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エスファハーンとシーラーズの小旅行 その1 エスファハーンは世界の半分

2012/6/18 月

「エスファハーンは世界の半分」
16世紀後半のサファヴィー朝の全盛時代、この地の栄華を目にしたヨーロッパの商人たちは、エスファハーンのことをそう称えた。
ティムール亡き後の混乱状態に終止符を打ち、再びイランを統一したのがサファヴィー朝。シーア派十二エマーム派を国教に定めたのもこの時代で、現在に至るイランの国体の基礎が固まった時代であるといえる。

晴れ。
7:10起床。朝食をいただいて8:30に出発。お休みのハミドさんが、わざわざテヘランの南バスターミナルまで車で送ってくれる。
二人ともサブザックのみという簡単な出で立ち。自転車と残りの荷物はハミドさんの家に置かせてもらっている。

今日から一週間の予定で、エスファハーンとシーラーズへ小旅行に出かける。バスの旅は久しぶりで、なんだかワクワクしてくる。
エスファハーンはテヘランの南400km、シーラーズはそこからさらに500kmほど南に位置している。観光という目で見れば、これにシーラーズの北60kmほどのところにあるペルセポリスを含めた三ヶ所が、イランのハイライトということになろうか。もちろん今回、ペルセポリスにも行くつもりである。

9:10南バスターミナル到着。
テヘランには長距離バスターミナルが四つもあり、だいたい行き先ごとにわかれている。エスファハーンやシーラーズへは南ターミナルから。

ハミドさんもターミナルの中までついてきてくれて、一緒にバスを選んでくれた。
バス会社のカウンターがズラリと並んでいる。エスファハーンまで75,000R、二人で15万R。安すぎる・・・タクシーで市内の大使館に行くより安い。

バスは10:00発なので、まだ時間がある。ハミドさんと一緒にターミナル内を少しブラブラ。
アフガン行きのバスがたくさんある。これでもかというくらいある。隣の国なんだから、よく考えればそりゃそうなのだろうけど、頭でわかっていながら新鮮な驚きだった。どれでもいいからこの中の一台に乗れば普通にアフガンに行けるのだな、と。
もちろん、現地の人たちは普通に行き来しているわけだが、現在もアフガンは外国人が興味本位で行ける状況にはない。(そもそもビザが、というか日本大使館のレターが出ないわけであるが。)いつの日か、普通に訪れることのできる日は来るのだろうか。自分の生きているうちに。

バス乗り場に移動し、時間になってバスに乗り込む。席は最前列。自分らにとっては見晴らしのいい特等席だ。
少しすると、ハミドさんが「バスの中で食べて」と、ヒマワリの種を買ってきてくれた。つい先ほどもチャイをご馳走してくれたり、何から何まで本当に申し訳ない。

10:10、ハミドさんに見送られながら出発。
イランのバスは快適だ。エアコンがちゃんと効いているし、ジュースとお菓子も配られる。
テヘランを出ると、ブッシュがところどころ生えているだけの荒涼とした大地がずーーーっと続く。広大なキャヴィール沙漠の縁を沿うように道が走っている。時どきSAがある以外何もない。日陰もない。自転車だったら退屈な上、大変であるに違いない。
不覚にも、あまりに退屈でバスの中で眠ってしまった。zzz...。

昼頃、休憩のためSAに寄った。
ここでスイス人のカップル、ルーディー&ファビエンヌと再会。自転車をバスに積み、やはりエスファハーンへ行くということだった。彼らのバスは自分らのより少し先に出たらしい。
例のトルクメニスタンビザは、15:00頃になってようやく受け取れたという話である。職員が彼らのことを忘れていて、窓口が閉まりそうになったところで「スイス!スイス!」と叫んだら、やっともらえたのだとか。朝から六時間待ち・・・まったくやってられないわ。それで取得できるのはたった五日間のアライバルビザ。

長めの休憩のあとバスに戻ると、通路を挟んだ隣の席の人に声をかけられた。エスファハーンから100kmほどのシャヒールコルドという町に住んでいる人で、家に帰る途上ということだった。
「山と木のたくさんある美しいところだから遊びに来て」と、メールアドレスと携帯番号を教えてくれる。山と木がたくさんある、というところにえらく惹かれた。さぞ美しいところに違いない。
でも、今回は日程的に無理だな・・・。すごく残念である。

