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ビシュケク~オシュ街道・・・人の多いところは不快なキルギス

2012/8/25 土
始:10:00 ~ 終:18:50 走行:102km
~ Langar ~ Karatay ~ Bash-Bulak ~ Osh ~ Otuz-Adyr ~ Jangy-Aryk ~ Staraya Pokrovka ~ Kurshab ~ Karool ~ Uzgen ~ Shoro-Bashat

快晴の空が戻ってきた。
チェーンルブを塗ってゴーと思っていたら、ドーズの後輪のスポークが二本も折れていた。ともにフリー側。
スポークを交換しようと思ったのだが・・・誤算が二つ。

その一。手持ちのシマノのソケットでドーズのカセットが外せない。
ドーズのハブはアリビオ・クラス。溝の形状は合いそうなのだが、中のナットに干渉してしまってソケットが嵌らない。以前グルジアでもそんなことがあったのだけれど、イランのラシュトでハブを新調していたからもはや問題なかろうと思い込んでいた。
うぅぅむ、シマノのソケットって何種類かあるのか?それとも単にイスタンブールで購入した手持ちのソケットが悪いだけなのか?
いずれにしても、やはりこれではフリー側のスポークは交換できない。

その二。予備として大量に持っているスポークがドーズのホイールに合わない。
ラシュトで新調したドーズのホイールはけっこうなディープ・リム。使われているスポークは手持ちのものより1cm近く短かった。
よく考えりゃ当たり前のことなのに、どうしてラシュトで予備のスポークを買わなかったのだろう(ラシュトで手に入った可能性は極めて低いが)。
そもそもソケット以前の問題だった・・・。

手の施しようがない。折れたスポークだけ抜いてタイヤを組む。
このままスポークが二本ない状態でとりあえずビシュケクまで走るしかない。
そんなことをあれこれやっていて今日も出発が遅れた。
道はキレイなものの、景色はすっかりつまらなくなった。時速30km以上で飛ばす。

オシュに近づくにつれ車が増えてくる。ルートに沿ってオシュの町中は迂回。ビシュケク~オシュ街道に入った。キルギスの大動脈である。
相変らず道路はキレイだが、車が多くてどうにもならない。
途中のGSでガソリンを購入。ようやくオクタン価95のガソリンが手に入った。これまでタジキスタンやキルギスの山の中で売っていたのは、オクタン価80とか76といった劣悪品だけだった。これだとMSRがよく詰まる。

Otuz-Adyrのカフェで昼食休憩中に、日本人と思しき二人組のバイカーが店の前を通った。すぐにマユミが声を出して手を振ったのだが、手を振り返されただけだった・・・たぶんキルギス人が沿道から手を振っていると思われたのだろう。
ここのカフェで食べたグダージィという料理は美味しかった。ビーフシチュー&ライスのようなものなのだけれど、それ以後は一切お目にかかれなかったから、一般的な料理ではないのかもしれない。中央アジアで美味しいと感じたのなんて、ウズベキスタンに入って早々に食べたラグマン以来のような気がする。

山と牧草地が消え失せて畑ばかりとなった。
道はキレイで高速巡航可能であるが、車が多くて不快だ。それも下手に高性能な日本車に乗っていたりするから、キチガイに刃物状態。無理な追越しばかりでとても危険。
ルート沿いは人家が途切れなくなった。テン場探しのハードルがグッと上がる。
人も増えてうざったくなる。キルギス系の人が減り、ウズベク系の人が増える。ウズベキスタン国境が間近に迫るこのあたりはウズベク人が多い。
最もうざったいのはガキどもだ。これまでは遠巻きに見ているだけだったが、ここへ来て遠慮がなくなった。自転車を止めるとあらゆるものをいじくりまくる。
カフェにいるとき、マガジンで買い物中、水場で水を汲んでいるとき、道端で休憩中、どこからともなくわらわらと現れて、やんややんやといじくりまくる。とにかくうざったくて、のんびり休憩もしていられない。
キルギスの一番いいところは既に走り終えてしまった気がする。

そう言えばどこからだったろう。カフカスあたりからだったろうか。これは子どもじゃなくて大人の話なんだけど、人前で自転車を止めると、いの一番にタイヤを触る。興味深そうにタイヤを指で押したりする。タイヤの空気圧でも気になるのだろうか???
最初は特に気にも留めなかったのだけれど、会う人会う人みんながタイヤを押したりつまんだりするから、そのうち不思議に思うようになった。何のためなんだか結局わからないままなんだけど、おもしろい習性だ。
旧ソ連邦の国で顕著なように思うが、イランでもそうだったような気がするし、ヨーロッパでも旧共産圏の国ではそうだったような記憶がある。

オズギョンの手前で先ほど見かけた二人のバイカーに追いついた。ちょっと先で自転車を止めて話をする。
一人は日本人のユーヘイ君、もう一人は韓国人のカンという青年だった。二人とも自分らと同様に東進しているものだと思っていたのだが、ともにウイグルからキルギスに入っていた。カシュガルで会い、それからしばらく一緒に走っているらしい。
ビシュケクまでのルートは一緒だし、ビシュケクでは「さくら」に行くと言っていたから、二人とはまたすぐ会えることだろう。二人とも感じのいい若者だった。さくらでのんびり話をするのが楽しみだ。

二人と別れ、オズギョンの町中で買い出し。このときもまたガキどもがわらわらと現れて大変だった。
ウズベキスタンを迂回するように、オズギョンからジャララバッド方面に向かう。
相変らず車が多く、人家も途切れない。テン場を得るのが困難である。そして時間切れ。テン場は今日もまた妥協の産物。道路からちょっと上がった丘の上に半ば強引に幕営した。ロケーションはいいのだが、地面が斜めっている。
標高1,050mほど。久々に蚊がいてこれまた不快。昨日までフライを張ったりシュラフを出したりしてたのに、またまたテントの入口をメッシュにせずにはいられない世界に。コンディションが目まぐるしく変わる。

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羊が道路占拠中                           先頭は牛

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畑ばかりになった・・・                       走行中に日本人バイカーと会ったのは初めてだ

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妥協の産物のテン場
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