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ラシュトでビザ延長ほか・・・盛りだくさんの一日

2012/6/6 水

晴れ。
8:20起床。9:30に朝食をいただき、しばらくおしゃべりして10:45にモハンマドさんのお宅をあとにした。一晩泊めてもらえて本当にありがたかった。
その足でビザオフィスへ。行き方はモハンマドさんが丁寧に教えてくれたのだが、それでも人に聞き聞きようやく目当ての広場に辿り着いた。

ビザオフィスの入口は広場に面したところではなく、ちょっと離れた別のところだった。
オフィスは空いていた。銀行に手数料を払い込めばその場で延長の手続きが可能ということである。親切な係官が英語で振込先や必要なものを丁寧に教えてくれた上、紙にまで書いてくれた。

まずは銀行へ。その場に自転車を置き、指定された銀行へ歩いて向かう途中、日本語ペラペラのアリさん(57歳)に声をかけられた。あまりのペラペラっぷりに、最初は怪しい人かと思ってしまった・・・。
アリさんは銀行まで案内してくれた上、銀行の上役の人と知り合いであるらしく、窓口に並ぶことなしに上役の人の個室に案内してくれて手続きも代行してくれた。なんと申請書まで代わりに書いてくれてしまった。
この申請書、ファルシーでしか書かれていないから、もし自分で記入していたらかなり大変だったと思うし、混んでいる銀行の窓口で長時間待たされたことだろう。
アリさんのお陰により速攻で振込みの手続き完了。必要なパスポートのコピーまで知人のその人がその場でとってくれた。
領収書を持ってビザオフィスに舞い戻り、無事30日の延長手続き完了。本当は40日欲しかったのだけれど、30日がmaxということであった。手数料は300,000R。

アリさんは10年間日本で働いていたらしい。居酒屋のやるき茶屋で長く働いていたらしいのだが、皿洗いから始まって最後は店長にまでなってしまったというから驚きだ。
日本語はまさしくペラペラ。「お願いしますよ~」と「はい、よろこんで!」というのが口癖で、なんだかどこかの居酒屋の店長と話をしているような気分になる。
日本で店長をやっていたくらいだから、仕事のできる人である。やることなすことテキパキしているし、一般のイラン人と違って歩くのも早い。日本人と一緒にいるのではないかと錯覚してしまう。

あとで寄ってと言われてもいたし、お礼がてらアリさんの店に顔を出した。
今はTVゲームの店をやっている。イランにしてみたらかなり先進的な店で、店の中にはPS3がズラリ。中では皆サッカーゲームに夢中。かなりの台数のPS3が昼間から全て埋まっている状況で、店は大繁盛している。さすが日本で働いていただけあって、しかも居酒屋の店長までやっていただけあって、目のつけ所が違う。

バイトの人に店を任せ、アリさんがバザールをブラブラ案内してくれた。羊の頭や足がたくさん売られている。魚も多い。
バザール内の食堂で昼食。
「ほら見て、変な人たちがいる」とアリさんの指すほうを見ると、イスラームの聖職者がいた。
イランにはイスラームのことを快く思っていない人がけっこういる。そういう人たちは政治家や聖職者などイスラミックな人たちを指すのに、頭クルクルの人(頭に布を巻いている)とか、顎鬚を生やした人といったゼスチャーをする(ともにイスラームの象徴)。
「こういう人たちは面倒だから嫌い!」と斬って捨てるアリさんはもちろんイスラミックな人ではない。

ちなみに、これもアリさんに教わったのだけれど、今のイランには選挙というものがない。だからイスラームのことを快く思っていようがいまいが、一般のイラン人にはどうしようもない。国民が選挙で政治家や大統領を選べるわけではないのだ。
そもそも大統領からして実務の最高責任者というだけでナンバー2の存在。あくまでナンバー1はイスラーム宗教指導者のハメネイであり、実際には大統領になど何の力もない、という諦めムードがどことなくイラン人には見てとれる。

ファルシーで「ありがとう」は「マムヌーン」と言う。が、実際には「メルシー」という表現もよく使う。もちろんフランス語から来ている。
イラン革命の前、パフラヴィー朝の頃までイランはヨーロッパの一部といった感覚であったらしく、特にフランスとの繋がりが強かったようである。「メルシー」はその頃の名残りであるらしい。

