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トルクメニスタンビザ取得・・・できず

2012/6/28 木

晴れ。
気合を入れて6:00過ぎに起き、6:30に家を出た。家族の皆はもちろんまだ寝ている。
タクシーを拾い、メトロでアリ・アバッドから終点のタジリシュまで移動。すっかり通い慣れてしまった・・・。
アリ・アバッドからタジリシュまでは50分くらいかかる。この距離を往復4,500R、20円ほどで移動できてしまうのだからメトロは安い。
さすがに前回までのようなすし詰め状態の通勤ラッシュには晒されず、早い段階で座ることができた。
タジリシュからも奮発してタクシーを使う。どのタクシーも言い値が4万Rなので、面倒くさくて言い値で乗った。

8:00過ぎに大使館に着いたのであるが、既にイラン人に付き添われたベルギー人女性二人組のバイカーが待っていた。一人はめっぽう背が高く、余裕で190cm以上ある。
彼女らは昨日、ウズベキスタン大使館でマットとアナに会ったらしい。まだいたのかあの二人・・・。
もうとっくにマシュハドに移動したものと思っていたが、結局彼らはウズベキスタンビザの取得に3週間もかかったらしい。今日バスでマシュハドに発ったということだった。

窓口は9:00前に開いた。
今日申請に来たベルギー人の二人は、マシュハドで受け取れと言われて一分足らずで用事が済んだが、ビザの受け取りに来た自分らはそうはいかない。
次は自分らの番・・・のはずなのだけれど、「待て」と言われてしばらく待ちぼうけ。後から来たイラン人たちが次々と申請している。
ここの腐れ大使館のビザ・セクションは高圧的な態度の男が一人で対応していて、外国人は後回しにされる。「待て」の一点張り。イラン人の場合と違っておそらく処置が面倒なのだ。
これじゃ何時に来ても一緒だ・・・。
常に存在をアピールしておかないと、一番最後にされかねない。6時間も待ったというスイス人二人のことが頭をよぎる。
それでも今日はまだ前二回のような混雑ぶりはなく、多少なりと落ち着いて待っていられる。曜日によって大使館の混雑ぶりにずいぶん差がある。

窓口の混乱を助長するのが、ビザの申請を請け負うエージェントのおっちゃんたち。30も40もパスポートを持って現れるから始末が悪い。
しかも、パスポートの束を抱えたおっちゃんらが優先して処置される。たぶん賄賂だと思う。
まったくもって最悪の腐れ国。トルクメなんぞ特に行きたいわけではないのだが、陸路でつなぐにはどうしても通らねばならない。なんてったって他に国境を接している国はアフガニスタンとパキスタン。あまりにリスキー。いや、それ以前にビザが取れない。

いったん窓口が閉まり、窓口の周りがだいぶ落ち着いた。再び窓口が開いたところで詰め寄ると、驚愕の事実が・・・。
「まだ本国から照会の結果が届いていない」
それも、係官の野郎は英語が話せないから、申請に来ていたイラン人に通訳してもらってようやくわかった。
今日6:00起きで来たのは何のためだったのか・・・日曜にコピーを出してから今日までテヘランにいたのは何のためだったのか・・・。
頭にきすぎて全身の力が抜ける。

どうすりゃいいのか、親切なイラン人に聞いてもらう。
わかったことは、(当たり前だが)本国から照会の結果が届かないとビザの発給ができないこと。照会の結果が届けば、ビザは即座に発給されるということ。
マシュハドで受け取ることも可能、というかむしろ「マシュハドで受け取れ」と言われる。
本国からいつ回答が来るのか聞いてもらうと、また”たぶん”日曜か月曜という答え。今日ダメなら最初からそうするつもりだったけど、マシュハドで受け取ることにせざるを得ない。こんな腐れ大使館、これ以上テヘランで待ち続けても無駄である。

申請書は必要ないのか、もう一度確認してもらう。なんつったって今日一回目の申請に来ていたベルギー人二人の申請書は受け取っていた。
「要らん」という答え。本国の照会さえ済めば、マシュハドで申請書を出して即座にビザが発給されるということなのだが、本当だろうか?どうもこの腐れ野郎の言うことは信用できん。人によって申請書を受け取ったり受け取らなかったりするから紛らわしい。
本当にマシュハドで即日受領できるのか?また何日も待たされるんじゃないのか?不安でいっぱいだが、今日のところはどうしようもない。

