FC2ブログ

聖山アララトが姿を見せる

2012/4/29 日
始:8:40 ~ 終:16:15 走行:48km
~ Mastara ~ Talin

朝になっても相変らずどんよりした天気。いつ雨に降られてもおかしくない・・・。
アシュートゥの入れてくれたコーヒーをいただいてから荷物をまとめ、アシュートゥのところをあとにした。ありがとう、アシュートゥ!

引き続きM1を辿る。イェレバンまで120kmほど。アップダウンの続く道だから二日はかかろう。
10:30頃雨がパラパラ降ってきた。GSに併設されたパン屋で休憩がてら雨宿り。
そのうちに車が続々とGSに集まってきた。どこかで政治集会でもあるのか、皆さん支持政党のものと思われる旗を持っている。興味本位に見せてもらったら、持っていたやつを一本くれた。

雨がやんだ隙にGSをあとにする。が、1~2km走るとまた雨が強くなって雨宿り。そんなことをやっているから一向に進まない。
吹きっさらしの草原の中だから雨宿りのタイミングも難しい。一つポイントをスルーすると次は延々となかったりする。

12:00前にまたGSで雨宿り。ここにはミニバスの待合室のようなところがあり、中に座ってのんびり休ませてもらった。
次々と人がやって来ておしゃべりに花が咲く。お互い言葉は全く通じないのだけれど、楽しいひと時である。
迎えの車が来ると、一人また一人とどこかへ帰っていく。
あたりは真っ暗になり、いつしか大雨に。こんな雨の中走ってなくてホントよかった・・・。

結局待合室に一時間半以上釘付け。
ようやく前方に青空が見え始めたので、雨のパラつく中を出発する。一瞬の晴れ間をついて走るような走り方で、まったく進まない・・・。
イェレバンの北西に大きな山があって、その山を西から南へ回りこむように道が走っている。とても巨大でなだらかな山だから、山というよりは巨大な大地の起伏といったように見える。後で調べてみたら、アラガツ山というアルメニアの最高峰(4,090m)であった。
その山を迂回しながら1,500~2,000mほどのところを行ったり来たり。
山の真西に来たところでまた雲行きが怪しくなった。真っ黒な雲の立ち込めている山の上では雷が鳴り、山は薄っすらと新雪を纏っている。あまりになだらかで高さを目算しにくいのだが、どうやら山では雪らしい。

山をグルッと回りこんで道が東に向きを変えるところにあるのがMastaraの町。
GSに併設されたマーケットに寄って食料の買い出し。水道の水も5Lいただいて、これでいつでも幕営可能な態勢。
雲に追われるようにして先を急ぐ。
平らな草地ならいくらでもあるのだが、どこも吹きっさらしだからテン場探しはなかなか難しい。雨も降るだろうから、欲を言えば屋根のあるところに幕営できれば申し分ないのだが・・・。

16:00過ぎ、また雨が降り始めた。
タイミングよくTalinの町に入っていて、GSの屋根の下に避難させてもらう。そこは営業していないGSで、てっきり人などいないと思っていたら奥におっちゃんが一人いて、手招きして建屋の中に招いてくれた。
なぜか入口のところに大きな檻があり、中に一頭のクマがいた。見た感じまだ幼そうなのだけれど、まぎれもなくヒグマである。きっとグルジアの足跡の主もこんなヒグマであったに違いない。こんなのとご対面しないでホントよかったわ・・・。
危なくて檻を開けることもできず、おっちゃんが外から食べものを投げ入れている。キャンディーを投げ入れてやると、長い爪以外に指がないように見える大きな両手に挟んで拾い上げ、美味しそうにペロペロ舐めている姿は愛らしい。
どうすんだろ、このヒグマ。ずっとここに閉じ込めておくつもりなのだろうか・・・檻の中は薄暗く、あまりに狭くて気の毒である。
こうなってはもはやどうすることもできないのだろうけど・・・山に帰すにしても、麻酔で眠らせでもしない限り動かせまい。

