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巨大都市テヘランに到着

2012/6/12 火
始:12:00 ~ 終:20:20 走行:58km
~ Tehran

晴れ。
10:20起床。のんびり眠っていられて幸せ。
カゼムはどこかに勤めている様子がない。ゼスチャーによる説明から裁判官であろうと推測しているのだが、今ひとつ判然としない。ネットの翻訳を試みてくれるのだけれど、昨日からどうもうまく訳せない。イラン独特の職種なのであろうか?司法関係の本もたくさんあるから、その手の仕事をしていることは間違いない。
昨日に続き、「イランで何かあったらいつでも電話して」と何度も言ってくれた。

とても居心地のいい家だった。
遅めの朝食を家族と一緒にいただき、12:00にカゼム宅をあとにする。ちょうどどこかへ出かけるところだったのか、家族総出で見送りにきてくれた。
途中、アリさんの店の前でアリさんに会った。友人のイスマイルさんと一緒だったのだけれど、このイスマイルさんの日本語ペラペラっぷりには心底驚いた。敬語も使いこなす。変な訛りもなく、日本人かと見紛うほど。聞くと15年も日本にいたということであったが、15年住んでいたからといってここまで話せるようになる人はそうそういまい。おそらく大相撲の外国人力士くらいではなかろうか。
「テヘランに住んでいるのでよかったら電話ください。一緒に食事でもしましょう」と、丁寧な日本語で電話番号を教えてくれた。
もう少し話してみたい衝動に駆られたが、せっかくカゼムたちも見送りにきてくれていることだし、残念ながら時間がない。
「それじゃ、また」と手を振ってアリさん&イスマイルさんと別れた。

幹線に出てしばらくのところまで、カゼムたちは見送りにきてくれた。一家に見送られてキャラジをあとにする。いざ、テヘランへ。
さすがに車が多くてかなり不快。それでもアウトバーンを走るよりはマシだ。
道はまっ平ら。路側帯も広くて思いのほか走りやすい。

意外に遠いテヘラン。途中で標識にテヘランの文字がなくなり、道が合っているのか不安になる。道を訊こうにも、工業地帯のようなところで店やGSがまったくない。
と、路肩に止まっていたワゴン車が、冷たい水を飲んでいけ、と声をかけてくれた。どうやら道はこのまま真っ直ぐでいいらしい。
キンキンに冷えた水をボトルにもらう。店のないところだったから非常にありがたかった。ヨーグルトまでいただいてしまった。
そこから少し走ってビルの日陰で休憩。まだ冷たいヨーグルトが美味しい。

しばらく走ると、ようやくアーザーディー広場に出た。巨大なテヘランの西の入口だ。広々としたキレイな広場で、中心にアーザーディータワーがある。
テヘランは巨大な都市である。大都会である以前にその面積が途轍もなく広大。
アーザーディー広場から東に延びるエンゲラーブ通りを市街地に向かうと、ハミドさんと待ち合わせる予定のエンゲラーブ広場。街はエンゲラーブ通りを境に概略南側が旧市街、北側が新市街となっている。

まだまだ時間が早いので、昼食がてらレストランに入って涼む。隣の席の人が英語を話せ、注文を手伝ってくれた。
飲み物にはコーラを頼んだつもりがドゥーグになってしまい、どうしても飲みたくてあとからコーラを追加したのだけれど、コーラ代は隣の人が「申し訳ない」と言って払ってくれてしまった。
テヘランでもイラン人の人のよさは変わらない。

食事を終えても時間はたっぷりある。ひとまずエンゲラーブ広場を通り過ぎてその先にあるダーネシュジュー公園へ。
混雑する交差点で後ろから車かオートバイに接触されてよろけたこともあり、途中から自転車を押して歩道を歩く。何事もなくてよかったけれど、こりゃ注意しないと危ない。
たくさんの人で賑わう公園のベンチに腰掛けてのんびり時間を潰す。さすがにテヘランともなると、いきなりうちに泊まってと声をかけてくれるような人はいない。

17:30過ぎ、エンゲラーブ広場に戻る。近くにあるテヘラン大学のあたりは道路沿いに本屋が並んでいる。そんな本屋を眺めながらソフトクリームをほおばる。
広場の近くのホットドッグ屋で電話を借りてハミドさんにTEL。無事つながったのだけれど、一時間くらいかかるらしいのでのんびり待つことに。待ち合わせ場所がよくなかったかな?
ちょうどいいやと近くの本屋をのぞいてみたが、地図の類は置かれていなかった。
再びソフトをほおばっていると、ハミドさんが到着。電話してから三十分くらいだった。

