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マースに足止めの三日間

2012/8/27 (月)
この日は病院に行ってレントゲンを撮り、それから自転車屋へ行く予定。
ナジーラの話だと、ジャララバードに修理のスペシャリストがいるらしい。ホントかよ?
他の人と待ち合わせたり、途中でナジーラをピックアップしたりして、病院へ行くまでやたらと時間がかかった。

ウズベキスタン国境に近いこのあたり一帯はウズベク人の居住地区。事故の関係者が全員ウズベク人なら見かけるのもほとんどウズベク人。
キルギスには様々な民族がいる。キルギス人は65%ほどで、次に多いのがウズベク人。国民の14%ほどを占めている。
多民族であるのはキルギスに限った話ではなく、中央アジアの国々に共通のこと。
そもそも中央アジアの地に住むこれらの民族が過去に民族国家を持ったことはなく、自分はウズベク人だとかキルギス人だとかの自覚を持ったのはソ連時代のことで、まだつい最近の話だ。それ以前は各民族がこの地に混在していた。
そこに民族ごとの境界を設けたのがスターリン時代で、今の民族紛争は言ってみればソ連の負の遺産だ。
もともと各民族の混在していたところに線引きしたのだから無理がある。国境の外に数多くの人たちが取り残された。キルギスのウズベキスタン国境近くに住むウズベク人もそんな人たち。
このあたりは国境線も複雑だ。キルギス内にはウズベキスタンの飛び地が四ヶ所、タジキスタンの飛び地が二ヶ所もある。

キルギスでは二年前の2010年に民族紛争があった。キルギス人とウズベク人の対立。
その時、ナジーラたち国境地帯に住むウズベク人は、多くがウズベキスタンに避難していたらしい。
ジャララバードなどには、まだその内戦のときに壊された建物も数多く残っている。

キルギス内でウズベク人の立場は弱い。
仕事もなけりゃ、警察から賄賂を請求されることもしばしばあるらしい。
ちなみに、ウズベク人は重要な職につくことはできず、政治家はもちろん警察官もすべてキルギス人である。
そんな中でウズベク人同士の結びつきはとても強く、ともに助け合って生きている。事故とは何の関係もない、近所に住んでいるだけのナジーラ夫婦がショヤビックを助けているのもそんな理由による。

最初に昨日と同じ病院へ行った。
外でずいぶん待たされた挙句に連れて行かれたレントゲン棟というのがこれまた酷かった。ここは工場か?というような薄暗いところ。ボール盤とかフライス盤なんかが置かれていたっておかしくない。
診察することもなく、タバコを吸いながらやって来たレントゲン技師に棟内に通された。
問題があるのはわき腹だから、横からレントゲンを撮ってくれと頼んだが、撮られたのは健康診断のときのような正面からの胸部レントゲンのみ。
素人が考えたってこんなので何もわかるわけがない。
ナジーラにそう訴えて別のもっと大きな病院へ連れて行ってもらうことにした。

ジャララバードの県立病院へ行くというので、途中で警察に寄って自分の工具を持ってきたかったのだが、後で戻ると言うのでそれに従う。
効率とかそういうことを考えることが一切できないんだよなぁこのへんの人たちは。

で、連れて行ってもらったジャララバードの県立病院であるが、確かにスザクの病院よりは大きいが五十歩百歩。
相変らず清潔感のかけらもない。受付もなけりゃ待合室もない。いきなりレントゲン室に行ってレントゲンを撮ってもらうという寸法。
脇のレントゲンを撮ってくれとナジーラにさんざんお願いしてもらったのに、ここでも撮ったのは正面の胸部レントゲンのみ。ダメだな、こりゃ。半ば諦めた。
キルギスで治る怪我や病気などほとんどないに違いない。