エスファハーンまではバスで六時間。気付いたら町に入っていた。
16:00に北バスターミナル着。エスファハーンにも町の東西南北に四つの長距離バスターミナルがある。
ひとまずターミナルの売店でジュースを飲んで一息入れる。

宿は目星をつけていた。ターミナルから2kmほどのところにある。中心部までバスだと一人三千、タクシーなら二万と教えてくれたけど、せっかくなので歩くことにした・・・30分以上かかったから、三千ならバスに乗ればよかった。
目当ての宿はアミーレ・キャビール。歩き方にある中では一番安い。が、情報が古いと見えて宿代がほぼ倍になっている。Wが一泊35万R。別のところを探すのも時間がもったいないし、二泊だけだからまぁいいか、ということであっさり決めた。たぶんバックパックで旅してたときなら他をあたっていたと思う。

宿の雑用をしているおっちゃんが日本語を話せた。日本に、しかも群馬の館林に四年いたという。サンヨーに勤めていたらしい。物腰の柔らかい人で、滞在中あれこれ面倒をみてくれた。
隣の部屋には、奇遇にもルーディー&ファビエンヌがいた。エスファハーンのあとはシーラーズ、ヤズド、マシュハドとバス移動。トルクメニスタンもすべてバスで移動するということだった。自転車で旅をしている意味があるのか?ふと思ったが、旅のスタイルは人それぞれである。
エアコンを入れてもらって部屋で少し休む。ベッド三つの部屋で、洗面台と冷蔵庫、TV付き。WiFi使用可であるが、遅すぎて実質的には使えない。

18:00過ぎから外出してみる。エマーム広場まで、のんびり歩いて30分ほど。店の並ぶ通りをたくさんの人が歩いている。
かつて世界の半分と謳われたエマーム広場は人で溢れていた。ちょうど日暮れどき。そう、これからピクニックタイムになるのだ。エスファハーンであろうがそれは変わらない。ゴザを敷いて寛ぐ人たちで埋め尽くされつつある。ピクニックセットを携えた家族連れが次から次にやってくる。
なんかいいなぁ・・・ほのぼのとした光景を見ながらそう思った。世界遺産の広場でゴザを敷いてピクニックなんて、そんなことのできる国はそうそうあるまい。少なくとも日本じゃ絶対無理だ。広場の芝生は立ち入り禁止になっているに違いない。

広場の入口のところにアイスクリーム屋がある。メニューがいろいろあるのだけれど、ほとんどの人が食べているのはもちろん、ファルデシラズィー。列に並んで自分らもファルデをいただく。ファルデだけで通じる。ファルデと言えばファルデシラズィーのことなのだ。
ここのファルデは絶品だった。ソフトクリームが添えられている。ファルデだけをガッツリ食べている人もいるけれど、ソフトクリーム添えを食べている人が圧倒的に多い。レモン汁をかけると最高!
観光地にある小洒落た店なのだが、一つ1万Rと特に高くはない。エスファハーン滞在中に何度も食べたことは言うまでもない。この日だけで三つも食べた。

マスジェデはもうどこも閉まっているので、また明日。一番目立つマスジェデ・エマームに修復のための足場がかかっているのが残念だ。
広場をグルッと一周してみる。夕暮れどきのエマーム広場は実に美しかった。そんな情景に浸っているところで水を差してくれたのが、ガイドやツアーの勧誘。
ズール・ハーネ?(ムスリムの男が体を鍛える施設)見に行かないよ、んなもの。
広場の周りの回廊には絨毯屋や工芸品の店が並んでいる。さすがにツーリスティックだ。勧誘が煩くて落ち着かない。とある絨毯屋の人には流暢な日本語で声をかけられた。こういうところで日本語で話しかけられると途端に警戒してしまうのは何故だろう。

宿に帰る途中で夕食、なのだけれど、食事できそうな店が見当たらない。おそらく別のエリアにあるのだろうけど、わざわざ行くのも面倒くさい。
ようやく見つけたレストランはちょっと高そうに見えたが、そんなこともなかった。いい意味で期待を裏切ってくれる。

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テヘランの南バスターミナル              ハミドさんに見送られて出発

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ルーディー&ファビエンヌ

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夕暮れどきのエマーム広場

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エスファハーンは世界の半分

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ピクニックの人たちが続々と集まってくる・・・これからが本番だ

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絶品のファルデと・・・                    舌鼓を打つ人たち
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