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山東省突入

2012/12/15 土
始:10:00 ~ 終:16:45 走行:64km
~ 柘汪 ~ 嵐山区 ~ 虎山 ~ 涛雒 ~ 奎山 ~ 日照 ~ 日照の先10km

曇り。7:30の気温+4℃。
昨晩もシュラフカバーだけで寝てみたのだが、どうにも寒くて結局夜中にシュラフを出した。以後はぬくぬく・・・。
今日も天気が悪い。テントを撤収していると雨がパラパラ・・・いつ本格的に降り出してもおかしくない天気。

出発の準備をしているとき、キャノンデールのメータが作動しなくなっていることに気付いた。
雨に濡れるとろくなことがない。お決まりのセンサの不調で、昨日の雨でセンサに水が入ったものと思われた。
センサを分解すると、案の定基盤が濡れている。ちょっと拭いたくらいでは復活せず、念入りに拭いて基盤を乾燥させる。
その間にテントやマットを干す。が、天気も悪いし、もちろんそのくらいのことで乾くことはない。すべてのものが湿っていてえらく不快である。
メータはどうにか復活。筐体の隙間をビニールテープで塞いでおいた。

そんなこんなで出発は10:00すぎ。
テン場から18kmほどで山東省に入った。いよいよ中国最後の省だ。
嵐山区で早々に買い出しを済ませ、次の虎山にて昼食兼夕食にした。
海が近いせいもあって、多少なりとも海産物が増えた。寄った店にメニューはなく、具材を選んで「炒めて」などとお願いすると適当に調理してくれる。
イカの炒め物に麻辣豆腐、それから炒飯をいただいた。二人揃って体調が本調子ではないので、いつもに比べて量は程ほどに。
帰りがけに水も6Lもらい、これで早くもいつでも幕営可能な態勢になった。

ここから日照まで30kmちょっと。いくぶん天気もよくなってきたし、今日のうちに日照を越えることにした。どうやら天気は回復基調。
そう言えばもうすぐクリスマスであるが、支那ではクリスマスなんぞまったく関係なし。クリスマスの飾り付けをしている店なんて皆無である。
なんというか、世の中の風潮に流されず我が道を行っているこんなところには好感が持てる。

日照は久しぶりに活気のある賑やかな町だった。
あまり食欲はないのだが小腹が減り、焼いもでも売ってないかなぁと思っていたら、タイミングよく焼地瓜を売る三輪バイクのおっちゃんがいた。
即自転車を止める。相変らず旨い!食傷気味のときとか小腹が減ったときなんかにちょうどいいんだな、これが。

テン場を探しながら先を走る。人家や工場が途切れなくなってしまって少々テン場が得にくい。
ちょっとルートを逸れて、小川沿いの並木道の脇にスペースを見つけて幕営。
19:30の気温-2℃。夜になって晴れると気温が下がった。

ここへ来てドーズのワイヤロックも壊れた・・・。
スペアのリムにロックしたまま開錠できなくなてしまったのであるが、これまた自転車をどこかに固定したときじゃなくてよかった。不幸中の幸い。
ワイヤロックが壊れるなんて日本じゃ考えたこともなかったけど、意外とあっさり、しかも唐突に壊れるもんだというのが今回の旅で得た教訓。
しっかりしたメーカのものを使わないとヤバイです。
日本で通勤にも使っていたABUSのワイヤロックなんて、五年も六年も使っても何ともなかったけどなぁ・・・。

余談70 中国を旅して・・・
中国という国は、食や人民の生活を垣間見るのは楽しいが、旅行して楽しいところではないと思う。なんというか、琴線に触れるようなものが何もない・・・。
中国四千年の歴史などと俗に言われるが(そんなもの本当はないのだけれど)、実際にはそういった歴史の重みとか荘厳さといったものをまったく感じられないんだよね。
そういった場所や建造物がまったくない、と言うと語弊があるかもしれないが、それにはいくつか理由がある。

まずは一言で言うと支那の文化。易姓革命という文化。
易姓革命というのは、天子の血筋以外の者が天子となり、天子の姓が易わる(かわる)こと。支那の歴史においては、常に前王朝を完全否定する(根絶やしにする)ところから次の王朝が始まる。古いものを破壊し、新たなものを造りなおすということが綿々と繰り返されてきた文化だ。
つまり、前の時代のものが継承されない。一番新しいところでは、文化大革命によって徹底的に破壊されてしまった。

そして、そんな流れの延長なのだろうが、大多数の人民は国のありようとか政治といったもの、さらに言えば歴史にてんで関心がないように見える。
政治に参加できるわけでなし、日々の生活だけで精一杯というところなのかもしれないが、おそらく昔から、貧しいなりに生活さえできれば他に文句を言うことなどない従順な人たちだったのではなかろうか(そんな風に飼いならされてしまったのではないか)、そんな風に見える。昔から支配者が人民を支配するのは案外楽だったのではないか、などと思えてくる。
今だったら中共が好き勝手なことを言い出しても、大多数の人民はそんなものかとなんとなく信じちゃうような、そんな感じ。

ちょっと話が外れてきたが、なんでもかんでもやりすぎてしまうのも歴史を感じられない大きな理由。
古い建造物を修復したりするとき、どうにもこうにもやりすぎてしまう。結果、何の重みも感じられないチープなものに見えてしまう。

余談71 他人のことに無関心
支那人は利己的で他人のことに無関心、ということを以前にどこかで書いた(ような気がする)。それがために野宿がしやすい、ということも書いた。
関連して興味深いことがあったので記しておく。

実は中国では「物乞い」というのをほとんど目にしないが、これも少ないながらゴミを漁っている人は何度か見たことがある。周囲にいる人たちの反応が興味深い。
人通りのある店の前でゴミを漁っている人がいる。そんなのを目にしたとき、何らかの反応がありそうなものだ。
煙たがったり嫌な顔をしたり、追い払ったり、反対に何か施しをする人がいたり、普通は何らかの反応があって然るべきだと思う。
が、ここではどうか・・・無関心。まったく関心を示さない。ゴミを漁っている人などまるで空気のような存在だった。目をやることさえしない。
えっ・・・?
これには驚かされた。まるでその人が見えているのは自分たちだけなんじゃないかと思ってしまった。
たまたま一度だけそういうことがあったということではなく、いつ見てもそうだった。

いやーこれにはちょっと怖くなった。
事故に遭った人がそのまま放っておかれる、日本にいてもそんなニュースを見ることがあると思うけど、誇張ではなく現実だ。
あぁここではそうなるだろうな、支那にいるとそう納得させられる。
「物乞い」というのを目にしない、と書いたが、そもそもここでは「物乞い」という行為が成立しないのだと思う。

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山東省に入った

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中国最後の省だが・・・                         どうにもパッとしない

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海が近いせいか多少なりとも海産物が増えた           山東半島北上中・・・

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トヨタ???!                              少々テン場が得にくい
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