おっちゃんの名前はサムレル(56歳)。コーヒーを入れてくれたり、ナッツやドライフルーツ、それからパンやらチーズ、ソーセージなんかも腹いっぱい食べさせてくれた。
「今日はどこで寝るんだい?」と聞かれて「どこかこの近くでキャンプする」と答えると、あっさり「じゃあここで寝ていけば」・・・神の声。
ありがたや、ありがたや・・・即決でお言葉に甘えさせていただくことにした。いつしか外は暴風雨になっていたから本当に助かった。
詰め所として使っていたところ(今いるところ)とは別に部屋があり、そこで寝ていいと言ってくれた。こんな幸運なことってあるのか・・・。
自転車まで部屋の中に入れさせてくれたりと至れり尽くせり。実にありがたい。

元詰め所の部屋にサムレルの百科事典のようなものがあって、そのうちの一冊がアルメニアについていろいろ書かれたものだった。それを見ながらサムレルがあれこれ説明してくれた(もちろんロシア語だけど・・・)。
2世紀頃の地図を見ながら、「ほら、昔はこんな大きな帝国だったんだぞ」と誇らしげに語ってくれる。その頃のアルメニアは、地中海からカスピ海に及ぶ大帝国だった。地図によると、ペルシア、バビロニア、ビザンチン帝国と境を接している。
「オスマン・トルコがやって来て・・・ロシアがやって来て・・・だんだん、だんだん小さくなっちまって今じゃこれっぽっちだよ」と寂しそうに語る。
歴史のある国なので、百科事典の写真や地図を見ているだけでとても面白い。サムレルは祖国の歴史や地理にとても詳しそうだった。

19:00頃になると南側の雲がとれ、日も差した。すると、そこに見えたのはアララト山(5,165m)。ノアの箱舟が漂着したとされているあの聖山。
これまで雲に隠れていてまったく見えなかったのだが、実はこんな近くにあった!今でこそトルコとアルメニアの国境に聳えているが、その昔は完全にアルメニア領だった。
確か五日ほどで登れるはずだが、装備はおろかザックすらないので(パーミットも必要なんかな?)今回は眺めるだけ・・・さすがに真っ白である。西日に映えた姿が神々しく、とても美しかった。

さて、TVで地元のニュースを見るのは面白い。この日の大きなニュースは三つあった。
①4/24がアルメニア人大虐殺の追悼記念日だったらしく、イェレバンをはじめ各地で大掛かりな追悼行事が行われた。
②カラバフ(ナゴルノ・カラバフ)は依然緊張していて、国境地帯では散発的な狙撃が行われている。最近もアルメニア人が(アゼルバイジャン側に)三人殺害された。
③大統領選挙が近いらしく、今日は各地で集会が開かれた。ちなみに、今日途中で旗をくれた人たちは現大統領支持派だったようである。
ニュースを見ながらサムレルがあれこれ詳しく説明してくれた、もちろんロシア語で・・・。
基本的に、相手が理解できようができまいがそういうことはあまり関係ない。これはサムレルに限った話でもアルメニアに限った話でもなく、世界的に見るとけっこう普通の話だったりする。

いったんタリンの町に行っていたサムレルが戻ってから、ワインをいただきながらあれこれ雑談。
物価の話なんかもした。
アルメニアも例に漏れず、日用品の物価は安いけどハイテク電化製品の類は高い。月給$150~200に対し、ラップトップpcが$1,000もするんだとか・・・。
こういった類のものは日本が世界一安いように思う。

すっかり夜も更けた頃お開きとなり、サムレルはタリンの町にある自宅に帰った。
自分らはと言うと、快適なソファーの上でぬくぬくと眠らせてもらった。

IMGP0784_サイズ変更 P1140739_サイズ変更
朝になっても相変らずどんより・・・           現大統領支持派の人たち・・・旗をくれた

IMGP0787_サイズ変更 IMGP0789_サイズ変更
一瞬の晴れ間をついて走る                相変らず美しい・・・

IMGP0793_サイズ変更 IMGP0796_サイズ変更
雲が近づく・・・                         近づく・・・

P1140740_サイズ変更 IMGP0800_サイズ変更
アラガツ山は薄っすら雪化粧                 先を急ぐ・・・

P1140742_サイズ変更 P1140744_サイズ変更
この日はサムレルの元GSに泊めてもらった          気の毒なヒグマ

P1140747_サイズ変更
聖山アララトが姿を見せる・・・神々しい

P1140750_サイズ変更
夕日に映えた世界が幻想的だった
関連記事
スポンサーサイト



Comment 0

There are no comments yet.

Leave a comment