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長い夜 その2・・・今宵はシャフルードのアリレザの家

2012/7/5 木

9:00過ぎに起きてハミドさんと一緒に朝食をいただいていると、マフラガのお兄さんのアリレザが夫婦でやって来た。この人がまたえらくいい人で、かつ非常に気に入られてしまい、ぜひうちに来いと言ってくれる。炭火で入れたチャイをぜひご馳走したいのだと。そう言ってくれたのだけれど、先に進みたいところであるし、今回は遠慮させてもらうことにした。

準備を済ませ、12:00にハミドさん宅をあとにする。マシュハドへ向かう幹線に出るのは簡単だったのだけれど、アリレザが途中まで車で送ってくれると言うのでついていく。
幹線に出てしばらく走ったところでアリレザが車を止めた。「じゃあ」と言って行こうとすると、ちょっと家に寄っていけと言う。うぅぅむ・・・。せっかくなのでお言葉に甘えることに。
幹線からちょっと入ったところがアリレザの家だった。一風変わった家で、倉庫のようである。
家には子どもが四人。ネダ(24歳)にナグメ(20歳)の姉妹と、ミカエイル(17歳)とマフディ(13歳)の兄弟。四人ともビックリするほど痩せていて、スラッと細い。(アリレザがホスピタルとかなんとか言っていたから、最初は家じゃなくてなにかの施設なのかと思った。)
すぐにアリレザが薪を割り、火をおこし、汗だくになって自慢のチャイを入れてくれた。もちろん旨い。

ネダは絵がうまい。家の中にネダの絵がいくつか飾ってあり、興味深く拝見させてもらった。なんとも言えない優しい感じ。いい絵だ。
なんとなく出発のタイミングを逸しつつ、お喋りをしたり、写真を見せてもらったり。ゆったりとした楽しい時間を過ごさせてもらう。
そのうち、キャバブをやるから食っていけということになった。えぇ~い、今日はもういいや。お言葉に甘えさせてもらうことに。
アリレザの仕留めた鹿肉のキャバーブをやるという。新たに薪を割り、火をおこして米を炊く。その隣で鹿肉と鶏肉を焼く。
ちなみに、イランの米の炊き方はちょっと変わっている。パスタと同じように一度米を水で茹でる。茹で上がったら水を切り、鍋の底にナーンを敷いて油を加え(これがおこげになって旨い)、そこに茹でた米を入れる。さらに大量の油を入れて炊くといった具合。つまり油で炊く。

写真を見ながらよくよく聞いてみると、アリレザは再婚していて、ネダとナグメ、ミカエイルのお母さんは心臓が悪くて亡くなったということだった。だから子どもたちもあまり体が強くないのかもしれない。写真のお母さんはとても細かったし、ついでに若い頃のアリレザも痩せていた。
ネダとナグメはさぞ食べないのだろうな、と思っていたのだが、他のみんなと同じくらいしっかり食べていた。
キャバブは絶品だった。鹿肉はクセがなく、淡白で美味しい。鶏肉も、テヘランを出て以降レストランで食べるキャバブはパサパサしていて美味しくなかったのだが、久々に激ウマだった。
ネダが「泊まっていけば」と言ってくれたので、結局この日は泊めていただくことに・・・。

食後に大量の写真を見せてもらった。昔の写真を見せてもらうのは楽しい。
アリレザ自身、イラン・イラク戦争に行っていたし、戦争で弟さんも一人亡くしていた。
最も興味深かったのは、'79年のイラン革命以前の写真。パフラヴィー朝の頃は、今と違って服装に規定がなかったようである。もちろん、その頃でも敬虔なムスリムの女性は自主的にスカーフをかぶり、チャドルを身につけている。でも、そうでない人は、写真の中で半袖、スカートの姿である。
今まで知らなかった。自分はイラン革命の前に生まれているわけだけど、覚えているのはホメイニー師を筆頭にしたイスラーム共和国の姿だけ。
'79年といえばそんなに昔の話ではない。服装をはじめ、全国民に強制するというのはやはり無理がある。革命以前の時代を知る人にとっては特にそうであろう。

