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関門トンネル人道経由、下関

2013/4/9 火
始:9:20 ~ 終:17:30 走行:33km
~ 小倉 ~ 門司 ~ 下関

朝はどんより曇っていたが、11:00頃になると晴れた。風が強く肌寒い一日。
山から下ること4kmで国道に出る。すると、いきなり車の往来の激しい大都会・・・そのギャップに驚く。
国道に出て1kmも走るとモノレールが現れ、さらに3kmも走ると都市高速が現れる。
昨日テントを張ったところは、市街地手前のラストチャンスのような場所だったようだ。

R322を北上し、小倉でR3に乗る。交通量は多いが、歩道が広く走りやすい。
ただ門司のあたりまで来ると、道路が狭くなって少々走りにくくなる。

門司でも素晴らしい出会いがあった。
道路端に車を止めて手招きしている人がいたので、自転車を止める。
その人、近所に住んでおられるアサウミさんは、昔自転車であちこち旅をされていて、懐かしくて声をかけてくださったということだった。
当時、ご本人も各地でいろいろな人から親切を受けられ、「そのことが懐かしくて・・・」ということだった。
「時間があれば一緒に昼食でも」と誘われたのだが遠慮すると、「もう少し先に行ったところで待っていてください」と言って近くの寿司屋で寿司を買ってきてくれた。感激!!
こういう出会いはとても気持ちのいいものだ。

アサウミさんの持たせてくれた寿司は、関門橋近くのノーフォーク広場でいただいた。めちゃくちゃ旨かった・・・。
ちなみに、このあたりまで来ると、テントを張れそうな場所があちこちに見られる。

さて、門司と下関の間の関門海峡ですが、徒歩や自転車で渡れることをご存知でしょうか?
関門橋は高速道路だし、いわゆる関門トンネルも自動車専用。
自分らも今日はじめて知ったのであるが、実は関門トンネル人道というのがあり、徒歩や自転車で通行することができる(ただし自転車は押して)。
関門トンネルというのは二階建構造になっており、上段が車道、下段が人道になっている。知らなかったわ・・・ビックリした。

人道の入口は和布刈神社の近くにある。
和布刈神社は門司側の橋脚の基部にあり、ここから見上げる関門橋は迫力がある。これまで何度か渡ったことのある関門海峡であるが、ここまでまじまじと関門橋を見たのは今日がはじめて。
関門海峡は潮の流れが速く、潮位の差によって流れの向きが変わる。
この時の潮流は西→東。その方向に進む大型船がすごい速度で橋の下を通過してゆく。

人道入口からエレベーターで人道に降りる。
そこには国道2号の標示があり、歩いている人がけっこういた。たまたまエレベーターで一緒になった人の話では、付近に住む人たちのランニングやウォーキングのスポットになっているらしい。
なるほど・・・確かにここなら天気によらず運動ができる。
人道の全長は780m。床は衝撃吸収性の素材でできている。ここを往復しているだけでいい運動になるという寸法。
珍しくて新鮮で、そこにいるだけで楽しくなってくるような場所だった。

門司側と下関側のエレベーターホールにそれぞれスタンプ台があり、それぞれ半分ずつとなったスタンプを押せるようになっている。
専用台紙に双方のスタンプを押して指定の観光案内所へ持って行けば、記念証を発行してくれる。
ミーハーながら、後ほど下関駅に出向いてもらってきました・・・「関門TOPPA!記念証」というのを発行してくれます。
いずれにせよ楽しいところなので、一度歩いて横断してみることをオススメします。

下関側も門司側と同じ構造になっていて、エレベーターで地上に上がる。
そうそう、下関側に料金箱が設置してあり、自転車の通行は20円です(徒歩は無料)。

さてさて。下関には見どころがたくさんある。
二人ともこれまで通過したことはあっても立ち寄ったことはなかったので、のんびり見て回ることにした。
人道入口の目の前が壇ノ浦の古戦場。かつ、幕末の馬関戦争の時にはここから外国船を砲撃した。その時の長州砲が何門か並べられている。
そこから海沿いにちょっと下ったところに赤間神宮がある。鮮やかな竜宮造りで、巫女さんの常駐している大きな神社である。
ここには壇ノ浦の合戦に破れ、二位の尼に連れられて僅か八歳で入水された安徳天皇が祀られている。そのほか境内には平家一門の墓や、耳なし芳一の芳一堂もある。
社務所にて、平家蟹というものをはじめて見た。もちろん生きているものではないが、コイツは確かに奇妙なカニだ。

