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長い夜・・・シャフルードのハミドさん宅にて

2012/7/4 水
始:9:50 ~ 終:12:30 走行:24km
~ Shahrud

テントに泊まった人たちは動き出すのも早かった(自分らが遅すぎるという話もある)。4:30のアザーンと共に起き出して、6:00前にはほとんどの人が出発した。7:00前に起きたときには、張ってあるのは自分らのテントだけだった・・・。
隣のサイーデ一家を見送ってからテント撤収。自転車に荷物を積んでいると、シャフルードの先のサブズィバールに住むというホセインさんに声をかけられた。その昔、弟さんが日本の大学に留学していたらしい。ぜひうちに寄ってくださいと、やはり連絡先を教えてくれた。

いつものようにリアに荷物を積み終え、フロントのパニールを装着しているとき、前輪がパンクしていることに気付いた。
日陰に移動して朝一からチューブ交換。外側に針の穴くらいの大きさの穴。やはりバーストしたタイヤの残骸が原因だと思う。

なんだか出鼻を挫かれた。どうせだからと、モスクの外でオムレットを食べてのんびり出発。
今日も向かい風であるが、昨日の強風に比べればそよ風のようなもの。
出発直前にモスクの冷水機で水を汲んでも、すぐお湯になってしまう。冷水機と一緒に走りたい・・・。

今日は楽に距離を延ばせそうであったが、シャフルードのハミドさんのところに電話する約束をしていた。シャフルードまでは20kmほど。
幹線をいったん外れてシャフルードの町に寄る。町中の商店で休憩しているとき声をかけられた人に、頼んで電話してもらった。さらに別の人が電話を代わってくれて、今いる場所を詳しく説明してくれる。
すぐにハミドさんが店の前まで車で迎えに来てくれて、家まで案内してくれた。店から4kmほどのところだった。
着いたのは、ハミドさんの奥さんのマフラガさんの実家。実はハミドさん一家はテヘランに住んでいて、ちょうど休みの日にシャフルードに帰ってきているところだった。
ハミドさんの一家は、ハミドさん(45歳)とマフラガ(38歳)のほかに二人の娘さん、ディナ(14歳)とアルミナ(9歳)の四人家族。広い実家には普段マフラガのお母さんが一人で住んでいる。
上の子のディナは英語教室に通っていて、英語を話せる。
'91年から'94年にかけて三年間ほど日本で働いていたことのあるハミドさん(東京ガスの現場仕事をしていたらしい)。やはり最後はほとんどのイラン人と同様、不本意な強制退去となっている。日本語はほとんど忘れてしまっていた。今はテヘランで車のセールスの仕事をしている。

しばらくすると子どもたちはプールへ出かけ、その間自分ら二人はハミドさん夫婦に誘われて車で外出した。
まず行ったのは、実家の広大な果樹園。そこで桑の実やアンズ、モモ、サクランボに似たフルーツを採って食べる。
ハミドさんのところはとても裕福で、どうやらハイクラスな一族であるらしい。テヘランの家も、エンゲラーブ通りより北の高級住宅地にある。なんと、ウズベキスタン大使館のすぐ近くであるらしい。そこからなら各大使館に通うのも楽だったろうな。
昼食を食べようと連れて行ってくれたところも、高そうなホテルのレストラン。イランに来てこんなところで食事するのは初めてだ。貧乏人は前菜でおなかがいっぱいになってしまう。

食後はバスタムという村へ。水の流れが気持ちいい、巨木の茂るピクニック・スペースで暫しのんびり寛ぐ。ハミドさんはバスタム村の出身であるらしい。
幹線は延々と不毛の大地を走っているが、そこから僅か数km北側の山のほうに入っただけでこんなところがある。なんとも不思議な気分だ。
楓や樺といった広葉樹の巨木が茂り、下草も日本と変わらない。水も豊富。前にも書いたが、イランは水が豊富である。見渡す限り乾燥した大地であるが、町があるのはその昔のいわゆるオアシス都市。地下には水が流れている。
ハミドさんの友達とか親類とか、会う人誰もが「今度はうちに来い」と言ってくれる。相変らずイラン人のホスピタリティーには脱帽だ。

プールの終った子どもたちをピックアップして家に帰り、暫し昼寝。
ハミドさんの家はあまりイスラミックなところがなく、家の中ではマフラガやディナもスカーフを脱いでTシャツ姿である。ちなみに、女性は何歳から頭髪を隠さなければならないのか、明確な規定はないが、9歳頃からスカーフをかぶることが多いらしい。前にラシュトのモハンマドさんのところかどこかで聞いたことがある。9歳のアルミナは今のところ外でもスカーフをかぶっていないが、もう少ししたらかぶることになるのだろう。
ハミドさんのところでもお土産にあれこれくれる。イランに来てから荷物がだいぶ増えた。

21:00過ぎにみんなでバスタムに出かけた。今日は十二エマームの生誕日とかで、お祭りである。シャフルードの町中はすごい賑わいだった。
最初にバスタムの古いマスジェドへ行った。外見は真新しくてパッとしなかったものの、中は古い木の扉や壁の跡が残っていて重厚だった。実に落ち着きのある空間。
ホメイニーがダメだと言っていたマフラガも、このマスジェドではコーランの一説を片手に真剣に祈っていた。

もう一つ、さらに古い時代のモスクに寄ってからシャフルードの叔母さんの家にお邪魔した。この家がすごかった・・・。
四階建てのビルの二階部分が全部、叔母さんの家。非常に広くて造りがゴージャス。床に敷いてある巨大な絨毯も手織りのものだと教えてくれた。イランのまた別な一面を垣間見た気がする。

家に帰ってきたのは1:00頃。1:30を過ぎて夕食になった。もちろんマフラガのお母さんも一緒に。さすがに軽めだったけれど、ここまで遅い時間に食べたのも初めてだ。
ナスとヨーグルトのスープであるキャシュコ・バーデムジャーンは美味しかった。
それからシャワーを浴びさせてもらったり、お喋りをしたりして、みんなで揃って寝たのは3:00過ぎ。明日も泊まっていけとか、さらには23日に結婚式があるからそれまでいろとか、いろいろ嬉しいお言葉をいただいたが、明日発とうと思います。23日って・・・今日はまだ4日ですけど・・・。
特に暑いことはないのだが、ハミドさんは外にチャドルを張って寝ていた。そういうのが好きなのかな・・・。

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朝一からパンク                           道は今日もこんな感じ

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桑の実の収穫                            リッチなお昼をご馳走になり・・・

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巨木の下でのんびりする                     革新的な家です

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今日は十二エマームの生誕日                  外見はこんなだが中は重厚だった

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アルミナはまだスカーフもチャドルも免除

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とても広い叔母さんの家                    ちょうど前歯が抜けていて笑ったところが可愛いかった

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テラスでいただく夕食@1:30
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