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エスファハーンとシーラーズの小旅行 その4 フルに動き回った一日

2012/6/21 木

晴れ。
宿の受付でパスポートを返してもらい、7:30に行動開始。タクシーでビザオフィスへ(2万R)。7時から開いているはずだ。
ファルシーでビザオフィスのことは「エダーレイェ・ゴザルナーメ」という。日本語の発音でアクセントも滅茶苦茶だが、運ちゃんはすぐに理解してくれた。

場所はやはり昨日見に来たところだった。入口の前にはもう何人もの人が並んでいる。これはマズイ・・・。
あとでわかったことだが、そこにいた人の多くはアフガン人だった。イランには周辺諸国からたくさんの人が出稼ぎに来ている。特にアフガン人が多い。
テヘランにもたくさんいて、建築現場で働く人を見てハミドさんが、「彼らはアフガン人だよ」と教えてくれたことがあった。イラン人もアフガン人も自分らには区別がつかないが、イランの人たちにはわかるらしい。日本人が中国人や韓国人を識別できるのと一緒だ。

門はすでに開いていて、警備の人にカメラを預けて中に入る。ビザオフィスは三階だと教えてくれた。
三階も人でごった返しているが、一応ツーリストは優先してくれる。しばらくすると呼ばれて部屋に通された。英語の話せる係員がいて、銀行に行って振り込むようメモを渡される。毎度お馴染みのBank Melli Iran。

建屋の外に出ると、タクシーの運ちゃんが「バンク、バンク」と客引きしていた。二人で往復4万R。距離を考えるとちょっと高いと思ったけど、乗ることにした。時間との勝負だ。
直後にやって来たおばちゃんと兄ちゃんを乗せると、タクシーはすぐ出発。二人ともアフガン人だった。
銀行に着くと運ちゃんがいの一番に中に入り、四人分の振込み手続きを全部まとめてやってくれた。自分らはその場に座って待っているだけ。いやー楽チン。高いと思ったけどこりゃ安いわ。
運ちゃんはなにも慈善事業で手続きを代行してくれているわけではない。早く手続きを済ませて建屋に戻れば、また次の客を拾える。回転率を上げればそれだけ稼げる運ちゃんと、早く建屋に戻りたい客との利害が一致するわけだ。

30分弱で振り込み手続きが終了し、ビザオフィスに舞い戻る。運ちゃんはすぐに客待ちのタクシーの列に車を並べる。ちゃんと順番になっているらしい。
一階で振り込みのレシートをコピー。作業が自動的に進んでいく。いい感じだ。
三階でしばらく待っていると係の人が来て振り込みレシートを回収。部屋に通された。申請用紙に記入して少し待つ。
次々と人がやって来る。机の上にはパスポートとファイルが山のように積んである。今日中に手続きが終わるだろうか???オフィスは12:00で閉まってしまうはずだ。

「時間がかかるから三時間後に受け取りに来て」と言われ、いったん外に出る。
とりあえず近くの食堂で朝飯にする。玉子焼きとパンとチャイを食べて二人で3万R。安いよなぁ・・・。
食事を終えても12:00までまだ二時間以上ある。一度宿に戻ることにした。タクシーを拾って帰り、部屋で横になってのんびり休む。

11:00過ぎに宿をチェックアウト。再びタクシーを拾ってビザオフィスへ。タクシー使いまくり。
直進すればオフィスまですぐなのだけれど、別の客が乗っていたため遠回り。そっちは激しく渋滞していてヒヤヒヤしたが、11:30にはオフィスに着いた。
無事に手続き完了!さらに30日もらえた。滞在日数はこれでもう十分。
建屋の中で待っていた人たちはいなくなっていたが、外にはまだたくさんの人がいた。

ショハダー広場まで歩き、キャリーム・ハーン城塞の近くにあるファルデ屋で店の人にフレイドンのところに電話してもらった。
30分ほどで店に来る、というのでファルデを食べながら待っていると、二人がフレイドンの車で迎えに来てくれた。ちょっとしたお礼か、フレイドンが店の人にお金を渡していた。

フレイドンの車で観光に繰り出す。
どこに行きたいかと聞かれ、ハーフェズ廟とサアディー廟をリクエスト。ともにイランで敬愛されている詩人である。
本日半日の観光に要した入場料はすべて二人が払ってくれてしまった。こちらが勝手に押しかけたというのに・・・申し訳ない。

