカレラかな・・・?           '94ツールのときはこのカレラ

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'98ツールのビアンキ(微妙にスローピングしている)・・・自分にとって一番印象深いマシン

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触れることもできます                           "PIRATA" パンちゃんの愛称で海賊の意

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サドルはセライタリアのフライトをずーっと愛用    フロントはWレバーになっていて、エルゴパワーの変速ユニットは抜かれている

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'99ジロのビアンキ・・・チームでパンちゃんのだけ黒塗装だった        カレラ時代のフレームスケルトン

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パンちゃんは絵を描くのも好きだったようである

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こちらはファンの方?の作品 パンちゃんといえばやはり山です!
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