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すったもんだのウイグル入国

2012/10/11 木
始:12:10 ~ 終:18:15 走行:52km
~ Улькен Шыган ~ Ават ~ Пиджим ~ Коргас ~ 国境 ~ 国境から10km先

最初に断っておくと・・・長文です。長いですが、リアルなレポートとして読んでもらえれば幸いです。


はじめに。ウイグルを中国と呼ぶことに抵抗がある。ここからの日記では、その意味するところによってウイグル、支那、中国などと使い分けることにする。

晴れ。ポカポカ陽気のため半袖で十分である。
チューブのパンク修理をしたりして、のんびり12:00過ぎに宿をあとにした。コルガスの国境は11:30~14:00の間が昼休みで閉じているから、端から昼休み明けに越境する狙い。
Пиджимでカフェに寄って昼食休憩。最後まで感じのいいカザフスタン。

カザフスタン側は国境までの間に三箇所も検問ゲートがあった。その都度パスポートチェックを受けるのが少々面倒くさい。
コルガスの手前にある最初のゲートには、トラックの列が3kmもできていた。すべて越境するトラックなのだろうか?
イミグレの建物は立派で、入国のときもそうだったのだけれど、カザフスタンは手続きがしっかりしている。整然と事務的に事が運ぶ。職員は皆さんフレンドリー。
レギもここで回収される。税関の荷物検査は素通りで、とても楽チンだった。

緩衝地帯が7kmある。
実は中国側から来たバイカーたちから面倒な話を聞いていた。緩衝地帯は自転車で走ることが許されず、高いお金を払ってわざわざバスに乗らねばならない、ということだった。
面倒だし、自転車も心配だし、嫌だなぁと思いつつ覚悟はしていたのだけれど、カザフスタン側からは何の問題もなく自転車で自走できた。よかった・・・。

そして問題の中国側イミグレと税関。ここからちょっと長くなりますよ。
建物だけは空港と見紛うほど無駄に立派である。中に入ると、やたら派手な電光掲示板なんかもあったりする。
時間によるのかもしれないけどガラガラで、自分ら以外にほとんど越境する人は見受けられない。職員だけがやたらめったらたくさんいる。ちなみに、職員は全員漢人である。

さて、どこでどうすりゃいいのかな、と思っていると、迷彩服を着た若者が入国カードを差し出してくれた。
それに記入していると、そいつが片言の英語で何か言ってきた。最初は何を言っているのかよくわからなかったのだが、どうやら「尖閣諸島(の中国名)はどこの国のものだと思う?」と言っている。
来た来た来た・・・。国境のイミグレでいきなりそんなこと聞くか普通?早々に中国人の民度の低さを思い知らされた。
よく見りゃいかにも小憎らしい顔をした小僧だ。

「もちろん日本の領土だ」と答える。当然だ。
「なぜ?」と訊くから、理由も簡単に説明してやった。
訊かれりゃそう答えるけど、ここでこんな小僧と議論する気はない。議論などしても無駄だからだ。(もっともそれ以前に言葉の問題があったんだけど)
なぜかと言うと・・・
”私の言っていることは正しい。あなたは私と反対のことを言っているから、あなたの言っていることは間違っている。”
これが中国人のスタンス、考え方。朝鮮人も(もっと外れているけど)基本的なスタンスは一緒。こんな人たちと議論をしても無駄なのだ。同じ人間だし話せばわかる、と考えるのは大きな間違いである。
この思考方法は、おそらく儒教や朱子学から来ているのだと思う。朱子学は江戸時代に日本でも一部で流行したわけだけど、もちろんそんなクレイジーな考え方は日本には根付かなかった。
そして根幹には中華思想がある。
例えば、領土問題について話し合いましょう、と中国人が言えばこういう意味である。
”私のものは私のもの。あなたのものがあなたのものであるのか話し合いましょう。”

次に小僧は、「台湾は?」と訊いてきた。
「台湾は台湾だ。中国ではない」と答える。面倒なので理由は述べなかった。
もちろん小僧が納得するわけもなく、「尖閣も台湾も中国のものだ~」と喚いていた。
中共の言うことだけを鵜呑みにしていて、本当の歴史は何一つ知らない輩。

「正しい歴史」というものはおそらく存在しない。歴史認識というものは国や民族によって異なるからだ。よって、ある国の歴史観を他の国に押し付けるのは無理があるし、共通認識なんてものもあり得ない。
が、「自明なこと」はある。特定の視点から解釈を加えることなく、「事実としてこういう出来事があった」ということは動かしようがない。
情報操作によってそういうことを全く知らない(のみならず全く異なる歴史を植えつけられている)というのは恐ろしいことだ。