アリさんに自転車屋のことを尋ねたら、親切にも案内してくれると言う。近くのお店に連れていってくれた。
一軒目は昼休み中だった。二軒目は開いていたのだけれど、残念ながら(予想通り)28inのホイールは置いてなかった。そこでアリさん、すかさず店の人にどこか置いていそうな店はないかと確認するや間髪いれずにその店に電話してくれた。
「あるって」・・・電話を終えるや笑顔でそう話してくれたアリさんであったが、あまりにトントン拍子で逆にホントかよと思ってしまった。なんてったってアリさんには「28inでスポークが36本」と簡単に話しただけなのだから・・・しかも話の途中で既に電話をかけていたし。
いずれにしてもアリさんの仕事っぷりには驚かされる。日本で働いていたときはさぞ重宝されたことだろうな・・・。

アリさんはこのあと昼休みで、いつも一度家に帰っているらしい。「16:30過ぎに店に戻るから、そのとき一緒に自転車屋に行こう」とまで言ってくれた。なんていい人なんだ・・・。
一度アリさんと別れ、時間まで広場のベンチに座って木陰で休むことにした。
と、ポリスがやって来た。イランではベンチに男女並んで座っていたりするとポリスがすっ飛んでくることがある。どうでもいいことだけど、ここでは一言目に「マレーシア?」と声をかけられた・・・。
すっ飛んできたところでイランのポリスはいたってまともだから、パスポートのチェックなどを受けるだけなのだが、こちらは言葉がわからないからちょっと厄介ではある。
こんな時、近くのイラン人がすぐに駆けつけて助けてくれる。その中の一人がモハンマド君だった。
軽くパスポートのチェックを受けただけだったのだが、「大丈夫だったかい?」と心配してくれた。「ポリスのことはみんな嫌いなんだよ」とも言っていた。外国人旅行者の自分らにとってイランのポリスは特に悪い印象はないのだが・・・。

モハンマド君は英語とスペイン語を話せた。どちらかというとスペイン語のほうが得意そうで、もっぱら片言のスペイン語で会話した。
家でチャイをご馳走したいというのでついて行く。公園からちょっと歩く。
自分は人の誘いに乗ってひょいひょいついていってしまうほうであるが、これでも人は見ているつもりである。場合によって危険な行為である反面、気持ちよく旅をするコツでもあるように思う。と言っても対処の仕方は自ずと人それぞれで、特に女性の一人旅なら警戒するに越したことはないのだろうけど。

現在は無職で、英語とスペイン語を勉強しているモハンマド君は30歳。ゆくゆくはイランを出て、スペインあたりで働きたいと言っていた。
お母さんを八年前に亡くし、今はお父さんと二人暮しの家である。
モハンマド君の入れてくれたチャイをいただきながらあれこれお喋りしたり、ありがたくシャワーを浴びさせてもらったり。
モハンマド君の友人が日本で働いていたことがあるという話も出た。日本語を話すことができ、その人が今夜泊めてくれるとモハンマド君が言うので、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにした。
モハンマド君の家は敬虔なムスリムであるらしく、彼がナモスを行うところを目の当たりにした。
変な物言いかもしれないけど、真剣なナモスは精神的にも肉体的にもかなりハードな行いに見えた。集中して一心に祈りを捧げるその姿には感動すら覚える。

さて、楽しい時間は瞬く間に過ぎて、アリさんとの待ち合わせの時間になった。
自転車屋に行かなきゃならないから終わったら電話すると言っているのにどうにも伝わらず、結局モハンマド君も一緒にアリさんのところへ行くことになった。どうもモハンマド君は自分らがこのまま去ってしまうと思っているようだった。
アリさんは新車のプジョーで来ていて、「この人は自転車屋に行く必要ないんでしょ?」と自分らに確認すると、終わったら電話する旨話してくれた。
話がきちんと伝わったのかどうか、モハンマド君は渋々了承しているように見えた。

