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小茂田界隈と”ひよぎ”

2013/1/24 木
始:10:15 ~ 終:13:45 走行:22km
~ 今里 ~ 阿連 ~ 小茂田

幸い、昨晩眠りについてからはほとんど雨が降らなかった。夜が明けると、雲は多いが一応晴れている。
朝食を済ませ、荷物を片付けてさっそく濡れたものを干す。風が強い。

漁師のおっちゃんが貝を積んだ軽トラでやって来て、いろいろ話をしていたら、”ひよぎ”と呼んでいるその貝をくれた。
ホタテに似た二枚貝で、成長するとホタテくらいの大きさになるらしい。殻の色が紫やオレンジだったりしておもしろい。
いずれにしても旨そうだ。おっちゃんたちはその”ひよぎ”を網に入れて養殖している。

話をしながら30分ほどおっちゃんらの作業を眺めていただろうか。
「今日から寒くなるよ」とおっちゃんたちが言っていた。

おっちゃんらと別れ、県道24号をゆく。
道はすぐに浅茅湾を離れ、山間に入ってゆく。山岳ステージの始まり。九十九折りのけっこうな坂道。
阿連のあたりでいったん海沿いに出る。すんごい風・・・海が白く波立っている。

上りを終えて九十九折りを下ったところが小茂田。元寇の折に戦場となったところだ。
おそらく対馬全土が襲われたはずであるが、小茂田浜にて二代目島主の宗助国が戦死したため、この地が広く伝わった。
文永の役における元の兵力は高麗軍を含め総勢三万人、と説明書にある。これに対し小茂田浜で迎え撃った宗助国以下の軍勢は、僅か80人・・・二時間で全員討死してしまった。
浜に隣接したところに、宗助国と家臣を合祀して小茂田浜神社が建立された。

建国以来、日本には国家存亡の危機が何度かあった。
白村江の戦いに始まって二度の元寇、国論を二分した幕末・明治維新、日清・日露戦争、そして先の大東亜戦争。
そのすべての時代において国防の最前線であり続けた(あり続けている)対馬の歴史には重みがある。
一転して現在の日本はと言えば・・・完全に平和ボケ。こと国防に関してはお花畑もいいところだ。これだけ頭のおかしな国に囲まれながら、未だに憲法九条護持とか集団的自衛権とか秘密保護法とかやってるんだから恐れ入る。
国益に照らして意味がないのなら遣唐使もスパッと廃止した昔の人は賢かったと思う。一部の隣国にいいようにたかられ続けている今の状態はいかがなものか。少なくとも先の戦争までは、国防に対してもっとずっと真剣だったと思うのだけれど・・・。

小茂田浜に着いたのはちょうど昼頃。
また天気が荒れそうで、風が強く寒い。海など大荒れだ。
浜には海浜公園があり、夏には賑わうのであろうそこにはトイレやシャワー室、休憩所があり、絶好のテン場となっている。
ここから先はまた山の中に入ってしまい、テン場も今ひとつ不安・・・今日のところは、このあまりに捨てがたいテン場に幕営することにした。

と言ってもまだ昼すぎ。まずはその足で付近を見て回ることに。
浜から44号線を厳原方面に行くと、いろいろ興味深い場所がある。
元寇当時の海岸線は、今と比べて佐須川に沿って1kmほど内陸で、現在金田小学校のあるあたりが戦場となったであろうと推定されている。手前には矢立山古墳もある。
44号を厳原方面にさらに行くと、宗助国の御胴塚と御首塚がある。
樫根の法清寺に御胴塚、下原に御首塚(神社になっている)があり、共に回って手を合わせてきた。
このあたりには昔ながらの古い家が残っている。大きくて立派な家も多い。歴史を感じさせると同時に、妙に郷愁をそそる風景になっている。

適当に小茂田浜に戻り、屋根のある休憩所に幕営。
天気はますます悪くなり、海の荒れようも酷い。
今朝がたいただいた”ひよぎ”を、さっそく一部は生で、一部は煮ていただいた。
めちゃくちゃ旨い!
ホントは焼いて食べたいところだったのだが、残念ながら金網の代わりになるようなものがなかった・・・。
夕飯は今日も納豆と生玉子。贅沢だ~。

今日からロールペーパーも日本で買ったものになった(一番安かったやつ)。
いやーすごいよね、日本のペーパー。この薄さ、この柔らかさ、この強さ・・・こんなペーパーも世界中探したって日本以外にない。これがトイレットペーパーというのだから驚きだ。
ちなみに、薄さだけなら中国(生活紙)や韓国もけっこういい線いっているけれど、もちろんこれは薄いだけ(世界的に見るとそれだけでもすごいけど・・・)。食器なんかを拭いていると、すぐに切れたりボロボロになってしまったりする。
ロールペーパーだけでなく、本やお札やノートなどなど・・・紙に関しても世界の中で日本だけが異次元のレベルにある。言い方を変えると完全にガラパゴス状態である。

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”ひよぎ”をいただいた                     ホタテに似た二枚貝(殻の色が紫やオレンジでおもしろい)

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話をしながら30分ほど作業を眺めていた              ”ひよぎ”を網に入れて養殖している

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小茂田へ                                 小茂田浜にある小茂田浜神社

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小茂田は元寇の古戦場                       神社には宗助国と家臣が合祀されている

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国に身を捧げた英雄の御胴塚と                   御首塚 

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昔ながらの古い家が残っている                  なぜだか妙に郷愁をそそられる場所だった

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小茂田で行動打ち切り                       あまりに捨てがたいテン場に幕営させてもらった

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朝いただいた”ひよぎ”                        さっそく食す

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旨すぎる・・・                              もう一度食べたい
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