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たった一日のイェレヴァン観光だったのだけれど・・・

2012/5/1 火
朝から快晴。一日だけ予定していたイェレヴァンの観光に自転車で繰り出す。
疲れが溜まっているのか、なにやら朝からずっと体が重い。かつ、これまでが嘘のように暑い・・・イェレヴァンは標高1,000mほどであるが、盆地状の土地なので晴れると暑い。

まず向かったのは市街地の北西の丘の上にあるツィツェルナカベルド公園。ここにジェノサイド博物館と追悼のモニュメントがある。
はっきり言って、イェレヴァンにはこの博物館を見るためだけに来たと言って過言でない。
人に場所を聞き聞き、クソ暑い中汗を流して丘を上り、ようやく辿り着いたと思ったら、博物館は休みだった・・・。
そ・ん・なぁ・・・定休日は月曜のはず。なんで???制服を着た警備員に聞いてもやはり今日は休み、明日は開いていると言う。
はぁぁ・・・何のためにイェレヴァンに来たんだか。

でも、博物館のためだけにもう一日イェレヴァンの滞在を延ばすのは考えられない。正直言って自分らにとって他に何も魅力がないからだ。
自分らにとって大きな町に魅力がないのは何もイェレヴァンに限った話ではないが、特にイェレヴァンはアルメニアのそれ以外のところとのギャップがあまりに大きすぎる。
すべてがあまりに違いすぎる・・・これまで見てきたアルメニアの田舎、その素晴らしさの片鱗もイェレヴァンにはないように思えた。
しかも、宿はシャワーがないし、安くもないし・・・居心地は悪くないのだけれど。

丘の上にある公園からはアララト山がよく見える。4/24の追悼の日にはここで大きな追悼式が行われたのだと思う。
がっかりして公園を後にする。

次に向かったのは市街地の北にあるカスカード。ソビエト・アルメニア成立50周年を記念して造られた巨大なモニュメントだ。
なんか町の様子が休日っぽいんだよなぁ・・・子供たちもいっぱい出歩いているし。もしかして今日は祝日なのか?メーデーか何かで???
昨日は何もなかった共和国広場に、なにやら会場を設営中。アルメニアでは5/9が(第二次大戦の)戦勝記念日、5/28が共和国の成立記念日で祝日だから、それに合わせての準備であろう。

カスカードに到着。自転車を木に縛り付けているときに英語で話しかけられたおっちゃんに今日のことを聞いてみると、やはり休日という話。はぁ・・・じゃあ戦争博物館も休みだろうな・・・。
(旧)共産圏の国には、無意味な(と言ってはなんだけれど・・・)巨大なモニュメントや銅像、広場なんかがあちこちにある。アルメニアの首都イェレヴァンも例外ではなく、カスカードはその代表格。階段状の巨大なモニュメントだ。財源不足で一時建設が頓挫したとかで、現在も工事中。
中にエスカレーターが通っていて、やはり定休日は月曜なのだけれど、祝日の今日はもちろん休み。
階段を上って上まで行くと、眺めはなかなかよい。

ダメ元で、そこから歩いてすぐのハグタナク公園に行ってみる。公園内には当初スターリン像が立てられていたのだが、後に巨大な女性像に替えられた。その像の台座部分が戦争博物館になっていて、カラバフ関係の展示がされているはず。
公園内に昔ながらの遊園地があって、休日の今日は家族連れなんかで賑わっていた。で、案の定、博物館は休み・・・。
またまたがっかりして公園を後にする。

中央アジアの地図がないかと帰りに寄ってみた本屋までも休み・・・。
収穫ゼロ。
あちこち回って疲れたわりに無為な一日だった。強烈な日差しにやられてすごく疲れた・・・。

セルゲイの家の近くの市場ではいろんなものが売っている。中でも気になったのが大量に売られているザリガニ・・・普通に食べられているようで、よく見ると旨そうである。
で、夕食に食べてみた・・・美味!ビールのつまみにピッタリで、こいつはイケル。

さて、遅ればせながらアルメニアについてちょっと触れておく。
かつて紀元前の頃はカスピ海から地中海に及ぶ大アルメニア王国として繁栄したこの国の歴史は、常に周辺の大国に翻弄された歴史と言ってよい。
ローマ、パルティア、ペルシア、アラブにティムール・・・10世紀には多くのアルメニア人が故国を捨てた。そしてオスマン・トルコにロシア・・・。
現在のアルメニアはだいぶ東にずれ、面積は関東地方より小さい。かつてはアルメニアにあった聖山アララトも、現在は山裾の一部を除きトルコ領である。

アルメニアはトルコ、グルジア、アゼルバイジャン、イランに囲まれた内陸国で、南西部のイランと挟まれた部分にアゼルバイジャンの飛び地ナフチュヴァン自治共和国がある。
周辺四国のうち、グルジアとイランとの関係は良好で自由に行き来できるが、トルコ及びアゼルバイジャンとは緊張状態にあり、二国との国境は閉鎖中。
特にナゴルノ・カラバフを巡ってアゼルバイジャンとは現在も紛争状態にあり、狙撃による犠牲者が今でも散発的に出ている。
トルコの方は、第一次大戦中のオスマン・トルコによるアルメニア人大虐殺が尾を引いている。

アルメニア人と話してみると、総じてトルコ、アゼルバイジャンに対する印象は悪い。
特にアゼルバイジャンの印象は悪くて、「アルメニアの次はどこに行く?」と聞かれて「アゼルバイジャン」とはちょっと答えにくかったりするのだけれど正直にそう話すと、「そりゃよくねぇ、アルメニアからイランに行った方がいい」というようなことをよく言われる。
地図を見ると、トルコともアゼルバイジャンとも国境を跨いで太い幹線がズドーンと通っているのだけれど、国境を通ることはできない。なんだかとても不思議な気分。
アゼルバイジャンとの国境地帯は近づくのも危険だ。

カラバフの問題にしても大国に翻弄された結果と言える。
ロシアは、ムスリム国家のオスマン・トルコやイランとの国境地帯に敵性民が住むのを好まず、各地のアルメニア人の移住を推奨した。結果、カラバフのあたりは、ソ連時代にはアゼルバイジャン内の自治州であるにもかかわらず、住民の大半はアルメニア系というねじれた状態に。
'80年代末になってアルメニアへの帰属意識が高まり、ソ連崩壊後にナゴルノ・カラバフ共和国を名乗って独立を宣言、アルメニア人勢力を含めた共和国軍とアゼルバイジャン軍との間で戦争となった。
戦争はアルメニア側の勝利という形で'94年に停戦、元自治州の領域に加え一部隣接するアゼルバイジャン領をも制圧した形で現在に至っている。
一応国家としての体裁をとってはいるが、現在のところ承認しているのは世界でアルメニアのみ。
ちなみに、外国人もビザを取ってカラバフに入ることはできるが、パスポートにこのビザがあるとアゼルバイジャンへの入国は100%拒否される。

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丘の上にあるツィツェルナカベルド公園          街中ではなにかの集会中・・・

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現在も建設中のカスカード                 上にのぼるとアララト山がよく見える

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ここにもT34・・・                        よくできたライオンのオブジェ

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市場で大量に売ってるザリガニ                ビールのつまみに最高!

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ビールもアララット!
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