ひとまずその場はそれで済ませ、イミグレへ。
イミグレの係官は紳士的な対応だった。人民解放軍の兵士か何かだと思われる先ほどの小僧とは違う。
入国のスタンプを押され、通常はそのまま税関に行けばいいのだけれど、自分は別室に呼ばれた。荷物を全部チェックするという。自転車をマユミに預け、荷物を持って別室へ。
そこにいたのは先ほどの小僧とその仲間。英語を話せたイミグレのまともな係官とは違い、こちらはアホばかり。四、五人が束になってこれでもかと嫌がらせ。もちろん喧嘩腰で・・・。
「お前のことが嫌いだ」とか「中国の全人民がお前を歓迎してない」とか・・・喧嘩腰に挑発してくれる。あーこいつを殴ってやりたい・・・。
自分でこちらを嫌いと言っておきながら、「こっちもあんたのことが嫌いだよ」と言い返すと、「なぜ?」なんて訊いてくる。その思考が理解できない。そっちが嫌っていれば普通はこっちだって嫌いになるだろ・・・。

パニールの荷物を全部広げさせられた。
その中にイランで買った中国の地図があった。ファルシーのみの表記だからもちろん読めないのだけれど、もしもの時ないよりはマシだろうと買っておいたものだ。
「これは何だ?」と小僧が鬼の首を取ったように詰め寄る。
「ただのお土産だよ。欲しけりゃやるよ」
小僧は地図を持って上司のところへ飛んでいったが、しばらくすると地図を持って戻ってきた。半分諦めた地図であったが、そのまま返してくれた。ま、ただの地図だからね。
カメラもチェック。が、写真は今日撮った数枚しか入っていない。データはジャルケントの宿でpcに移したから。
「写真は?」
「日本に送った」
pcはパニールには入れておらず、自転車のところにある。そっちも調べるとか言い出したら時間がかかって面倒だな、と思ったのだがそれきりだった。詰めが甘い。
こんなところで荷物検査を受けている人は他にいないから、日本人に対するこれ見よがしの嫌がらせなんだけど、要するに暇なんだな、コイツら。

もう一度一からパッキングさせられる格好となり、無駄な時間を食う。必要もないのにちまちまとチェックしていてパスポートもなかなか返してくれない。あー感じ悪ぅ。
まだ入国もしてないのに早くも中国から脱出したい・・・。

ようやく終わったかと出口へ向かおうとすると、本来の税関に呼び止められた。いや、そこで荷物検査受けたけど・・・また?
もう一度チェックするというので素直に従う。ま、小僧のほうがイレギュラーで、こっちは本来の税関の定型業務をこなしているだけだ。越境する人などほとんどいないのに、職員だけがゾロゾロいる。暇、なんだな要するに・・・。
荷物を全部X線に通すというので、また全部自転車から降ろして装置に通す。その後で二、三のパニールをデスク上で開けさせられた。
マユミの持っていたリンゴだけ没収。あーあ、一昨日買ったリンゴ、結局一つも食べなかったよ・・・。

ようやく建物から出られた。が、ゲートのところでまた長々とパスポートのチェックを受ける。これも明らかに嫌がらせだ。
待っている間、兵士の一部が日本人を侮辱するような言葉を投げてくる。中国語だから何を言っているのかわからないのだけれど、素振りを見れば一目瞭然だ。
無視。無視。
その間に群がってくる両替人もガラが悪い。自転車を叩いてきたり・・・頭を小突かれたときは思わず手が出そうになった。
コイツら全員殴ってやりたい。
両替人のレートもめちゃくちゃ悪い。カザフスタンで両替えした時の半分くらいにしかならない。テンゲを少々持っていてあわよくば両替えしようと思っていたのだが、やめ、やめ。
こんな奴らを儲けさせてやることはない。そのままテンゲで持っていることにした。

どのくらい待たされただろうか。ようやくパスポートが手元に返ってきた。
ガラの悪い両替人を掻き分けてウイグルに入った。
中国側のコルガスは大きな町で、本当なら地図でも買いたいところだったのだが、町中は漢人だらけ。こんなことがあった後だし、町中には入らずスルー。

天山北路をウルムチへ向かう。
すぐに気付いたのは、横から出てくる車やオートバイがまったく止まらないってこと。止まる素振りも見せずそのまま道路に出てくる。
危険。危険。危険なんだけど、そう思う以上に衝撃的だった。さすがにこんな国はこれまでなかった。キルギスのように暴走しているわけではないのだが、止まらないのが当然として社会全体が動いている。衝撃的。
どちらが止まるのか、何で決まっているのかというと、車の大きさ。大きい車ほど止まらない。
例えば、横から出てくるオートバイ。来ているのが自転車だとまったく止まらないが、車の場合だとたいていは止まる(止まらない場合もあるから恐ろしい)。
どんなときでも小さいほうが回避しなければならない。海上交通じゃないんだから・・・。
よって、ダンプやトラックが止まることはまずない。交差点だろうがホーンをけたたましく鳴らしながらそのまま突っ込んでくる。四車線あるような道路でもノーストップだよ。これは衝撃的だった。
それでも郷に入っては郷に従わざるを得ない。注意してしすぎることはないだろう。

それから電動バイク。これもすぐ目につく。
今どきの人民は自転車になど乗ってなくて、誰も彼もが電動バイク。すごい数だ。
これがまた音もなく走っているから非常に危険。そんなにスピードの出る代物じゃないのだけれど、注意が必要。
このあたりのことも徐々に書いていきたいと思う。