夕方、ちょっと昼寝。日暮れ時になってアリレザがまた炭火でチャイを入れてくれた。家の外の縁台で美味しくいただく。
日が暮れてから家族と揃って出かけた。アリレザは鉄道関係の仕事をしていて、みんなで歩いてシャフルード駅へ。今日も昨日に続いて十二エマームの祭りで、町中は賑やかだ。両日ともオレンジジュースを無料で配っている。
駅までは歩いて10分ほど。駅に着くと、中をいろいろ案内してくれた。駅の中にもモスクがある。

一度家に帰ってから、車二台で出直す。一台のペイカンはネダが運転する。このあたりイランは大らかで、女性のタクシー運転手もけっこう見かける。
途中、アリレザの携帯に電話が入った。おそらく仕事が入ったのだと思う。どこへ行くつもりだったのか結局わからず仕舞いだが、急遽予定は変更となり、自分はアリレザにそのまま付き合うことに。マユミはネダの車に乗り換えて家族と一緒にどこかへ。いや、言葉がわからないので、この時点では何がどうなっているのかわからなかった。

アリレザと一緒に駅まで戻り、無線機など必要な装備を車に積んで、先ほど駅で会った人を途中でピックアップ。44号線をダムガン方面へ。
どこかで真っ暗闇の線路に出ると、無線でなにやらやり取りして何かの部品を回収。なんだか工作員みたいだ。
そのまま車でちょっと戻ってカトゥラン駅へ。この駅は通常の、乗客が乗り降りする駅ではなく、制御のためだけの駅。事務所に職員が一人だけ詰めていた。
うぅぅむ・・・なんだかよくわからないが、普通は見られないものを見られて貴重といえば貴重な体験かもしれない。
夜は風があり、吹きっさらしのホームに立っていると肌寒いくらいだった。
職員の人曰く、車両は中国製だが、制御関係の機材はドイツ製であるらしい。シャフルード駅でもそうだったけど、鉄道関係の仕事をしている人は日本の鉄道に興味津々。「日本の列車は電気で動いているんだろ」と感嘆された。
列車が電気で動いている、なんてことは日本にいると普段意識しない。自分の生まれる前から電気で動いているわけだし、そもそも電車と呼ぶくらいだから。が、世界的に見ると列車が電気で動いている国なんてごく一部の国だけだ。電気で動いている、なんて事を聞かれてハッとしてしまった。

駅をあとにして帰路に着く。途中でCNGのスタンドに寄った。夜中1:00になってもスタンドは鬼混みで、車の列ができている。15分待ち。
安全のため、充填中は車内に人が残っているのはNGで、同乗者も全員車から降りねばならない。
アリレザの車もベンジンとCNGのハイブリッドで、走りながらボタン一つで燃料の切り替えを行っていた。

家に帰ってきたのは1:00過ぎ。既に家族は夕食を済ませており、アリレザと二人、外の縁台に座ってオムレットをいただいた。
食後に、またアリレザが火をおこしてチャイを入れてくれた。チャイをいただきながら楽しいお喋りの時間。夜空の下で火を眺めつつ、ゆったりと時間が流れてゆく。最高の贅沢。
てっきり何もしていないのかと思っていたネダとナグメは、同じ大学に通う学生だった。専攻は、ネダがグラフィックデザインでナグメがIT。
家族全員仲がよく、とても居心地のいい家だ。今宵も寝たのは3:00頃。

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マフラガのお兄さん夫婦がやってきた             マフラガのお母さん・・・お邪魔しました

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ハミドさんのお宅をあとにする

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えらく気に入られた・・・                      で、アリレザご自慢のチャイをいただきに

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アリレザの家族・・・子どもたちはみんなビックリするくらい細い

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ネダは素敵な絵を描く                       作者のネダ

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キャバーブに突入! まずは鍋の底にナーンを敷いて米を炊く

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倉庫のような広い家                        リクガメがいた

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アリレザの仕留めた鹿の肉と鶏肉を炭火で焼く・・・美味しくないわけがない

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大人数でいただくといっそう美味しくなる

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日暮れ時になってアリレザがまた炭火でチャイを入れてくれた・・・飲み食いしかしてません

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夜中のカトゥラン駅                  その頃マユミは夕食中・・・男がいないとスカーフをとっているのか

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極上の時間が過ぎてゆく
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