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長い夜・・・いきなりすったもんだのアルメニア

2012/4/28 土
始:9:35 ~ 終:20:20 走行:74km
~ Gorelovka ~ Zhdanovi ~ 国境 ~ Bavra ~ Gyumri

曇り時々雨、午後になって日が差すこともあったが夕方から本格的な雨。寒くて一日長袖を着た上にカッパが脱げなかった。
標高2,000mの天空の草原をひた走る一本道、その道を走って国境を目指す。

Gorelovkaは村の中にコウノトリがいっぱい。ちょうど巣作りの最中で、見ていて微笑ましい。
Zhdanoviの手前でアルメニア方向から走ってきたカップルのバイカーとすれ違った。挨拶を交わしただけだけれど、二人とも珍しく28inの自転車に乗っていた。
11:30にグルジア側の国境着。すぐにスタンプをもらってアルメニア側へ。

両国の国境の間には2kmほどの緩衝地帯がある。
国境ゲートの直前にアルメニア領であることを示す標示板があったのだが、ゲートのところに迷彩服の警備兵がいて写真を撮れなかった。

アルメニアはビザが必要であるが、すべての陸路国境で取得可能であるから手間がかからない。イミグレ隣のポリスのところでビザを発行してもらう。
小さな小屋が並んでいるだけの国境であるが、手続きは実にシステマティックでスピーディーだった。
申請書の記入は(たいていどこの国もそうだけれど)アバウトである。イェレバンでの宿泊先を聞かれ「決まってない」と答えると、「そんじゃイェレバンホテルと書いといて」という具合。
ビザは120日(マルチ?)、21日(シングル)、3日のトランジットビザの中から選べる。
21日のシングルが3,000AMDで、支払いはアルメニア・ドラム・・・もちろん持っていないわけだが、すぐ隣に自動の両替機があってユーロや米ドルからその場で両替えできるようになっている。しかもレートも悪くない。非常に良心的なシステムでちょっと感動する。
ちなみに、アルメニア・ドラム(AMD)のレートは、1AMD=0.21円といったところ。
ポリスが両替機のところまで一緒に来てくれて、使い方まで丁寧に教えてくれた。

即座にビザ発行。キレイな領収書まで出してくれるという丁寧っぷりだ。
「ムラータというのか。相方の名前はムラートってんだ」というように対応もとってもフレンドリー。
ちなみに、ムラートという名前はトルコでもけっこう見かけた。「MURATA」と「MURAT」・・・なんだか親近感が湧く。

隣のイミグレでスタンプをもらって晴れてアルメニア入国。
ビザ代のお釣りで、国境からすぐの村でロールケーキを買い食い。前も後ろも雲行きが怪しく、時どき雨がパラパラ風に乗って飛んでくる。昨日に続き風は向かい風だ。
アルメニアに入っても景色はグルジアから変わらない。天空の草原は相変らずとても美しい。

最初の大きな町に銀行があり、ATMもあったのでお金を下ろそうとしたのだけれど、残念ながら故障中・・・40分で直ると言われたが諦めて先へ進む。
雲行きがかなり怪しい・・・ちょっとやり過ごしたほうがいいかなぁと考えていたら、タイミングよく町外れのGSで寄っていけと声をかけられた。ありがたくちょっと寄らせてもらう。
アルマンとグリコールの二人が温かいコーヒーを入れてくれた。
30分ほど休ませてもらって出発。こんな感じでのんびり進む。
雲が近い・・・標高があるからそりゃそうなんだけど、山とはまた違った気分だ。周りは起伏に富んだ草原で不思議な感覚。

アップダウンをいくつかこなした後に1,500mほどまで下ると、そこがGyumriの町。
ようやくATMでお金を下ろせ、軽食スタンドで温かいものも食べられた。時間も遅いし、ここで腹いっぱい食べてあとは寝るだけの状態にした。
しばらく日が差していたのだが、ここへきて雲行きがかなり怪しくなった。町中のスーパーで買い出しを済ませ、テン場を探すことに。
ここのスーパーは安いわけではなくて、要するに高級食材店といった位置づけである。輸入品なんかが数多く置いてあった。