最初にサアディー廟。市街中心部からちょっと離れている。敷地内は落ち着きのある庭園となっていて、花がキレイに咲いていた。小さな建物の中に棺がある。タイルで飾られた内壁が美しく、そこに彼の詩が書かれていた。もちろん読めないけれど・・・。
地下に下りると水が湧いていた。魚も泳いでいる。ひんやりして気持ちのいい空間だ。昼寝してる人もいる・・・。

次に連れて行ってくれたのはクルアーン門。町の北東にあるシーラーズの玄関口だ。エスファハーンから来たとき通ったのであろうが、眠っていてまったく気付かなかった。
有料で脇の岩山を上れるようになっていて、上ったところにハージュー・ケルマーニー廟がある。彼も著名な詩人であるらしい。
目下隣にホテルを建設中で、工事現場のその場所からシーラーズの町がよく見えた。大きな町だ。

続いてハーフェズ廟。人気の場所であるらしく、たくさんの人が訪れていた。ここも美しい庭園になっている。ドーム状の形をした東屋の下に棺があり、近くに腰掛けて彼の詩集を読んでいる若者もいたりする。
庭園の中に小さな土産物屋があった。流れでそれとなくのぞいていたら、フレイドンが買ってやるから選べと言う。いや、いいよと断ったのだが(正直言うと荷物になっちゃうと思っていたし)、いいからいいからと押し切られて買ってもらってしまった。選んだのは小さな石彫りのクーロシとアフラマズダ。(もちろん日本まで大切に持ち帰り、今では宝物として我が家の玄関に飾ってある。)

昼食も彼らに奢られた。高そうなレストランだけどいいのかな、と思いつつ。
腹ごしらえのあとエラム庭園に連れて行ってくれた。ここは入園料が高いので悪いと思って敢えてリクエストしなかったのだけれど、結局連れられてきてしまった。
入園料4万R。サアディー廟やハーフェズ廟が3,000Rだからずば抜けて高い。もっともこれは外国人料金で、イラン人は7,000Rで入ることができる。
二人は、自分らもイラン人料金で入れないのか掛け合ってくれたのだが、ダメだったらしい。申し訳ない・・・。

庭園はとても広い。もらったパンフレットによると、シーラーズ大学の付属施設のようである。
チャイ休憩を挟んで庭園内を散策。花をはじめ様々な植物がある。その中に柿の木があり、「Kaki」と表示されていた。世界中どこへ行っても、柿だけはそのままカキと呼ばれている。
平日にもかかわらずたくさんの人が来ていた。イランの人たちは、こういう緑のあるところがたいそう好きである。芝生と木陰があればピクニックはお約束。今日もたくさんの家族連れが寛いでいた。

ふ~疲れた。これで帰るのかな、と思ったら、またどこかに着いた。軍事博物館だった。
広い庭園内(アフィファバッド庭園)にある宮殿の中に、たくさんの古い銃器が展示されている。各国のものがあるが、イギリス製とベルギー製が多かった。その中で、ドイツ製はやはりずば抜けて出来がいい。
イギリス製のように派手な装飾はないけれど、実用性重視のこの圧倒的な塊感と精緻性。ドイツの工業製品は今でもそうである。この塊感はどこから来るのだろう。実利重視のデザインからかな・・・?
例えば、今の時代なら大方のものについて、総合的に見て日本製のほうが優れていると思う。より良く、より使いやすく・・・そういう思考がものすごいからね、世界的に見て日本人は。
でも、耐久性だけはかなわないような気がする。いや、日本人の目からすると、要するに無駄が多くてオーバークオリティーなのだ、あらゆるものが。目指しているところ、設計思想が根本から違っているように思える。
レース機材のような一品もののスペシャル品なら、耐久性も日本製のほうが優れているかもしれない。でも、製品として壊れないのはドイツ製だ。
(ま、お気付きだろうが、単に自分は製品に対するそういったドイツ人気質が好きなだけです、ハイ。別にドイツの回し者じゃありません。)

そんなことをいろいろ考えながら展示品を見ていた。
軍事博物館をあとにしたが、まだまだ帰らない。彼らはタフだ。
次に向かったのは、車と人がやたらごちゃごちゃしたところ。ごちゃごちゃした先に美しいドームが見えてきた。シャー・チェラーグ廟だった。巡礼者の集うシーラーズの聖地。
車をとめて廟に向かう。マユミはその格好では入れないからと、フレイドンがどこかからチャドルを借りてきてくれた。入口は男女別。荷物は入口の横で預け、ボディチェックもある。
敷地の中は広い。たくさんの人がいて、みんな一心に祈りを捧げている。夕暮れどきでドームが美しい。
廟の中には通常ムスリム以外は入れないのだが、二人が一緒だったため入れた。靴を預けて廟内へ。ここから先は完全に男女別。マユミとは適当に待ち合わせることにして、フレイドンとモハンマドと三人で廟の中へ。

