FC2ブログ

一路マシュハドへ

2012/7/7 土
始:8:50 ~ 終:17:00 走行:90km
~ Mayamey ~ Abbas Abad ~ Davarzanの手前

テント組は相変らず動き出しが早い。東屋のテントは7:00前にすべて撤収されていた。夜中騒いでいた連中だけがいつまでも寝ている。
風は今日もそれほど強くない(向かい風には違いないが)。道は概ね平坦。一度1,400mまで上った後は、どちらかと言えば下り基調だった。

20kmほど走ると、トルコのオレンジ色のトラックが止まっていた。てっきりユクセルのトラックかと思ったのだが、別のトラック。でも、例に漏れずトルコの運ちゃんは親切で、修理途中であったにもかかわらず手招きしてくれて、冷水をくれた。
ユクセルのトラックは、結局見当たらなかった。既に修理を終えて移動したのかもしれない。

標高が下がると如実に気温が上がる。1,000mほどまで下るとものすごく暑い。
無補給地帯が続く。店はおろか日陰すらまったくない。
55kmほど走るとAbbas Abad。二、三軒あった店は何故だかどこも閉まっている。GSで食事のできるところがないか訊いてみると、あっさり「ない」という返事。閉まった店の軒先(唯一の日陰)に座ってナッツやビスケットを虚しく食べる。
そこから少し走ったら反対車線に一軒だけ食堂があった。しかも開いている。あるじゃねーかよ・・・。
1.5Lのコーラをがぶ飲みして食事にもありつく。あぁ幸せ・・・。
食後に外の木陰で暫し昼寝。

その先はまたしばらく無補給地帯。道路脇に時どきラクダの群れがいる。このあたりでは牛や羊の放牧はまず無理に違いない。こんな苛酷な環境で生存できるのはラクダくらいだろう。
ひたすら平らな土地が延々と広がっているのに、とても人は住めないというこの環境、日本ではまずあり得ないわけだけれど、一方でこれが日本だったらなんとか工夫して人が住んでいるのではないかとも思える。砂漠というわけではないのだ。ま、イランではわざわざこんなところに住まなくても他にいくらでも土地がある、ということなんだけど。

ようやくパーキングが現れた。17:00とまだ時間は早かったのだが、先の状況が読めないのでここで切ることにした。サブズィバールまであと80km、マシュハドまで320kmほど。ちょっと頑張ればあと三日でマシュハドに着く。
トルクメニスタンのビザを取ることを考えると、なんとか火曜日中にはマシュハドに入りたい。サブズィバールでホセインさんのところに泊めていただこうかと思っていたのだが、遠慮させてもらうことにしよう。人の家に泊めていただくとどうしても翌日の動き出しが遅くなってしまう。そうすると距離が出ないのだ。

パーキングの売店に市販のファルデがあった。こういう風に売ってたのか・・・もちろん店で食べるもののようにはいかないが、レモンが効いていて非常に旨い。
19:30頃夕飯を食べようとしたら、ついさっきまで開いていたファストフード店が閉まっていた。ガーン。
レストランは改装中でもともと営業していない。最後の手段で売店のおっちゃんにオムレットを作ってもらった。

夜になって風が強くなった。バスが止まると黒ずくめの女性がどっと降りてくる。
先ほどまで自分らのテントしかなかったモスクの周りも、気付くとテント村になっていた。
歯磨きも終えてさて寝るかとテントに戻ると、マユミがおっちゃんにつかまっていた。マシュハドでガイドをしているという、自転車好きで英語の達者な妙にツーリスト慣れしたおっちゃんだった。テントの前にドカッと座ってしまい、しばらく動きそうにない。「もう寝ます」というオーラをガンガン出してたつもりなんだけど、空気を読むという芸当は知らず、なかなか去ってくれない。
こういうツーリスト慣れした人にはなんだかげっそりだわ・・・。

7IMGP5005_サイズ変更  7IMGP5008_サイズ変更
風は強くない(ありがたい)                    道はずっとこんな感じ(いい加減飽きてくる)

7P1160282_サイズ変更  7IMGP5014_サイズ変更
てっきりユクセルかと思ったら別のトラック・・・お水ごちそうさま     ユクセルのトラックは結局見当たらず

7P1160284_サイズ変更  7P1160283_サイズ変更
右下にテント                             このあとテント村になる

2012/7/8 日
始:8:35 ~ 終:20:20 走行:118km
~ Davarzan ~ Mehr ~ Rivand ~ Sabzevar ~ Soltan Abadの5kmほど手前