結局、腐れトルクメニスタンのビザ申請のあらましはこんな具合である。
つまり、本国への照会に時間がかかるが、照会さえ済めばビザは即座に発給される模様。だから、おそらく本国の照会作業のいらないイラン人のビザは、即日発給されている。
よって、よく聞くような「ビザのテヘラン申請、マシュハド受け取り」というのは正しくない。
正確には、ビザの申請はあくまでマシュハドでするのだ。テヘランでは本国への照会を依頼しているに過ぎない。
申請書を提出しているわけでもなく、混雑した中でパスポートのコピーだけ手渡して単に「待て」とだけ言われる。これで本当に作業が進行しているのか、すごく不安である。

早起きしたのに収穫ゼロ。こんな日はドッと疲れる。
トボトボと地下鉄とタクシーを使って家に帰った。
いつものようにアリ・アバッド駅からハミドさんちの近くまで乗ったタクシー。2万Rで交渉して乗ったはずなのに、一人2万Rだ、二人で4万Rだと言い出す。疲れているのに嫌になる。口論する元気もなく、腹立たしいがあと1万Rだけ払った。なんだか踏んだり蹴ったりだ。

ハミドさんちの近所の商店に寄ったら、たまたま来ていたパキスタン人がコーラをご馳走してくれた。沈んだ気分が上向く。
イランに出稼ぎに来ている彼は言語が堪能で、母国語のウルドゥー語のほかにファルシーと英語を話せ、アフガンの言葉もわかると言っていた。すごい。

ハミド家は大勢の女性客があって賑やかだった。ハミドさんは今日も仕事が休みらしく、家にいた。
午後、親戚の女性たちが帰った後でハミドさんが、「こっちに来て写真を撮れ」と言うので外に出てみると、前の家で羊を絞めるところだった。
イランでは、子供が生まれて初めて病院から家にやって来た日に羊を絞める風習がある。通常、その家の主人が羊を絞める。
空は晴れていた。後ろ足を縛られ、じたばたすることもなく静かに横になっている羊。おそらく、これから自分の身に降りかかる運命を悟っている。どことなく諦めムードで死を待っているように見えた。諸行無常・・・そんなことを思った。

てっきり前の家の親父さんが絞めるものとばかり思っていたら、何故かハミドさんが自前の包丁で絞めていた。
羊の口を水で清めてから喉をかき切る。羊は激しく抵抗することもなく、一声発することもなかった。
どうやらハミドさんは絞めるのが上手であるらしい。時どき頼まれて羊を絞めているということだった。お父さんも名人だったという話だ。
絞め方にも上手、下手がある。苦痛を与えずひと思いに絞めるのが上手なやり方。
羊を絞めるのなんてそれほど珍しいことではないけれど、テヘランのこんな住宅地で、というのが驚きだった。

夕方、ハミドさんとファトゥメが二人で葬式に出かけた。子どもたちは留守番。ネットしに行こうと思っていたのだけれど、やめにして自分らも一緒に留守番。
21:00頃、ザフロがサンドウィッチを作ってくれた。四人で食べているとハミド夫妻が帰ってきて、それから向かいの家から羊肉のお裾分けが届いた。ハミドさんが庭ですぐキャバーブにする。
お裾分けの肉には脂身もあった。羊って(雄雌ともにあるのかは知らないが)尻の部分に脂肪の塊がブラブラぶら下がっているのをご存知だろうか?その部分。
自分は羊肉だけはどうにも苦手である。特に脂身。この尻の脂肪の塊はぜったいダメだろうと思ったのだが、キャバーブにすると、肉の間に刺した脂身はほとんど燃えてしまう。新鮮だからか、肉も臭みがなくて美味しかった。実に意外。

キャバーブをいただいていると、ハミドさんのお父さん夫妻がやって来た。義母にあたるおばあちゃんがマユミに服をプレゼントしてくれた。お父さんのほうはハミドさんに壊れたバリカンを直してもらっている。
明日はテヘランを発つ。最後の夜はハミドさんと日本語の勉強。ハミドさんは熱心にメモをとっていた。
先日8mmからDVDに落とした、モハンマド・マフティが生まれたときの映像も見せてくれた。ザフロのダンスが印象的。しなやかで美しい。これまでいろんな人のを見てきたけど、間違いなく一番うまい。
ファトゥメはお気に入りの歌のDVDを見せてくれた。「アゼルバイジャン、アゼルバイジャン~」と連呼する歌で、妙に耳に残り、その後もしばらく頭の中をグルグル回っていた。
アゼルバイジャンという国の歌ではなく、イランのアゼルバイジャン地方の歌であると思う。

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コーラをご馳走してくれたパキスタン人             生まれた子が初めて家に来た日に羊を絞める

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おそらく自分の運命を悟っていると思う             最初に羊の口を水で清める

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苦しみを与えぬようひと思いに絞める              テヘランの住宅地です

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ハミドさんのお父さんを交えて昼食               お裾分けの羊肉はさっそくキャバーブに
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