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アルバニア入国

2012/1/28 土
始:9:25 ~ 終:16:15 走行:70km
~ Kruče ~ Bratica ~ Ulcinj ~ Kruta ~ Vladimir ~ Sukobin ~ 国境 ~ Muriqan ~ Zusi

昨晩の気温1℃、今朝0℃。気温は低くないのだけれど、風が冷たくてもっと寒く感じる。
今日も坂と橋とトンネルと工事のオンパレード・・・。

国境の手前にある最後の大きな町Ulcinjで水と食料の買い出し。
スーパーから出ると、自転車の隣に老人が一人、犬と一緒にしょぼんと座っていた。本当は自分らが自転車をとめた場所に座りたかったのだと思う。
あまりに不憫に見えたので手持ちのセント・コインを渡すと、会心の笑みで「サンキュー」と返してくれた。
自分らのコインで目標額に達したのか、ちょっとすると老人はスーパーに入っていった。よかった。パンでも買いに行ったのだろうと思っていたら、ビールを持って出てきたのでコケそうになった。
「ピボ飲むかい?」と言って買ってきた二本のうちの一本を自分らにくれようとしたのだが、じいちゃんが飲みなよと断った。
スーパーを発つとき「チャオ」と声をかけると、最高の笑顔で自分らが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
見たか、ジプシーたちよ!これが人同士の心のやり取りだ。せひとも学習してほしい。

さて、Ulcinjから出るとき久々に道を間違えた。
これまでと同様の広くてキレイな道をたどっていたのだけれど、いやに道がまっすぐだし、どうにも向かっている方向がおかしい。道端の人に聞いてみると、やはり間違っていた。
ちなみに、モンテネグロも英語の通用度は低く、むしろドイツ語のほうが通じるようである。人と話をすると必ず、「ドイツ語は話せるか?」と聞かれる。コトルで話をしたおっちゃんもそうだったし、昨日テン場を探してうろちょろしているときに話しかけられた人もそうだった。
セルビア語よりはわかるから、ドイツ語で道を教えてもらう。結局一時間ほどのロス。

Ulcinjまで戻り、国境へと続くE851に乗る。海沿いの2号線は、いつの間にかE851と名を変えていた。
Ulcinjから先は、これまで走ってきた道の続きとは思えないほど激変し、唐突に山沿いののどかな田舎道となる。センターラインもなくなり、車もあまり通らない。これがアルバニア国境に続く幹線なのかとちょっと不安になるほど。
Ulcinjから国境まではまだ25kmほどあるのだが、実質的にはUlcinjの先はもうアルバニアだ。これまでの雰囲気とはガラリと変わる。道路標示も、Ulcinjから先はセルビア語とアルバニア語の二ヶ国語表記になっている。

Vladimirから先は、道路が工事中でさらに酷かった。
ときどき未舗装路になるし、ホントに国境に通ずる道なのかよ・・・と思っていたら、目の前に忽然と国境のイミグレが現れた。道路と不釣合いな、やけに立派な建屋である。
モンテネグロのイミグレとアルバニアのイミグレが同じ建屋の中に隣り合っていて、一つゲートを越えるとそこはもうアルバニアだった。
14:30に国境を越える。

さて、アルバニアという国にどんなイメージを持っているだろうか?
地理的にはギリシアの北に位置しているから、間違いなくヨーロッパの一部だ。が、個人的にはこの国にヨーロッパのイメージはまったくないなぁ・・・表面上はムスリムの国だからか、アルメニアと似た国名だからか、ヨーロッパというよりは中東やカフカスの国のイメージだった。

アルバニア語での自国名はシュチパリヤ。イリュリア人を祖先とする歴史の古い国である。
面積はマケドニアよりちょっと大きいくらい。人口は315万人であるが、隣接するコソボにも200万人のアルバニア人がいる。
公式発表ではムスリムが70%となっているが、実質は70%の人が無信仰であり、'67年には無神国家宣言をしたこともある('90年以降信教は自由となっている)。
一時期社会主義の国であったが、ソ連を仮想敵国とし、ユーゴも批判、中国に接近するも後に批判して袂を分かつというゴーイング・マイ・ウェイっぷり。
特筆すべきはしばらくの間鎖国をしていたこと。
第二次大戦後から近隣諸国と鎖国状態になり、'78年からは完全鎖国をしていた。
社会主義を捨てた直後に国民の半数以上がねずみ講にはまり、国が破綻するという嘘みたいな歴史も持っている。

そんなアルバニアに実際足を踏み入れた感想は・・・事前のイメージ通り、どう見てもヨーロッパじゃないよな、ここは・・・。
国境の近くは人があまり住んでおらず、のどかでいい感じのところだった。徐々に人の住む集落が現れてきて・・・そしてまず目につくのはゴミ。ごみ!ゴミ!塵!いやー汚い国だなぁ・・・ポリ系のゴミがなかった昔はそれでよかったのかもしれない。が、今となってはいたるところポリ系のゴミだらけ。
特に酷いのが川。近くに川があれば、ゴミは川に捨てることになっているらしい。こいつはまさにインド並み。

人々は人懐っこくて、自転車で走っていると沿道からしきりに声がかかる。
ときどき高級車が走っていたり、高そうなホテルやレストランがあったりもするけれど、大半の人の生活はかなり貧しいように見える。半分スラムのような(というか明確にスラムだと思う)、ゴミだらけの山の斜面に粗末な家を建てて住んでいる人も少なくない。
貧富の差がかなり激しそうな国である。

いろいろ考えながらのんびり流していたら、Shkoderの近くまで走ってしまいテン場が見当たらなくなってしまったので、不本意だが来た道をしばらく戻った。
道路から一段下りたところに広がる川岸の畑、その隅に幕営した。近くに見える雪山から吹き下ろす風が冷たい。
それにしても・・・ヨーロッパの地にいまだこんな国があろうとは・・・衝撃的である。
セルビアやBHIもゴミが多かったけれど、まったくその比じゃないよ、これは。まさにインドやネパール並み。

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アルバニア国境に続く道                  雰囲気はもうほとんどアルバニア

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アルバニア入国                      まず目につくのはゴミ!ごみ!塵!

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ゴミは川に捨てることになっているらしい       大半の人の生活はかなり貧しいように見える

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川岸の畑の隅に幕営
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