何はともあれモハンマド君とはいったん別れ、アリさんと三人、車で自転車屋に向かった。
街中で渋滞にはまっているとき、物乞いの人が車の間を歩いてきてアリさんの車にも声をかけた。
アリさんはというと、「乞食。金くれって言ってた」と説明してくれた通り、ばっさり一刀両断。
ムスリムの世界では恵まれない人に施しをするのが日常的なのだけれど、自分らにはこんなに親切なアリさんが実にドライな対応だった。こういう人にはイランのような国はさぞ合わないのだろうな、などと思った。
アリさんは日本の諺まで知っている。ひらがな、カタカナもわかるという。口癖の「お願いしますよ~」は何度聞いてもおもしろい。

自転車屋は昨日泊めてもらったモハンマドさん(同じ名前の人が何人もいて紛らわしい・・・)の店のほうだった。
狭い裏路地にあったそこは自転車屋というより小さな修理工場。こりゃダメかな・・・と一寸思ったのだが、店の主人(自分の感覚ではイラン的イケメン)がどこからともなく持ってきたのは間違いなく700C-36Hの前後完組ホイール。
おぉぉ・・・思わず声が出た。28inでスポークが36本とちょっと話しただけなのに、アリさんの仕事は完璧だった。ここまで完璧に伝わっているとは・・・すごいな、アリさんは。やり手だ。
いったんアリさんの店に戻り、自転車で出直すことにした。アリさんにはすっかりお世話になってしまった。

お金がないのでひとまず町中の両替屋で両替え。レートは1E=21,500Rだった。女性がやっていて、マユミを見て「スカーフをかぶらなきゃならないなんて嫌でしょ」と気にしてくれた。
自転車屋に戻りがてら店の前でモハンマドさんに挨拶する。モハンマドさんも実にいい人だった。

自転車屋に着いてドーズの後輪を外すと、見事にパンクしていた。見るとリムが完全に割れていて、スポークがリムから完全に抜けていた。まさにギリギリだったってことか。
店は(もしかして他に店舗や倉庫があるのかもしれないが)狭い修理小屋であるが、店主がジタンの最新カーボン・レーサーに乗っていた。店にあったそのレーサーはなかなかすごい代物だった。意気投合してマシンを見せてもらったり、pcで店主の雄姿を見せてもらったり・・・イランにこんな自転車屋があろうとは。奇跡だ。

それはそうと、カセットを外すのがやはり大仕事だった。もう外れないかと諦めかけたが、最後は万力に固定して力技で外してくれた。
で、苦労の末に外したカセットであったが、新しいホイールには合わなかった・・・。
店にある8速のカセットならピタッとつく。7速と8速っててっきり互換性があるものと思い込んでいたのだが、どうやら壁があったようだ。ということはチェーンも違うということだが、ドーズに組み付けてみたら問題なく回る。変速も問題ない。これで解決ということにしよう。

これで必要な修理は済んだわけであるが、フロントはどうする?と聞かれて迷う。今のところ問題ないわけであるが、割れるのは時間の問題かもしれない。
結局、フロントもお買い上げ。チ~ン。
今履いているホイールは、バラしてリムとスポークだけ予備として持ち歩くことにした。前後のホイールをバラしてスポークを持ち帰る。
店にはほとんど何も置かれていないのであるが、なにか聞くと、「あるよ」と言ってどこからともなく部品が現れる(電話してどこかから持ってきてくれる)。これはチャンスかもと、手持ちのもので日本までもつのか不安だったキャノンデールのブレーキシューも2セット買い足した。
お値段、締めて2,380,000R。チ~ン。内訳は、ホイール前後:1,500,000R、ギア:340,000R、工賃:200,000R、ブレーキシュー×2:340,000R。
自転車の話だから、言葉はわからずとも内訳なんかもすべて理解できたのだけれど、店主はわざわざアリさんに電話して説明してくれた。生真面目なその態度が好印象である。