レントゲンができて、写真を渡される。で?誰がこれ見て判断してくれるの?
相変らず診察室というものが存在せず、入口近くの小部屋にいた医師と思しき人物が日にかざしてレントゲンを見る。
素人が見たって脇の状態など何一つ写っていない。正面からしか撮っていないのだから当然だ。
が、その人物はそのレントゲンを見て問題なしと判断。ま、確かに折れていることはないのだろうな。あーもういいや・・・ここでこれ以上のことを望んでも無駄だ。
こんな役立たずの病院なのに、なにやら警察に出す書類だとかそんなのばかりが面倒くさい。別の部屋に二つ三つ連れていかれた。
そんな書類、怪我した本人には何の関係もないのに・・・。
この書類がないと、警察に保管されているもう一台の車が取り返せないらしい。

処方してくれる薬は出来損ないのバンテリンのような塗り薬と、二種類の痛み止めのみ。痛み止めを飲んだって怪我がよくなるわけじゃないからまったく意味がない。
スザクに工具を取りに戻るところが、先に店を見てみようという話になった。やっぱりそういう話になるだろ・・・。
どうやら警察に行くのが嫌なようである。
どんな店だろうと思っていたら、連れて行かれたのはバザール内の青空ショップ。やっぱりね・・・。
ここにジャララバードで唯一の修理屋がいるらしい。

店は修理待ちの客で混んでいた。
建屋の中では、おっちゃんがいらないフロントフォークにホイールを固定して振れ取り中だった。ニップル回しも使わずペンチで力強くニップルを回している。
やっぱ自分の工具を持って来ないとダメだろうな・・・シマノのカセットを外すソケットなんてものはもちろん存在しないし。
症状だけ先に見てもらおうとしたら、おっちゃんがドライバーでタイヤを外そうとするので待ったをかける。そんなことをしたらリムが削れてしまう。
マユミにその場にいてもらって、すぐに工具を取りに行くことにした。

車に乗ってバザールを出たのはいいが、警察に置いてあるゴルフの鍵がないらしい。
そんなのなんで自分らが病院へ行っている間に取ってこなかったのよ・・・どこまでも段取りの悪い人たち。
ゴルフの持ち主を途中で降ろし、鍵が届くのを待っていたのであるが、ナジーラの子が家でぐずっていてしようがないので、明日出直すことになった。
バザールに戻って自転車をピックアップし、マースへ帰った。

今日はショヤビックの家に泊めてもらう。
母親のボカティギュが豪快で面白い人である。ボカティギュは町のマガジンで働いていて、家の事は何から何までショヤビックの妹さんのバフリンサがやっている。とてもよくできた子である。
ショヤビックの家にも大きなブドウ棚があり、ブドウがたわわになっている。ブドウだけは毎日食べ放題。

事故後初めてキャノンデールを詳細にチェックしてみた。
フレームは大丈夫かもしれん。シャフトもハブから抜いてチェックしてみたが、曲がっていることはなさそう。
リムはグニャリと曲がっているが、割れていることはなさそう。スポークも一本も折れていない。この状況でパンクすらしていない。
ドーズの時と違って車のバンパーがウレタンだったことが幸いした。
ショヤビックのティーノは中央部分にカンガルーバーのような鉄パイプがついていたから、もう少し、あと30cmでも車の中央寄りに当たっていたら、きっとドーズのようにリムの割れる事態となっていた。
このリムが元に戻せるとはとても思えないが、とにかくリムが割れるような事態を免れたのは不幸中の幸いだった。
今回の件でマヴィックのリムとDTのスポークに対する信頼度が一気に上がった。

昨日も今日も、寝るのは外の縁台の上。家族の人たちとは別にそこで食事をいただき、そこに敷いてくれた布団で寝る。
部屋は他にいくつもありそうなのだが、客人をこうして外でもてなすのがどうやらウズベク流。

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昨晩はボカティギュのお兄さんの家、        今晩からボカティギュの家でお世話になった