コルガスからの道は無駄に広くて舗装もキレイである。中央部分は高速道路となっていて、側道がずっと併走している。側道もキレイだ。
町から外れるとウイグル人が増える。これは顔を見れば一目瞭然だ。
越境に時間がかかり、早くも暗くなってきた。まだ勝手がよくわからないのだけれど、道路をちょっと外れた林の中に幕営することにした。人の影のないところが見える範囲にはなくて、ウイグル人のおっちゃんに断ってテントを張らせてもらった。漢人と正反対にウイグル人のおっちゃんはとても親切だった。
テントを張り終えた頃、声をかけた人とは別のおっちゃんが羊を連れてテントの近くにやって来た。林の隣に住む人らしい。
「うちに泊まれ」とか「うちで食事しろ」とか言ってくれたのであるが、既に完全に幕営態勢に入ってしまった。今日もタイミングが悪い。ありがたく気持ちだけいただいて遠慮させてもらった。
しばらくしてテントの中で炊事をしていると、その人が今度は奥さんを連れてやって来た。
やはり「うちに泊まれ」とか「食事に来い」とか誘ってくれたのだけれど、ありがたく気持ちだけいただいた。

入国早々(というか入国以前から)非常に感じの悪い中国。ある意味予想通りだった中国。
町中を除けばウイグルはまだマシであろうか。これから漢人のエリアへ向かうのが憂鬱である。
それでもまぁそんな輩ばかりではないはずで、これからまともな漢人と出会えることを願う。

そうそう。中国の時間は北京時間に統一されているのだが、これだといきなり二時間も時間が進んでしまって大変不便。
しばらくはカザフスタン時間=ウルムチ時間で生活することにする。

余談53 漢人にも四種類の人がいる
これは中国を走り終えてから実感したことなのだけれど、はじめに述べておきたいと思う。
チベットやウイグルでも漢化が物凄い勢いで進んでいるのは周知の通り。中国には圧倒的に漢人が多いわけなのだが、この漢人にも四種類いる、という話。

①情報を操作する側の人。言わずと知れた中共の上層部で、中共の都合のいいように情報を操作している人たち。
②中共に踊らされることなく、実は真実を知っている人。
③中共に踊らされている人。
④何も知らない人民。

この中で圧倒的に人口が多いのは④。大きな町にはほとんど立ち寄らず自転車で走っていると、会うのは④の人たちがほとんどである。
毎日朝暗いうちから日が暮れた後まで働いているにもかかわらず(実に働き者である)、生活していくだけで精一杯の人たちだ。
こういう人たち、つまりは人口で言えば人民の大多数なわけなんだけど、彼らにとっては尖閣?何それ?というのが実際のところ。もっとも中共がしきりに喧伝しているから最近は名前くらいは知っているのかもしれないが、それまでのこと。反日暴動ではなんだかよくわからないけど鬱憤晴らしに暴れている、という人も少なくあるまい。
経済的な面だけでなく、中国国内はあらゆる面で貧富の差が著しく、それはもはや救いようのないレベルに達している。

悲しいかな、そんな大多数の人民が結束して不満の矛先を中共に向けるのかといえば、そういうことはまずなさそうである。これこそが中国の最大の問題点。
巧みに、かつ力でもって強引に情報操作されているということもあるのだけれど、それ以前に人民は支配されることに慣れきってしまっている。それが当たり前だと思っていて、おそらく権力者に歯向かうことなど思いも寄らないに違いない。
支那というところは有史以来、人民による革命というものが成功した試しがない。試みすらほとんど例がない。
あるのは支配者による権力闘争のみ。それは今の時代も変わらない。たまたま今は漢人の共産党王朝が支那の地を支配しているだけ、という話だ。歴史を見ればいつひっくり返ってもおかしくない。
常に漢人が支那の地を支配していた、というわけでもない。他民族の王朝なんていくらでもある。一番近いところなら、清というのはツングース系の満州族(女真族)の王朝だ。

そんな絶対的な支配者の君臨している支那というところは、国と人民がまったくの別物である、というのが旅して得た感想。
人民のリアルな姿に接することのできる機会は、日本にいるとほとんどない。中共が情報統制している以前に、日本のマスコミが中国のもの以上に中共に都合のいいニュースしか流さないからだ。情報操作をするにしても、自国の国益を損なうという意味でより以上に性質が悪い。

実を言うと、自転車で走っていて心惹かれるような景色になどほとんどお目にかかれなかった支那。日程的に余裕がなかったということもあるのだけれど、そんなわけで写真もあまり撮っていない。
が、人民の生活ぶりは見ていて非常におもしろかった。あまりにゴーイングマイウェイで力技なところが・・・あまりに日本人の常識からは外れたところが・・・。
そんなところをこれから徐々に書いていきます。

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トウモロコシの収穫の時期                     トウモロコシの山があちこちにある

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国境手前の検問に並ぶトラックの列               すったもんだの末ウイグル入国

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すぐにテン場を探す時間に・・・                  断って林の中に幕営させてもらった(翌朝撮影)
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