昨晩は暑いわ、うるさいわ、明るいわでよく眠れず。
泊まったSAで朝オムレットを食べ、しっかり腹ごしらえしてから出発。今日は向かい風が強い。

30kmほど走ったところで木陰を見つけて休憩していたら、後からやって来たトラックの運ちゃんがキンキンに冷えた水とメロンを差し入れしてくれた。
このあたりからしばらくはメロンの産地となっていて、道端に100mおきくらいにメロンを売る人がいる。人によっては道路脇の畑でとれたメロンをそのまま売っている。
イランのメロンには二種類ある。丸いのは日本の夕張メロンなんかと同じでとても旨い。細長いのは瓜っぽくて自分らはあまり好きではないのだが、イラン人はよく買っている。
どのメロン売りの人も寄って食べていけと手招きしてくれるのだが、きりがないので挨拶だけして適当に通り過ぎる。一ヶ所だけ、もうこちらにメロンを差し出して待っていたおっちゃんのところでまたもメロンをご馳走になった。二人で丸々一個のメロンを食べ、メロンで腹がいっぱい。日本で考えたらとても贅沢な状況。おっちゃんはもう一個持って行けと差し出してくれたのだけれど、とても運べないので遠慮した。

メロン売りの人を除けば今日も補給ポイントは皆無。時どき地図にもある小さな集落を通るのだが、これがまた土でできた家の並ぶ集落で、遺跡にしか見えない。もちろん店など一軒もない。
そんな集落の木陰で休憩していたら、今度は荷台にスイカを満載したトラックが通りかかって、おっちゃんがスイカを二個もくれた。写真を撮る間もなくおっちゃんは無言でスイカを置いて走り去ってしまった。
一個はどうにか二人で食べた。また二つに割って贅沢食い。どう頑張ってももう一個は食べられない。木陰で大きな犬が二匹寝ていたのだが、犬はスイカは食わない。重いし収まりは悪いしでとても自転車では運べない。どうしよう・・・と思っていたら、近所に住む爺ちゃんがやって来たので、爺ちゃんに半ば無理やりもらってもらった。
その先またしばらく走ったところでも、トラックが止まってくれて荷台に満載したスイカをくれようとしたのだが、これも気持ちだけいただいて丁重に遠慮した。とても持っていけないですから・・・。

走り始めて70km地点、やっと道路脇にレストランが一軒現われて駆け込む。
ようやく食事にありつけた。甘酸っぱいソースのチェロウ・モルグもさることながら、ここで飲んだ半分凍ったシャーベット状のペプシは抜群に旨かった。1.5Lを二人で一気に飲み干す。
そこから10kmほどでようやくSabzevar。どの町にもイラン・イラク戦争で殉教した人たちの写真が飾られている。国のために命をなげうった人を祀るのはすばらしいことであり、当然のことであると思う。全世界共通の価値観だ。靖国神社をどうこう言っている日本の反日左翼どもにイラン人の爪の垢でも飲ませたい。

サブズィバールに入ってすぐ、道路脇の商店に寄ろうとしたら、その隣のレストランの人たちに呼ばれた。マリオ似のおっちゃんに冷水とチャイをご馳走になり、5Lのペットボトルにも水をもらう。
ホセインさんのところに電話するのはやめにして、サブズィバールをそのままスルー。先を急ぐ。

テントを張れそうな場所が見当たらない。向かい風が辛い。
あたりが暗くなりはじめた頃、ようやく道路脇に建設途中の(もしくは頓挫した)GSを発見。誰もいないかと思ったら、何人かがそこで寝起きしていた。番でもしているのか?
テントを張らせてもらえないかお願いすると、建物の中で寝ていいと言ってくれた。ありがたくそうさせてもらう。
一部に絨毯が敷いてあるのだが、いかにもダニがいそうでその上で寝るのはやめ、床にマットを敷いて寝た。
建物の窓はすべて風向きと平行、北を向いてついている。外は風がビュービュー吹いているのに、暑くて眠れなかった。
手持ちの行動食だけ虚しく食べて眠りについた。残念ながらここには水もない。標高1,200mほど。

8IMGP5026_サイズ変更  8IMGP5028_サイズ変更
今日は風が強い(写真では何も変わらないが)        メロンをご馳走になる

8IMGP5031_サイズ変更  8IMGP5036_サイズ変更
メロン攻め・・・メロンで腹がいっぱいという贅沢な状態     さらにスイカを贅沢食い

8IMGP5042_サイズ変更  8IMGP5046_サイズ変更
お気持ちだけいただきます・・・                  どの町にも殉教した人の写真が飾られている

