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日本百名山

先日、ブックオフで深田久弥の「日本百名山」を見かけ、買ってみた。
パラパラ読んでみると、これがなかなかおもしろい。

これまで、こういったことにはあまり興味がなかった。
こういったことというのは、その山が人とどう関わってきたとか、いつ頃から登られてきたとか、はたまたその山の植生などといったこと。
クライミングにのめりこんでいるときは、山を単に登攀の対象として捉えていた。興味があるのはルートの難易度であり、雪や氷の状態であり、いかにプロテクションをとれるかということだった。
極端に言うと山頂からの景観なんかもどうでもよく、当時は山にカメラを持って行くということすらしていなかった。
見方が改まったのは、大きくは伊那谷に引っ越してからだと思う。つまり、まだつい最近のことなんです・・・。
伊那谷へ来て、山との距離感が変わった。山がより生活に密着したものとなった。
ここへきてようやく一皮剥け、もう一段高いところから山を見ることができるようになったということだろうか・・・都合よくそんなふうに考えている。

そんなわけで日本百名山。
これまでどちらかというと冷めた目で見てきたけど、興味が出てきた。
あっ、興味が出てきたといっても今から百名山ハントを始めるとかそんなことじゃないですよ(笑)。
昔の人がどうやって登っていたとか、どこから登っていたとか、山名の由来とか山の植生や景観、そんなところに興味が出てきた。
登ったことのある山や、特に身近な山(ちょっと前なら上越国境をはじめとした群馬の山、今なら中央アルプスや南アルプスの山)についての項はたいへんおもしろい。
「あっ、やっぱりそう思ったか」とか、読んでいて一人膝を打ちたくなってしまうことしきり。

例えば中央アルプス、木曽駒ヶ岳の項にはこうある。
「同じ信州の木曽谷と伊那谷の間を仕切って、蜒々と連なった山脈、普通これを中央アルプスと呼んでいる。その主稜は、北の茶臼山から南の越百山までの長い間、二千五百米以下に下ることがない。全くの屏風である。」
「駒ヶ岳が多くの登山者を見るのは、伊那側にせよ木曽側にせよ、里に近いからでもある。近い代りに登りが急である。両側とも里のある所は標高六、七百米くらいで、そこから三千米に近い高さまで登るのだから、急なのは当たり前である。」

・・・中央アルプスを見ると、やはり誰でもそう思いますよね。
伊那谷から、特にちょっと高いところから見ると屏風のように見える。
今はロープウェイがあるから、木曽駒は深田氏の執筆当時とは比べ物にならない賑わいようだと思う。
ロープウェイは使わないにしても、今はずいぶん奥まで車でアプローチできてしまうから、そうした場合はここで言っている「登りが急」というのは理解できないかもしれない。

その山に初めて登った時の感動というのはやはり大きい。
そして、初めて登るというチャンスはどの山も一度しかない。ルートを変えても登った先の山頂は一緒なのだから。
その一度きりのチャンスは大事にしたほうがいいのかもしれない。
ただ単に山頂に立つという結果だけを求め、一番楽で短いルートからとにかくピークハントする、というだけではもったいない。
歴史的なことや地形的なこと、そういったことを知った上で山に向うと一味違った接し方ができるのではないかと、そんなふうに思うようになった。
「日本百名山」もそのための参考として実に有用だと思います。山に行くごとにその山の項を読んでみてもおもしろい。

登るに際しひとひねり加えてみるのもおもしろいかもしれません。
例えばすべて雪のあるときに登ってみるとか、縦走はせずにすべての山を下から登ってみるとか、日帰りでピストンしてくるとか、逆に必ず上で一泊するとか、なるべくマイナーなルートから登るとか・・・いろいろひねりようがあります。

自分ですか。自分の場合は老後の楽しみにとっておくつもりです(笑)。
すべて人力でアプローチ(主に自転車)したらおもしろいんじゃないかと画策してます。
百名山の次には二百名山も三百名山もありますしね。ま、そんなものにこだわる必要もないのですが・・・。
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