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どの家もブドウがたわわに実っている

2012/8/28 (火)
病院の方は用が済んだので、今日は自転車の修理にジャララバードへ。
玉突き事故の元凶、ゴルフを運転していたおっちゃんと合流したりしてジャララバードへ行くわけだけれど、相変らず段取りが悪く、あっち行ったりこっち行ったりで妙に時間がかかる。
自転車に突っ込んだのはショヤビックだけれど、実のところは彼も後ろから追突された被害者。元凶はこのゴルフのおっちゃんなのだけれど、自分らの面倒を見てくれるのはショヤビックの親類・知人ばかりで、実のところゴルフのおっちゃんは毎日ついてくるだけで特にいても意味がない。
事故とは一切関係ないのに、たまたま家が隣だからというだけであれこれ世話を焼いてくれているのがナジーラ。通訳としてナジーラが同行してくれるのは実にありがたいのであるが、毎日旦那さんまで一緒に来るのは意味がない。移動の車中が狭くなるだけだ。

今日こそは自分の工具を取りに最初に警察署へ行ってもらった。
が、門の所にいた自動小銃を携えた警官は、まだ持ち出してはダメだと言う。
は???車にぶつけられて、なおかつ荷物を差し押さえられるいわれはまったくない。
日本大使館に電話しろと詰め寄ると、態度がコロッと変わって「はい、どうぞ」となった。腐った役人ってのはこれだよ、まったく。腹の立つやつらだ。

ゴルフの荷室に積んであった荷物を全部ピックアップしてバザールへ。
青空ショップで自転車修理をやっているおっちゃんは、通称ルスラン。
さすがジャララバードで唯一の修理屋。ルスランのところにはひっきりなしに客がやってくるが、ナジーラたちが予め話を通しておいてくれたのか、他の客そっちのけでルスランが快く面倒をみてくれた。

タイヤを外してリムをチェックすると、どうやら中もクラックが入っていたりすることはない。
丈夫なマヴィックのリムには感心したがこの曲がりよう・・・通常ならもちろんオシャカになっているところ。
が、ここはキルギス。代替部品などあろうはずがない。あるのは中国製の、ニップルが直にチューブに接触してしまう鉄製リムだけ。こんなリムでは1,000kmともたない。
今履いているホイールをどうにかするしかない。
ルスランはなんとかなるという印象を持ったらしい・・・頼もしい。ここはルスランの腕にかけるしかない。

木の柱にホイールを押し付けたり、スポークのテンションで強引に元の形に戻そうとするルスラン。
ペンチでニップルを回すのだけはやめてもらい、持参したニップル回しを使ってもらった。
万力に固定したフロントフォークにホイールを固定し、指を当てたりやすりを当てたりしながら振れを取っていくルスラン。
少々乱暴なところはあるが、腕は確かであるようだ。
ルスランは休憩もせず、昼食もとらずに作業を続けてくれた。

ニ、三時間もすると、ホイールがだいぶ見られる形になった。
ここまで直っただけで奇跡であるが、ホイールの調整で難しいのはここらあたりから。それはルスランも心得ていた。
知らない人たちはそのホイールを見て、もう大丈夫、もうすぐ終わると思っていたが、そんなに簡単なことじゃねーよ・・・。

振れはだいぶとれたのであるが、適当なところで自転車にセットしてみるとフレームの中心に来ず、左にオフセットしてしまっている。
フレームか・・・とも一瞬思ったが、どうやらフレームには問題がなく、悪いのはあくまでホイール。
また一から地道な作業が続く。

木の柱に押し付けるだけでは修正しきらず、これを使わせてくれとルスランがモンキーを差し出す。渋々了承。
リムをモンキーで挟んで局所的に曲げる。
場所によって明らかにスポークが張りすぎなのであるが、さらに張りたいルスランは、これを使わせてくれとペンチを差し出す。これも渋々了承。
ペンチを使い出すとすぐ、ニップルが割れる割れる・・・ニップルが完全に壊れてしまってスポークすら外せなくなる。
ここに代替のスポークなんてものはない。予備のスポークを持っているか、ルスランに確認される。
幸いスポークもニップルもホイールが二本組めそうなくらい持っている。それがわかると惜しげもなくスポークを切断するルスラン。
都合五、六本、DTのスポークを無駄にされた。