8P1160287_サイズ変更  8P1160291_サイズ変更
マリオ似のおっちゃんにチャイをご馳走になる          珍しく夕日がきれいだった

2012/7/9 月
始:7:40 ~ 終:20:00 走行:85km
~ Soltan Abad ~ Shur Abad ~ Bozghan ~ Neyshabur ~ Mashhad手前110km

朝から昨日以上の強風。もちろん向かい風。もはや暴風と言っていい。なんで毎日こんなに風が強いんだろ。
今日は埃もすごく、遠くが白く霞んで見える。
疲労+寝不足で体がだるい。しかも走り始める前から既に軽いハンガーノックと脱水症状。
水は夜もけっこう飲んでしまって、走り出す時点で3Lほどしか残っていなかった。

そんな状態で走り始めたが、すぐに風にノックアウト。あまりに辛くて途中でマユミに一時先頭を交代してもらった。
15kmも走らないうちに水をすべて飲み干し、たまたま反対車線に止まっていたトラックに走り寄っておっちゃんにヘルプ。2Lほど水を分けてもらった。
辛すぎる・・・。

そこから3kmほど走ると反対車線にGSがあり、そこには奇跡的に店があった。イランの道路は反対車線の道路がやたら離れたところを走っているから行くのも大変。
1.5Lのコーラを一気飲みし、スナック菓子で腹を満たして日陰で少し横になっていたら、だいぶ回復した。
ここまで3時間も休まず走って僅か18kmしか進んでいない。ちなみに、道はほぼ平坦である。
暑くたって風さえなけりゃ楽勝の道なのに、風のお陰でとんでもないことになっている。埃もすごくて全身砂まみれ。

その後も暴風の向かい風に苦しめられる。僅か60km先のネイシャブールがなかなか近づかない。
50kmほど走ったところ、ネイシャブールの手前10kmほどのところにようやくレストランを発見。助かった。ここでもコーラ1.5Lを一気飲み。
ようやく食事できたところで気合を入れ直して走る。

ネイシャブールに入ってすぐ、トラックのたくさん止まっている、道路脇に店が何軒か並んでいるところでまたジュースを飲み、行動食を買い足し。
今日はジュースだけで既に一人で3Lも飲んでいる。水を含めたらいったい何リットル飲んでいるんだろ?とにかく喉が渇く。何もしていなくても熱風に当たっているだけで喉が渇く。
店のおっちゃんがチャイをご馳走してくれた。

ペットボトルに水を十分補給して先を急ぐ。
ネイシャブールに入ってからしばらく、これまでが嘘のように緑が増える。随所でポンプを使って水を汲み上げていて、水路がいたるところに走っている。
ネイシャブールは大きな町で、町中には大きな公園もたくさんあった。まだ人も疎らだが、夜になるとピクニック客で大変なことになるのは間違いない。
町を出てしばらく走ったところに軽食屋があり、そこでサンドウィッチを食べた。今日も夕飯抜きかと半ば諦めていたので助かった。
店のおばちゃんに訊くと、ここから15kmほど先にSAと思しきテント・サイトがあるという。が、すでに時間は19:30過ぎ。微妙に届かないだろうな、ということでテン場を探しながら先を急ぐ。
道路脇にポンプ小屋を発見。番の人がいたので頼んでテントを張らせてもらうことに。
あまり快適なところではないが、贅沢は言っていられない。幸運にも水は豊富で、トイレもあった。

辛い一日だった・・・。
マシュハドまで微妙な距離が残った。風次第では明日届かないかもしれない。
標高1,400mほど。水場の近くで少し標高も上がったせいか、夜になると涼しくて久々にぐっすり眠れた。

9IMGP5057_サイズ変更  9IMGP5059_サイズ変更
昨晩泊めてもらった営業してないGS             朝から昨日以上の強風 疲労+寝不足ですっごく辛い

9IMGP5062_サイズ変更  9IMGP5066_サイズ変更
走り出す前から既に軽いハンガーノックと脱水症状      ジュースだけで3L以上飲んだ・・・

9IMGP5067_サイズ変更  9P1160292_サイズ変更
国の英霊を祀るのは全世界共通 当たり前のことだ      水に恵まれたテン場(翌朝撮影)
関連記事
スポンサーサイト



Comment 0

There are no comments yet.

Leave a comment