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ドゥシャンベの日々(渡辺君の思い出) その1

2012/8/11 土

朝、まるで示し合わせたかのようにバイカーが次々と出発していった。
と言っても検問が開いたわけではなく、北のルートからキルギスへ向かうだけ。
しつこく粘っているバイカーがもう少しいるのかなぁと思っていたのだが、そんな人はほぼ皆無。皆潔く北のルートへ転進している。
ま、そりゃそうだよなぁ・・・検問がいつ開くかもわからないし、ドゥシャンベは恐ろしく暇だし、特に宿の居心地がいいわけでもないし。

土日は役所関係も休み。
バザールへ買い出しに行く以外何もやることがない。
そうそう、タジキスタンの通貨に触れてなかった。通貨はタジキスタン・ソモニ(TJS)で、今のレートは$1=4.76TJSといったところ。

テント村の住人の中で、山ヤの渡辺君、ニュージーランドから走り始めたモギ君とは特に気が合って、毎晩夜中までよもやま話に花が咲いた。
とても楽しく意義深い時間。

渡辺君の話で一番興味深かったのは、チベットのチャンタン高原の話。渡辺君は彼の地を自転車で何度か走っている(内緒だけどもちろん非合法で)。
曰く、地上から空までの光のグラデーション・・・話に聞くその世界に夢中になった。「何枚も写真に撮ったんですけど、写真にはまったく写ってないんですよね」というその世界。
自分もいつか走って、この目で見てみたい。
チベットを気兼ねなく走ることのできる日は、自分の生きているうちに訪れるだろうか。つまりは中共が崩壊してチベットが独立でもしない限り無理、ということなのだけれど。遅かれ早かれ中共は崩壊すると思うけど、果たしてそれが自分の生きているうちなのかどうか・・・。

ちなみに、戦後になって人民解放軍(名前こそ人民のための軍隊のようであるが要は中共の私兵)に侵略されるまで、歴史的にチベットが支那の一部だったことはないのだけれど、残念ながら今はそういうことになってしまっている。この時の世界はチベットに対してずいぶん冷たかった、いや無関心だったなぁと思う。
北京五輪のあたりから入域するのが難しくなっていて、今ではパーミットを取ることすら実質的に不可能。チベットを自由に旅することなんて合法的には無理なのだ。
現地に中国人のバイカーはいるらしい。見た目じゃ日本人バイカーと中国人バイカーの区別なんてつかないから、検問では絶対止まらず手を振ってスルーする、そうすれば入れる、という話もあるのだが、見つかった場合そこにいなかったことにされそうで怖い・・・。

看護士であるモギ君からもいろいろ興味深い話を聞かせてもらった。
ツーリスト宿というのがどうにも好きではなく、どちらかと言うと避ける傾向にあるのだけれど、サマルカンドに続いてとても楽しい時間を過ごさせてもらっている。
もう一日のんびりして月曜に発つ予定。

2012/8/12 日

何に当たったのか、昨晩からマユミが下痢と腹痛で絶不調。
特に急ぐ理由もなくなったし、あと数日休養してから発つことに変更した。

夕方、宿にエリコちゃんがやって来た。
もうとっくに先へ行っているものと思っていたが、こんなタイミングで再会しようとは。

夜になって宿に帰ってきたケイコちゃんから耳寄りな情報が。
「ホールーグ、普通に車が行き来しているみたいですよ~」と。ホールーグに住む彼女のタジク人の知り合いからの情報である。
おぉぉ・・・本当か?半信半疑であるが、明日オヴィールに行って確認してみよう。ビザの延長も必要か。

今宵も渡辺君、モギ君とよもやま話に花が咲く、咲く・・・価値観の似かよった人とは話が尽きないわ。
渡辺君はおもしろい。隕石がお金になるということを知った彼、金属探知機を購入してモンゴルまで探しに行ったことがある。このユニークな行動力。天晴。
完全に隕石だと思ってその時持ち帰ったサンプルは、東大かどこかへ送って調べてもらった結果、磁鉄鉱の一種だったらしい。金属探知機には反応するし、コンパスはおかしな動きをするし、本人は隕石に違いないと思っていた。残念ながらそうではなかったのだけれど、貴重な資源であるには違いなく、その後同じ場所を訪れたら立ち入り禁止になっていたということである。
ちなみに、渡辺君は「流れ星」のことを「隕石」と言う。まぁ確かにその通りなのだけれど、「流れ星」を「隕石」と普通に呼ぶ人はそうそういまい。

自分はモンゴルにもいつか行ってみたいと思っている。
「歩いているだけで見知らぬ人にしょっちゅうタックルされるんですよね」「きっと血の気が多いんですね、モンゴル帝国の末裔たちは」
なんてことを話していた渡辺君。大相撲の朝青龍のことが頭に浮かんでおかしくなる。
「ゲルなんて絶対中に入れませんよ、奥に座っている主の眼光が鋭すぎて」「入ったら冗談抜きで殺されるんじゃないかと思いますよ」
本人はいつでも大真面目なのだけれど、その突拍子もない話と独特の語り口がとにかくおかしくて惹き込まれる。

冬の富士山頂から自転車で滑降したという話もおもしろかったな。
行ったことがある人はわかると思うけど、富士山は夏と冬とではまったく別物である。誰でも登れる夏の富士山から想像するのは難しいかもしれないけれど、冬は非常に厳しいところである。
独立峰で、かつ五合目より上には木が一切ないから、風が物凄い。本気で耐風姿勢をとらないと吹っ飛ばされる。
斜面に積もっている雪はどのようなものを想像するだろうか。フカフカの雪?ラッセルが大変?・・・常に吹きっさらしの斜面がそんな状態であるわけがない。
カリカリに凍っていて、アイスバーンに近い。上部は真面目に蹴り込まないとアイゼンもはじかれる。山全体が巨大なアイスバーンという恐ろしい世界。山頂から五合目までずっと似たような斜度だから、滑落などしようものなら五合目まで止まらない。毎年のように富士山で滑落して亡くなる人がいると思うけど、そういう理由による。
冬に山頂からスキーで滑降している記録もあるけれど、これもよほどの腕と度胸がないとできない。なんつったって一度転んだらアウト。普通の人が滑れるのは、斜面の雪が緩んだ四月以降だけである。
そこを渡辺君は自転車で滑降している。スパイクタイヤを履き、足にはアイゼンを装着して。興味深い反面、かなりヤバイ挑戦ではある。

静岡に住んでいる渡辺君は富士山がホームグラウンドである。
怪我をして、あの山野井さん(冬のあいだ富士山の強力をやっている)に背負われて五合目まで下りたこともあると聞かせてくれた。
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