Gyumriの町は想像以上に大きくて、町中を走る道が複雑。アルメニアの地図はトルコの地図におまけで載ってるものしか持ってなくて、これがまた実に頼りないから人に道を聞きまくり。聞くといったって言葉がわからないから地名を連呼するだけなんだけど・・・。
ようやく町の中心部を抜けたかなという頃、本格的な雨に見舞われた。雨を避けられるような場所がなく、しばらく走ってたまらずGSに避難。アシュートゥという名のおっちゃんが気持ちよくストーブにあたらせてくれた。
アシュートゥはその昔のソ連邦時代、トラックでサハリンに行ったことがあると言っていた。ここからサハリンまで?トラックで?・・・意味を取り違えたのかもしれないが、サハリンで働いていたことがあるのは事実のようである。

GSのすぐ隣になんだかわからないが倉庫のようなものがあり、そこで寝させてもらえないかと頼んでみたのだが、残念ながらダメ。雨が弱くなった隙にGSを後にした。
たぶんこちらの意図がうまく伝わらなかったのだと思う。ロシア語が少しでもわかればなぁ・・・。
すぐ近くのレストランでキャンプできるとアシュートゥが教えてくれたのでとりあえず行ってみたが、こちらも要領を得ず・・・レストランの二階が宿のような感じになっていたのだが(アシュートゥはここに泊まれると教えてくれたのかもしれない)、キャンプとかキャンピングってのはロシア語では宿という意味に近いのか・・・?

また雨が強くなって軒下で暫し雨宿りさせてもらう。
弱くなった隙にM1をイェレバン方面にちょっと走ると、道路脇に水場があった。その隣にはなんとイスとテーブルのある東屋が・・・すかさず幕営態勢に入る。助かったわ・・・。
勝手を言うと、イスとテーブルさえなければ完全に屋根の下に幕営できたのだが・・・ま、半分だけでも雨を避けられるのはありがたい。
なんだかんだ疲れた一日だった。

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いざ、国境へ                       コウノトリはちょうど巣作りの最中@Gorelovka

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アルメニア入国! 雲行きが怪しい・・・         タイミングよくGSで休憩させてもらえた

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気を取り直して再スタート・・・雲が近い

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天空の草原は相変らずとても美しい

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山とはまた違った不思議な感覚・・・

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Gyumriでようやく温かいものにありつく         アシュートゥのGSで雨宿りさせてもらった

いつもの通りこれで平和裏に一日が終わるはずだったんだけど、実はこの日はここからが長かった・・・。

テントを張って中で日記を書いていると、水場に車が一台やって来た。ポリスかと思って顔を出すとそうではなく、一人のおっちゃんだった。なにやら声をかけられたのだが、こちらが言葉の通じない外国人とわかるとそのまま去って行った。ふ~やれやれ。
で、シュラフにくるまってヘッテンの灯りも消してすっかり寝る体勢に入った22:00過ぎ、また車が一台やって来た。
最初は面倒で無視をきめこんでいたのだが、ポリスと言うので顔を出す。三人が立っていた。制服を着ているわけでもないしパトカーに乗ってきたわけでもないのだが、ポリスと言うのだからまぁそういうことにしておこう。
アルメニア語はおろかロシア語もわからないから要領を得ないが、どうやらここに幕営するのは問題だと言っている。犬がいるから危険だと・・・そんなことを言っている。
ドキュメントの提示を求められたので素直にパスポートを差し出す。
パスポートをチェックした後に一人がどこかへTEL。どこかに照会してるんかなぁと思っていたら、電話に出ろと言う。出てみると相手は英語を話していた。女性だった。

彼女の通訳してくれたところによると・・・「オオカミだの犬だのいろんな動物が出るからそこに幕営するのは危険」という話だった。「別の場所に移動したほうがいい」と言っているらしい。
そうは言っても既に22:00過ぎ・・・真っ暗闇を今から移動するなんてありえない。すっかり寝る体勢に入っていたところを叩き起こされてこちらもちょっと不機嫌だった。
オオカミなんてこんなところに出るわけなかろう。森もない、人家にもほど近いこんな場所、しかもそれなりに車の通る幹線のすぐ近く・・・オオカミなんて出るわけがない。
「犬なら大丈夫だからここで寝させてくれ」・・・そう電話の彼女に頼みこむ。
ポリスと電話を代わりながら彼女と話す。
「でもやっぱり危険だから移動しなきゃいかん」・・・ポリスも一歩も引かない。
もちろんこちらが折れざるを得ない。
はぁ面倒くせぇ・・・雨上がりの夜の10時過ぎにテント撤収して移動なんてありえないよ。移動ったってどこに移動するのよ?
「Gyumriの町」とポリスは言う。
「町って・・・ホテル?」と聞くとそうではなくて、「もっと安全にキャンプできる場所がある」という話。
「でも、Gyumriの町まで暗闇の中10km以上も移動するなんて無理だよ。そっちのほうがよほど危ない」
すると、「ここから2kmだ」と言う。
渋々了承。「準備に30分くらいかかるよ」と彼女に告げてもらって片付けに入る。
はぁありえねぇ・・・。