いやーホント助かりました。不安が一気に払拭された思いだ。締めて100ユーロ以上かかってしまった計算になるが、そんなことはどうでもよかった。
台湾製の新しいホイールは黄色のディープリム。フレームの色とまったく合わずちんどんやみたいだが、まぁ仕方ない。
問題が一つあった。リムが深くなってしまったので、手持ちのチューブだとバルブがちょっとしか出ない。空気を入れるのが至難の業なのだけれど、今さらロングバルブのチューブを買うのももったいないし(もちろんそんなものが手に入ればの話だけれど・・・)、どうにか入れられそうではあるのでそのままで我慢することにした。

なんだかんだで20:00までかかり、すっかり暗くなってしまった。
店の人たちとパシャパシャ写真を撮って店をあとにした。チャイを入れてくれたり、親身になっていろいろ考えてくれたり、ホントいい店だったなぁ。
トラブゾンのアスランのところと同じように、店には大人、子どもを問わずひっきりなしに人が修理を頼みに来ていた。

アリさんの店に戻ってお礼を言う。すると、ついでにモハンマド君のところに電話をかけてくれた。
電話のモハンマド君は、「電話をくれて嬉しい」「もう二度と連絡をもらえないんじゃないかと思ってた」と、こちらが恐縮するくらい感激していた。やはり自分らが逃げたと思っていたようである。

アリさんと別れ、公園でモハンマド君と待ち合わせて彼の家へ。賑わう人ごみの中、自転車を押して歩くのは一苦労だ。
お父さんはまだ外出中であったが、しばらくすると帰ってきた。お父さんは無口で、見るからに実直な人だ。元銀行員で、引退してからはスーパーのレジの仕事をしているらしい。
モハンマド君には姉妹が五人と弟さんが一人いる。妹さんの一人は子どもの頃火傷して、今も入院中であるとのことだ。
元々は町中ではなく、郊外の村に住んでいたらしい。前記の通りお母さんを亡くしているが、お母さんが健在だった頃は常に家にお客さんが来ていて賑やかだったと話してくれた(今は客足もない)。
人のいいお父さんはその昔、頼まれて人にお金を貸したらその人が逃げてしまい、家から何から手放すことになって今住んでいる集合住宅に越してきたということである。
不幸の多い家で、「自分はまだ人生を楽しめていない」と繰り返していたモハンマド君の横顔が忘れられない。
彼にはぜひ頑張って欲しいと、夢をつかんで欲しいと切に願う。

今晩はモハンマド君の友人である、日本語を話すサーレクさんの家に泊めてもらう予定であったのだが、残念ながら仕事でダメになってしまった。結局、ありがたくモハンマド君の家に泊めてもらえることになった。
23:00頃、モハンマド君とお父さんと一緒に夕食をいただく。あっさりしていてとても美味しかった。お父さんがあれこれといろいろやってくれて恐縮である。

その後サーレクさんがモハンマド君の家にやって来て、ちょっと話をした。お父さんがメロンを切ってくれた。
サーレクさんは、埼玉の狭山とか長野の川上村といった比較的自分らと縁のある場所で5年ほど仕事をしていたことがある。日本には奥さんと二人で行っていて、一人目の息子さんは日本生まれ。やはり日本語が上手く、味噌汁が旨かったと懐かしそうに話していた。緑茶も好きで、今でも緑茶を飲んでいるらしい。
穏やかでとても感じのいい人だった。奥さんにもぜひ会ってみたかったが、今夜はもう遅いのでそのままモハンマド君の家に泊めてもらうことにした。

サーレクさんが帰ると、お父さんが布団を出してきてくれた。
1:00過ぎ、モハンマド君と三人で川の字になって寝た。
イランでまた一つ大切な思い出ができた。

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申請書まで代書してくれるアリさん             アリさんの店

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みんなサッカーゲームに夢中・・・

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仕事のできる元居酒屋店長・アリさん

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ラシュトのバザール                     魚がたくさん売られている

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羊の頭や足を売る店も多い                  モハンマド君

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夕方、アリさんが自転車屋に案内してくれた        完全に割れたドーズのリム

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カセットを外すのはやはり大仕事だった          いい仕事します!

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何度目かの新生ドーズ!                店にはひっきりなしに修理の依頼に人が来る

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いやーホント助かりました!

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すっかり暗くなってしまった

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この日はモハンマド君の家に泊めてもらうことに

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夜遅くにサーレクさんも顔を出した
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