赤間神宮の隣には春帆楼がある。下関条約が締結された場所である。
先の大戦の空襲で焼けてしまい、当時の建物は残っていないが、隣に日清講和記念館というのが建てられていて、そこで当時使用された調度品など貴重な資料を見ることができる。
下関で講和会議が行われたのは、目の前の海峡を行き来する日本の軍艦を見せつけて日本に有利な条件で条約を結ぶため、と言われている。つまり、当時の日本は今よりずっと外交巧者であったわけである。
ちなみに、下関条約によってようやく朝鮮は支那から独立できた。それを記念して建てられたのがソウルにある独立門のはずなんだけど・・・今ではまったく別のファンタジーに仕立て上げられております。愚かにも。

春帆楼の隣にあるのは、下関の豪商だった伊藤家の邸宅跡。
坂本龍馬が活動の拠点にした場所であるが、今は石碑だけが残されている。
関門海峡には巌流島もある。
赤間神宮のちょうど目の前あたりが、武蔵の船出した場所であるらしい。
さらに下ると亀山八幡宮があり、ここに世界一のふく(フグ)の像がある。思っていたよりずいぶん小さくて拍子抜けする・・・そもそも世の中にふくの像なんていくつあるのだろう?

ふ~。結局、今日のところは下関に泊まることにした。テン場は日和山公園に目星をつけた。
下関駅で買い出しをしてからさっそく行ってみる。
海峡を見晴らす丘の上にあるこの公園は桜の名所で、高杉晋作の陶像もある。この陶像、てっきり萩焼なのかと思ったらなぜか備前焼であるらしい。

アプローチが少々しづらい。
海側の晋作通りからは丘の上まで長大な階段となっていて、徒歩でしか上れない。自転車を下に置いてひとまず偵察。
公園にはまだ花見の提灯がぶら下がっていたが、幸い既に桜は終わっている。すぐ近くに人家があるものの、静かで幕営できそうな場所である。
別の道を探って自転車でアプローチ。道は細くて途中から激坂になる。
自転車を押して歩いていると、道沿いの家に住むおっちゃんに声をかけられた。
これまた旅好きの人で、後ほど公園に散歩に見えたので暫しお喋りをした。下関の人も皆さん感じがいい。
この公園は、夏になるとテントを張っている人もいるらしい。「でも今の時季は珍しいよ」とおっちゃんは連発していた。ひとまずお墨付をもらったようで一安心。

こういう旅好きの人に声をかけられやすいというのも自転車旅の特権ではなかろうか。
そんな人たちと言葉を交わすのが旅の最大の楽しみである。
世の中に旅好きの人ってのはずいぶんいるもんだなぁとつくづく思う。日本に限らず世界中どこでも。
18:00頃テントを張った。日が暮れると風がますます強くなった。

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三岳梅林公園・・・梅の時季はキレイだろうな          山から下りてちょっと走ると・・・

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いきなりコレ・・・軽い猿の惑星状態                門司でも素晴らしい出会いがありました

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めちゃくちゃ旨かったです                      こちら関門トンネルの門司側入口(国道2号) 

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真下から見上げる関門橋(なんとなく写真からも潮の流れの速さがわかる)

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そこにある和布刈神社                       関門トンネル人道入口(門司側)

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エレベーターで地下に降りると・・・                 そこに人道がある

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関門トンネルはこういう構造になっている             途中にある県境

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下関側入口                              下関は歴史好きにはたまらんところです

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赤間神宮                                境内には芳一堂もある

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平家蟹                                 これは確かに気味が悪い

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春帆楼 左:伊藤博文、中央:陸奥宗光の席          その二人

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この階段を上った先が日和山公園       高杉晋作の陶像(なぜか備前焼)が・・・

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海峡を見下ろしている               すごく快適なところです
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