テントの中で荷物をまとめ、びしょ濡れのテントをたたんで自転車に積む。その間、三人はおしゃべりしながら待っていてくれた。暇、なのかもしれん・・・。
準備を終えて彼らの車についていく。
すると、車をとめたのは幕営していた場所から1kmもないところ。アシュートゥのGSから200~300mのところだった。近所の別のGSの前で彼らは車をとめた。
GSに幕営させてもらえるのか?と思ったら、一人が道路を渡ってこっちだと言う。
えっ?
いったい何の罰ゲーム?
そこは幹線のM1と線路に挟まれた幅10mにも満たない緑地帯。さっき通ったけど箸にも棒にもかからんかったわ・・・。
アホなこと言うな!バカも休み休み言え!こんなとこに幕営できるわけないだろ!さすがにキレた・・・。
夜の10時過ぎに起こされて、どんないい場所に案内してくれるのかと思ったらこんな場所かよ!

ポリスがまた先ほどの彼女のところにTEL。
彼女は親切に通訳してくれていただけで無関係なわけだけれど、電話で彼女に怒鳴らずにはいられなかった(申し訳ない)。
「こんな場所でキャンプできるわけないだろ!道路まで3m、線路まで5mしかねーよ!」
「明るくなってこんなとこにテントが張ってあったらおかしいでしょ!」
「もし車が突っ込んできたらどうする?列車が脱線でもしたらどうする?ここのほうがよっぽど危険だよ!」
「オオカミが出るって言うなら、ここだってさっきの場所だってまったく状況は一緒だよ!」
云云・・・

「でも、目の前にGSがあるから安全だ」とポリスは言い切る。
何もわかってないのかもしれん・・・こんな風に野宿していて一番危険なのは、動物なんかじゃなくて人間である。自然災害より人災のほうが怖い。
「列車は走ってない」ともポリスは言っていたけど、後になってしっかり走っていることも判明したし・・・。
あーだったらもういいや。
「これからイェレバンに行くから」と告げてもらってポリスとバイバイ。三人は暗闇で唖然としてこちらを見送っていた。

後で考えてみれば、ずいぶん身勝手で横暴な言い草だった。どの人も善意から忠告してくれたに違いないのだ。
でも、申し訳ないがこのときは余計なお世話としか思えなかった。バカバカしくてやってられんと・・・。

さて、勢いで走り出したものの、困った。どうしたものか・・・。
さすがにさっきの水場に幕営するのはまずかろうな・・・それとも少し間をおいてしれっと張っちゃうか、こんな暗闇でテン場なんて探せないし・・・。
などと考えながらアシュートゥのGSの前で後ろのマユミを待っていると、不意に暗闇からアシュートゥに声をかけられた。先ほど再び前を通ったときは灯りが消えていたから、てっきり家に帰ったか寝てしまったと思っていたのだが、まだ起きていたらしい。
「向こうのレストランはダメだったかい?それならここに泊まればいい」
ホ、ホントっすか。助かります、めちゃくちゃ助かります。
ありがたくお言葉に甘えさせていただく。

建屋の中はストーブがついていて暖かかった。すぐにアシュートゥがコーヒーを入れてくれた。
アシュートゥは五十歳。父親はアルメニア人、母親はウクライナ人であるらしい。
2010年に建築資材の運搬の仕事で再びサハリンに行っていて、その時の動画を携帯でたくさん撮っていた。それを見せてもらいながらあれやこれやと大盛り上がり。言葉は通じないけど、とても楽しいひと時だった。
結局寝たのは1:00過ぎ。とんだドタバタに巻き込まれてすっかり憔悴した・・・。
この晩はGSの事務所のソファーの上でぬくぬくと眠らせてもらった。
長い夜だった・・・。

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こんなとこに幕営できるか!(左の緑地帯、翌朝撮影)   結局アシュートゥのGSに泊めてもらった・・・
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