FC2ブログ

三倉にて

2013/5/22 水
始:8:30 ~ 終:12:30 走行:25km
~ 天竜 ~ 森 ~ 三倉

伊勢の神宮と同じように、日本に帰ったら必ず行こうと誓っていたのは渡辺君の実家だ。
今日ようやく行くことができた。

晴れ。
テン場はえらく快適で、しばらく日が当たらなかったのをいいことに、のんびり7:00過ぎまで寝ていた。
日なたは朝から夏のような暑さである。

鳥羽山から下り、三倉にある渡辺君の実家を目指す。
浜松から離れ、森の手前あたりまで来るとだいぶいい感じになってくる。山が近くなり、テン場もそこかしこに探せるようになる。
森で買い物をしてから山間の県道を三倉まで上る。さらに山が近くなり、ますますいい感じになってくる。

渡辺君が書いてくれた住所を頼りに実家へ向かう。最奥のGSがそうだと教えてくれていたので場所はすぐにわかった。
電話番号を知らなかったから突然の訪問となってしまったが・・・GSの隅に自転車を止めて事務所を訪ねる。
お母さんがいた(ずいぶん若く見えたから最初は確信が持てなかったのだけれど・・・)。自分らのことを知ると、お母さんはすぐにお父さんを呼びに行ってくれた。
ご両親ともえらく感激してくれ、こちらとしてもいろいろな思いが交錯しまくって目頭が熱くなった。

何はともあれ家に上げさせてもらって仏壇に手を合わせる。
今朝トイレで髭だけは剃ってきたとは言え、汗だくの汚い格好で恐縮である。

ご両親が渡辺君の撮った写真(大学で写真の勉強をしていたから一味違う)や彼が旅中に書いた日記を持ってきてくれて、それらを興味深く見せてもらいながらいろいろ話をした。
渡辺君とはとにかく気が合って、あれこれ話をしていたので話は尽きない。さらに、お父さんもお母さんもえらく話をしやすい人だったから、話しているこちらが夢中になってしまった。

「世界中にこんな景色のところは他にないですよ」と渡辺君が語っていたチベットのチャンタン高原の写真もあった。
が、彼の熱弁していた「大地から空までの色のグラデーション」というのはやはりそこには写っていない。
それは知っていた。
「何度も写真に撮ったんですけど、写真にはまったく写ってなかったですね・・・」と彼が言っていたからだ。
その色のグラデーションをこの目で確かめに、いつかチベットに行ってみたい。いや、行かねばならない。

日記も興味深く読ませてもらった。膨大な量だからもちろんごく一部だけだけれど・・・。
実のところ、最初は見てもいいものかどうか迷った。人に読まれることを意図して書いたものではないだろうからだ。
日記というものは、書いているとき人に読まれることはまず想定していない。
ブログにアップしたりしているのはまた別だ。最初から人に読んでもらうために(少なくとも人に読まれることを想定して)書いている。だからそこでは、なんでもかんでも素直に好きなように書けるわけではない。
そんなわけで、普段他人の純粋な日記というものを目にする機会なんてまずないわけだけれど、ちょっと罪悪感を感じつつ覗き見させてもらった。

非常におもしろかった。
あの時そんな風に思ってたのか、とか、そんなこと気にしてたのか、とか・・・知りえなかったその人の内面を垣間見られた気がして非常に興味深かった。
渡辺君の感覚は自分らにとても近かったから、読んでいて自分の中に入ってきやすい。というか、やはり似たような感覚だったんだなと、日記を読みながら改めて感じ入っていた。
山ヤ的な感覚というのかな。同じようなところを求めてテン場を探し、同じようなところにテントを張っていたり、食べているものは違うのだけれど、買い出ししているものなどにもどことなく共通点があったりする。
距離や時間、標高、気温、ルートの状況や天気のことなど。これらを詳しく記録しているのも山ヤの習性であると思う。状況を思い浮かべやすく、参考になるし、読んでいてとにかくおもしろい。
渡辺君の場合は毎日湿度や風向き、風力まで記録してあった。さすがだ(風力計を持っていたのはドゥシャンベで見せてもらって知っていた)。
ちなみに、自転車を含め旅のブログや何かでそういったことを記録してあるものはまずない。
「ギャー」とか「オー」とか直感的な印象のみが羅列されていて、日付けすら欠落しているものが少なくない。読んでいる大多数の人にとってあまり細かいデータは要らないのだろうけど、例えば日付けや時間といった最低限のデータだけはつけてもらいたいものだと常々勝手に思っている。でないと記録としてまったく参考にならない。

ビールをいただきながら夕飯をご馳走になっているときも、そのあとも、話はまったく尽きることがなかった。
(昼食をご馳走になった上、この日は泊めていただけることになりました。ありがとうございます。)
当たり前のことなのだろうけど、ご両親が渡辺君のことを一番よくわかっていらっしゃる。やりたいことをやっていた彼の生き方を真正面から理解し、応援されていた。
これはすごいことだ。ちょっと羨ましくさえ思った。
世間一般的には、「いい大人になって定職にも就かず・・・」となるのが相場であるような気がする。自分らも旅の間、心の奥底にはある種の後ろめたさのようなものがあった。
(本人としてはやりたいことをやりたいようにやっているだけで、特に世のため人のためになっているわけでなし、社会貢献などとは無縁のことをしているわけで、ちょっと後ろめたいところがあるのです。)
ご両親をはじめ彼のご家族は、そんなことは微塵も考えておらず、むしろ話をしていたこちらが元気をもらった気がする。
価値観を共有できる人と話ができるというのは幸せなことで、話をしていてとても楽しかった。次から次へ、夢中で話をしてしまった。

結局、ご両親とは1:00頃までお喋りに興じた。
さらに床に入ってからも日記を読ませてもらったのだけれど、到底読みきれる分量であるはずもなく。
それにしても・・・ここからなら伊那谷の自宅まで秋葉街道で一本道。直線距離で(あくまで直線距離だが)すぐのところだ。
本当なら旅から帰って簡単に行き来できたのに・・・。

IMGP9924_サイズ変更  P1190391_サイズ変更
三倉へ・・・森から先は山が近くなっていい感じになる    渡辺君の実家・・・これも話に聞いていた

P1190396_サイズ変更
翌日、出発前に撮った記念写真
関連記事
スポンサーサイト



Comment 0

There are no comments yet.

Leave a comment