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ブッダガヤ その1

2010/2/5 金

のんびり起き出して朝食後にマユミに散髪してもらった。
4ヶ月近く伸び放題だった髪の毛が短くなってサッパリした。

昼頃外に出る。
ブッダガヤは言わずと知れたブッダが覚りを開いたところである。

ブッダが覚りを開いたまさにその場所に建つのがマハーボディ寺院。
寺院の裏側には菩提樹があり、この木の下で49日間の瞑想に入り覚りを開いてブッダとなったとされている。
今ある木は当時の木の末裔と伝えられ、ブッダが座した場所には金剛座が祀られている。

日曜までチベット仏教の何かのイベントが催されているようで、寺院は多くのチベット僧でごった返していた。
静かなところでのんびり浸って菩提樹を眺めたかったのだが、賑やか過ぎて浸るもへったくれもない。イベントが終わったところでもう一度のぞいてみることにしよう。

マハーボディ寺院の正面にある門はトーラナと言い、形態、語源とも日本の鳥居の起源にあたる。


マハーボディ寺院1_サイズ変更
マハーボディ寺院


マハーボディ寺院5 トーラナ_サイズ変更
日本の鳥居の起源にあたるトーラナ


マハーボディ寺院3_サイズ変更
ちょうどチベット仏教のイベントが催されていた


マハーボディ寺院8 菩提樹_サイズ変更
マハーボディ寺院にある菩提樹


ブッダガヤの町中にはタイ寺やブータン寺、チベット寺など各国の寺院がある。
その中に印度山日本寺もある。日本の各宗派が共同で建立したもので、Hotel Lord Buddhaの目と鼻の先である。


印度山日本寺1_サイズ変更
印度山日本寺


日本寺では朝と夕の一日二回、勤行と座禅を行っている。
早速夕方座禅を組みに出かけてみた。
日本の寺ほど厳粛な雰囲気はないが、静かでなかなかいいもんだ。日本の坊さんが般若心経を唱えてくれる。


夕方の勤行_サイズ変更
夕方の勤行


座禅の形はブッダが覚りを開いたときの形に由来するのだが、悲しいかな体が固くてまともに座禅が組めない・・・痛い足は気になるわ、腰も痛くなるわ、腹式呼吸もままならないわでとても瞑想するどころの話じゃない。まったく情けない限りだ。
せめてここにいる間は毎日朝夕座禅を組みに行こう。

ブッダガヤは小さくて静かないい町だ。
宿も居心地よくて申し分ないのだが、唯一の難点は美味しい食事にありつけないこと。近くにこれといったレストランがないのだ。
ローカル食堂なんて皆無だし、どこかに美味しい店はないものだろうか。



2010/2/6 土

朝の座禅は、疲れてだるかったのでいきなり却下。
またいらない荷物を日本に送り返したいので、朝のうちにぶらぶらと郵便局の場所などを確認。


近くの路地のイノシシ_サイズ変更
宿近くの路地のイノシシというか野ブタ


昼近くになって、アソさん&ラマさんのバイクで通称トトロの木とスジャータ村に連れていってもらった。
トトロの木は樹齢2,500年以上の巨大なガジュマルの木で、嘘か誠かトトロに出てくる巨木のモデルになった木らしい。
樹齢2,500年というと、ブッダが苦行を行っていたときに既に存在していたことになる。
確かにデカイ・・・これは一見の価値あり。
その昔、ブッダが苦行していた頃は一面のジャングルだったらしいが、今、周囲は畑になっていて、トトロの木が一本だけポツリと立っている。そのシチュエーションもろとも確かにトトロの木そのものだ。
ここからは、ブッダが覚りを開く前に苦行を行ったとされる前正覚山も見える。


トトロの木1_サイズ変更
トトロの木


トトロの木5_サイズ変更
確かにそれっぽい雰囲気があって・・・


トトロの木7_サイズ変更
かなり大きい木である


トトロの木から見る前正覚山_サイズ変更
トトロの木から見る前正覚山


インドの木は常緑樹だと思っていたが、アソさんの話では、トトロの木にしろ菩提樹にしろ雨季が始まる前の4月になると葉が落ちるらしい。
マハーボディ寺院にある菩提樹は、ブッダの頃から数えて4代目に当たるとのことだ。

スジャータ村は菜の花畑が美しいのどかな村だ。苦行を積んでいたブッダに乳粥を与えたのがスジャータであると、昔世界史で習ったのを思い出した。村近くのヒンドゥー寺院には、スジャータから乳粥を差し出されるブッダの像がある。
それにしてものどかなところだ。緑濃い畑をボーっと眺めていると、まるで時が止まっているかのようだ。


スジャータ村1_サイズ変更
スジャータ村


スジャータ村のブッダ像2_サイズ変更
スジャータ村のブッダ像


夕方、日本寺に座禅を組みに出かけた。
日本寺の敷地内には図書室が付属していて、日本語の本も読める。
座禅はいいもんだ。スーッと気が静まる気がする。

大仏1_サイズ変更
ブッダガヤの大仏


夜はラマさん特製のチキンカレーを食べながら、アソさん、ラマさんと酒を飲んだ。
二人とも大の酒好き。暑い時季はビールのようだが、今の時季はもっぱらラム酒を飲んでいるようで、インド産のラム酒をご馳走になった。