中がすごいんです。全面鏡のモザイク張りでギラギラ。落ち着きのある外観からは想像もできない世界。日本人の感性ではまったく心の静まらない空間だ。
イラン人とはこのあたりの感性がまったく異なっているのだと思う。たくさんの人たちが床に腰を下ろし、瞑想に耽ったり祈りを捧げたりしている。
もっとも、まったくイスラミックでないフレイドンとモハンマドの二人は、自分以上にそわそわしている。「絶対写真撮るなよ。大変なことになるからな」と、どうにも落ち着きがない。
棺の周りはすごい熱気だ。みんなが最前列に出ようと押し合いになっている。泣いている人もいた。別世界だ。そこを足早にスルーしようとするフレイドンとモハンマドであった。

廟の外で待っていると、しばらくしてマユミが出てきた。中庭をブラブラして敷地の外に出る。
荷物を受け取り、チャドルを返してバザールへ。シャー・チェラーグ廟のすぐ隣に大きなバザールがある。
すごい熱気だ。迷路のようなバザールに、どこか別の世界に迷い込んでしまったような気分になる。実際、どこをどう歩いているのか自分にはもうよくわからない。昔のハンマームを再現した蝋人形館のようなところにも入った。
バザールから出ると日が暮れていた。ライトアップされた廟が美しい。明るい時間とはまた違った神聖な空気が流れている。
通常は0:00に閉まるらしいのだが、毎週木曜は朝まで開いているとのことである。

車で移動。まだ帰らない。
ライトアップされたキャリーム・ハーン城塞へ。外の芝生ではたくさんの人たちがピクニックに興じている。これからが本番だ!
外からは日中も眺めた城塞であったが、今回は二人がわざわざお金を払って中を案内してくれた。池のある庭園になっていて、外の喧騒が嘘のように静寂に包まれている。
建物の中には工房と土産物屋が並んでいる。その中に一つに、例の廟の内部を飾っている鏡のモザイクを作っている人がいた。もちろん完全手作業。見ていて飽きない。
城塞の外に出て、ファルデをいただき一息つく。そろそろ限界です。

22:00過ぎ、ようやくフレイドンの家に向かう。郊外のフレイドン宅まで車で30分ほどかかった。
フレイドンは一人暮らしで、家は四、五階建ての集合住宅の一階。小鳥と金魚を飼っている。
すぐに冷水とフルーツを出してくれた。チャイもいただく。シャワーのあと着替えも貸してくれ、洗濯までしてくれた。なんて気の利く人たちなんだ・・・。
明日は7:00発でペルセポリスに行ってくれるという。そのあとでフレイドンの写真にあった滝のあるきれいな場所へ行き、そこでキャンプしようということに決まった。

フレイドン30歳、モハンマド28歳。モハンマドは自分の国であるイランのことが嫌いで、オーストラリアで働くことを夢見ている。
お喋りしながらのんびりさせてもらっていると、家主のフレイドンがどこかに出かけた。しばらくすると、女の子とその母親を連れて帰ってきた。てっきりフレイドンの家族かと思ったら、友人という話だ。フレイドンの好きな子なのかもしれない。
女の子はサハーという名の大学生。やはりイランのことが嫌いなようで、アメリカに行きたいと話していた。

話をしながらも、もう頭が回らない。1:30頃になって二人が帰り、ようやく床に就く。
もう気を失いそうなくらいフラフラだった。こんなに動き回ったのっていつ以来だろう。

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シーラーズ滞在中大変お世話になったフレイドン(中)とモハンマド(右)@サアディー廟

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ハーフェズ廟                           チャイ休憩の図@エラム庭園

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エラム庭園・・・                          すごく広い

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ごちゃごちゃした先にドームが見えてくる           女性はチャドル必須

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巡礼者の集うシーラーズの聖地シャー・チェラーグ廟

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迷宮の入口                            中はすごい熱気

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すっかり真っ暗です@キャリーム・ハーン城塞        夜になっても巡礼者は絶えない

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友人のサハーがお母さんと遊びに来た
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