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アルマトゥの日々 その2 日本人墓地

2012/9/25 火

自転車でアルマトゥの中央墓地へ行ってきた。
ここには戦後(ここ重要!)、憎っくきスターリンによって満州からソ連に抑留された日本人の墓がある。
当時のカザフはシベリアと並んで強制収容所の多かった地域であり、この地で多くの日本人が強制労働の末、命を落としている。
アルマトゥには第一墓地と中央墓地の二箇所に日本人の墓地があり、今日はそのうちの中央墓地へ行ってきた。
ウズベキスタンにもブハラの近郊やタシケントなどに同様の墓地があるのだが、旅の日程やルートの都合によりこれまで訪ねることができなかった。
アルマトゥの墓地は是非とも、という思いがあって出かけてきた。

場所はアルマトゥ中心部の北西方向、宿から10kmほどのところ。A2を北東へ走ると、その道路沿いにある。
このA2というのが8車線の恐ろしい道路であるが、きれいにつながっていないにしろ歩道があったので助かった。(後日アルマトゥを出るとき荷物満載でここを走るのかと思うと気が重い・・・)
中央墓地は途方もなく広い。敷地もいくつかに分散している。墓地を管理している人?に地図を見せてもらって驚いた。
見せてもらった地図を頼りに日本人墓地のある場所を探したのであるが、辿り着いたのはほとんど奇跡的と言っていい。

ブロック塀で囲まれた広い敷地の一角、狭い道に面したところにその場所はあった。
まだ真新しい、日本語で書かれた記念碑と、無骨なコンクリート作りの墓石がズラリと並んでいた。墓石は全部で161あった。
埋葬された人の氏名も出身地も、没した日付けも何も刻まれていないコンクリートの墓石。一つの墓石の下に何人が埋葬されたのかもわからない。ひとところに六人が埋葬されたとも言われている。
何人の方がここに埋葬されているのかわからないが、161の墓石全ての前で合掌してきた。

スターリン時代、ソ連国民、外国人を問わず強制収容所に送られた人の総数は幾千万と言われている。
その中で日本人抑留者の数は最低でも60万人。
なぜにこんなことが許され得たのか、まったくもって納得がいかない。当時世界はその事実を知っていたわけであるから・・・。

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こういう庶民的な食堂がもっとあるといいのだけれど      これなんかカザフ版肉じゃが

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アルマトゥの中央墓地にある日本人墓地             墓石は全部で161あった
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