いろいろ話も聞けて面白かった。
ベンガル語がヒンディーに近く、ヒンディーを話すラマさんらにも何となく言葉が通じるということ。のみならず、周辺国であるパキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、スリランカ、ミャンマーも言語的に近く、何となく言葉は通じるらしい。
東南アジアを回ったときも、タイ、ラオス、カンボジアは言語的に近く、特にタイとラオスでは何となく言葉が通じること、カンボジアの人もタイ語はすぐに話せるようになることなど聞いたことがある。
ヨーロッパでもスペイン語とポルトガル語は何となく通じるし、ヨーロッパ人にとってラテン語を語源にする言語は比較的簡単に話せるようになるらしい。
こういった感覚は日本人にはまったく理解できないのだが、母国語をベースにして他国の言語が理解できるというのはかなり便利だろうなぁ。

実に面白い。
言語や宗教というのは、世の中や歴史を理解したり、バックグラウンドのまったく異なる人たちと付き合っていく上で最重要なキーワードであると感じ入る。



2010/2/7 日

今朝こそ5:30起きで朝の座禅に行ってきた。
夕方と違って坊さんの読経はなく、勝手に行って勝手に座禅を組む。日の出前、夕方よりいっそう静かな中で座禅を組んでいると身が引き締まる思いがする。
座禅を終えて7:00に日本寺の外に出ると、既に町は動き出していた。


朝の座禅1_サイズ変更
朝の座禅


アソさんに頼んでおいた9日のムンバイ行きのチケットが取れた。
一度自分らで鉄道予約センターに行ってみたのだが、出張所のようなところで時刻表も何もないので自分らで取るのは諦めてアソさんにお願いした次第。
チケット代は一人601R(1,142円)+アソさんの代行手数料50R(95円)。
ガヤからムンバイまで一本で行けるのだが、ガヤ発5:27というのがまた忙しい。

10:00より、またアソさん&ラマさんのバイクでブッダが苦行を行った前正覚山に連れて行ってもらった。
日本の春を思わせる気候で、バイクで風を切るのが実に気持ちいい。昔、バイクで走り回ってた頃を思い出し、旅の道具としてのバイクの良さを久々に認識した。(もっとも突き詰めていくと、結局はバイクより自転車、自転車より歩きとなるのだが・・・)


バイクの後ろから_サイズ変更
バイクの後ろから


巨大なナイランジャラー川は乾季の今は干上がっていて、広大な砂漠のようになっている。
川に架かる橋を渡った先の村々の風景が実にスバラシイ。青々とした麦畑、黄色い菜の花畑、道端で脱穀をする人たち、弟妹の面倒を見る子供たち、農作業に使うためだろう半端ない数の牛たち。大人も子供もとにかく笑顔が素敵だ。
ここは桃源郷か?極楽浄土か?死ぬ前に一度は見たほうがいいと断言しよう。
バイクじゃないと通れない道なので、案内してくれたアソさん&ラマさんに感謝である。


途中の村2_サイズ変更


途中の村4_サイズ変更


途中の村6_サイズ変更


ブッダガヤのあるビハール州は、インドの中でも最も教育水準が低く(識字率は40%以下らしい)、インドで最も貧しいと言われている。
確かに、ここで見る子供たちは学校になど行けてないだろう。髪の毛はボサボサで、ボロボロの服を着、小さいながら仕事をしているか、弟妹の面倒を見ているかのどちらかだ。でも、どの子もとても澄んだ目をしている。弟妹をおんぶしたり抱っこしたりしながら、最高の笑顔で手を振ってくれる。
実に美しい村々だ。

前正覚山の麓に着き、バイクを降りて少し登ると、ブッダが6年間断食の苦行をしたと伝えられている洞穴がある。
ちょうどタイの僧が訪れていて、人に請われて祈りを捧げていた。自分もドサクサ紛れに祈ってもらった。額に指を当て、息を吹きかけながら静かに祈ってくれた。ありがたやぁ~。
前正覚山からの眺めも実にスバラシイ。心地いい風に吹かれながら下の景色を眺めていると、いつまでたっても飽きることはない。物思いに耽るには最高の場所ではないだろうか。ブッダがここで苦行したのもわかるような気がした。


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前正覚山へ登る道


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少し登るとブッダが6年間断食したと伝えられる場所に出る


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ちょうど訪れていたタイのお坊さんに祈ってもらった


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この洞穴で断食したとされる


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その同じ場所で座禅を組む・・・実に感慨深い


前正覚山3_サイズ変更
前正覚山からの眺め


あんまりのんびりしてたら、心配したのかラマさんが迎えに来た。
ずっとここにいたい気分だが、仕方なく町に戻る。

インドの道路はいろんなモノが通行している。
バイク、溢れるほど人を乗せたオートリクシャー、自転車、歩く人、馬車、リアカーを引いた自転車、荷車を押す人、そして車。
活気があり、見てるだけで楽しくなってくる。主役は車ではなく、あくまで人なのだ。
車もバイクもトコトコのんびり走る。牛や犬が飛び出してきても避けられるスピードだ。
これだけ動物がたくさんいながら、車に轢かれた動物は見たことがない。
実にゆとりのある社会だなぁとつくづく思う次第である。


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