さっそく、混雑する道をハミドさんの車の後ろについて走る。車とオートバイがすごい。おまけにバスやタクシーが頻繁に目の前で止まるから、なかなか車の後ろについてうまく走れない。
ハミドさんの家までは距離があった。5km以上走ってもまだ着かない。10km走ってもまだ・・・。
旧市街を南へ走っているようであるが、どこをどう走っているのかもうよくわからない。
いやー日本から来た人がテヘランで車を運転するのはまず無理だ。特に危ないのが自由自在に走り回っているオートバイ。
それでも、車もオートバイもオレがオレがと自己主張して無法地帯と化しているわけではない。そこには独特の息づかい、暗黙のルールが存在し、人々はうまい具合に譲り合っている。が、外から来た人がいきなりその阿吽の呼吸を理解するのは不可能だ。道路脇で車が途切れるのをポツンと待っていては一生渡れない。
ちなみに、どの国のどの街にも独特の息づかいがあり、うまく交通が回っている。その場を走ってみればすぐに感じ取れるものなのだけれど、これが感じられない国や街というのはものすごく怖い。それこそ各人が我先にと好き勝手に走り回っている無法地帯である。

テヘランで迷子になるのも簡単だ。目立った建物がなく、どこも同じ風景に見える。建物はどれも比較的近年に建てられたもので特徴がなく、路地などどれも区別がつかない。
と、そんなことを思っているそばからハミドさんの車を見失った。ガーン。
キョロキョロしながら走っていると、ハミドさんが後ろから追ってきてくれてその先でUターン。変幻自在だ。

もうハミドさんの家の近くであるらしい。
路地に入るところで後ろのマユミを待っていると、少し遅れてやって来た。ちょっと様子がおかしい。
自分はまったく気が付かなかったのだけれど、走っている自転車に寄ってきた男二人に服をめくられたらしい。変態二人は笑っていたらしく、マユミは悔しくて泣いていた。すぐにハミドさんが来てくれたのだけれど、逃げ足が早く既に男の姿はなかった。
こういう奴らはムスリムではない外国人をターゲットにしている。なぜなら、もしムスリムの女性に手を出そうものなら、間違いなくその父親や旦那に半殺しにされるからだ。外国人ならその心配がないと手を出すわけだが、ま、いずれにしても頭がおかしい奴らであるには違いない。

ハミドさんの家はそこからすぐのところだった。
小さな男の子がいて、綺麗な奥さんと娘さんが出迎えてくれた。素敵な家族だ。
チャイをいただきながらお喋りをし、22:00頃家族と一緒に夕食をいただいた。鶏肉とナスの煮込みに牛肉と豆のトマト煮、ご飯、サラダ、ジュース・・・ご馳走だ。きっと昨日も準備していてくれたに違いない。そう考えると、たとえ下痢だったとは言え、申し訳ない気分でいっぱいだった。

食後にチャイとフルーツをいただきながらお喋りしていると、近所に住んでいる親戚の人たちが次々やって来た。皆さん「うちにも遊びに来て」と明るく声をかけてくれる。
そうそう、ハミドさん一家のことを紹介しておこう。
ハミドさんは43歳で自分とほぼ同じ歳。奥さんのファトゥメ(37歳)に、母親に似て美人でしっかりもののザフロ(16歳)と歳の離れた下の子のモハンマド・マフティ(6歳)の四人家族。
家族の人たちのこともおいおい書きたいと思う。なにしろハミドさんのところには長らく居させてもらいましたから・・・。

布団を敷いてもらって1:00頃就寝となった。蚊や虫がいなくて快適である。
ちなみに、テヘランの標高は1,200mほど。でも暑くて、家の中ではウォータークーラーを使っている。

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家の前で出発前の記念撮影

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左が日本語ペラペラのイスマイルさん           カゼム一家に見送られて・・・

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テヘランを目指す                     キンキンに冷えた水をいただきました

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アーザーディータワー テヘランの西の入口     ハミドさんと待ち合わせて自宅まで案内してもらった

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長らくお世話になるハミドさん一家

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ほぼ同年代のハミドさん夫妻              準備してくれていたご馳走をいただく
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