で、ハブからカセットを外さねばならないわけであるが、もちろんシマノのソケットなどここには存在しない。
キルギス人の乗っている中国製の自転車は、釘と金槌を使ってハブからギアを外す。しかも緩める方向が時計回りという、どういう設計してるんだよ!という代物(これじゃ乗っているうちに緩んじゃうんじゃ・・・)。
シマノのソケットは持っているのだが、イスタンブールで買った自分のソケットは肉厚で、ハブからシャフトを抜かないとロックリングにセットできないという代物。
シャフトを抜き、ベアリングの玉まで抜いてようやくセットできる。なんちゅー使えないソケット・・・。
ソケットは持っているがカセットの空転を防ぐチェーンのついた工具は持っていないから、店にあったチェーンをギアにぐるぐる巻きにしてルスランと二人がかりでカセットを外す。

ルスランの地道な作業が続く。
彼はまったく休むことなく、本当によくやってくれたと思う。こんなところで中国製の自転車をいじっているのではなく、ヨーロッパあたりのスポーツバイクを扱っているような店にいたなら、さぞいいメカニックになっていたことだろう。

ようやく”ほぼ”フレームの中心にホイールが来るようになった。
明らかにスポークが張りすぎの部位があるので、もう少し緩めてもう一度バランスを取り直してもらう。
閉店時間の19:00になって、ようやく妥協できる線まで仕上がった。
ルスランとがっちり握手。本当によくやってくれた。
でも・・・いったいどこまでもつんだろうな、このホイール。

今晩もショヤビックの家にお世話になった。
彼の家も貧しい。現金収入は町でマガジンを営んでいるボカティギュの売り上げにほぼ頼っているような状態。仕事がないのだ。
でも、”ゆとり”というような観点で見れば、決して生活自体は貧しくないと思う。
家は広くて、ブドウをはじめ様々な果物が敷地内で採れ、牛や鶏もいる。ガスや水道はないが、電気は来ている。
生活の質というのは、決して金銭だけでは量れない。

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縁台でいただく食事 ブドウは毎日食べ放題      ルスランの青空修理屋

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木の柱に押し付けてリムの変形を直す           地道な調整作業

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ルスランは休憩もせず作業を続けてくれた     苦闘7時間、ようやく妥協できるレベルまで仕上がった

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右:バフリンサ、その隣:ボカティギュ

2012/8/29 (水)
車を取り返しに警察に行くから一緒に来てくれ、と昨日ナジーラから頼まれていた。
昨日までと同じメンバーで朝から警察署へ。

彼等を助けると言っても自分にできることは何もないと思うが、自分の体と自転車がOK、という一筆がないと彼らは車を返してもらえないらしい。
たいした仕事もしないくせに何をするにも書類が必要という、面倒くさい旧ソ連的な体制。あーいやだ、いやだ。

まだ痛みはあるが骨は折れていないらしいから自転車に乗ることはできるだろう、自転車は完全な状態からは程遠いが、どうにか乗れる状態にはなった、というようなことを一筆書いてサインした。
これで自分らの仕事は終了。
続いてショヤビックとゴルフのおっちゃんが部屋に呼ばれたが、やはり賄賂を請求されたらしい。それも200ドル相当の高額。

なんでそこまでしてやるの?と思ったのは、その賄賂をゴルフのおっちゃんとショヤビックで折半していたとき。
そもそも追突されたショヤビックは被害者なわけで、追突してきた車を警察から取り返すなんてのは知った話ではないはず。少なくとも日本や西欧ではそうなるはずで、追突された人は追突してきた人に恨みこそあれ親しみの感情なんて湧かないのが普通だ。
それが追突した車を取り返すのに力を貸したり、ましてや請求された賄賂を半分払うなどというのは考えられないことだ。
異国(と言うのも変だが)で立場弱く生きているが故の助け合いの精神なのか、はたまたアッラーの教えなのか・・・。
ともかく賄賂を払ってようやくゴルフを取り返すことができた。置きっぱなしになっていたドーズも回収。

近くで食事をご馳走になって帰る途中、事故現場に寄ってもらった。
オルトリーブの右リアのパニールのスペーサーが二個とも紛失していることに昨日気付いたのだ。追突の衝撃でパニールが外れたとき、どこかに飛んでいってしまったものと思われた。
ダメ元で寄ってもらったのだが、事故現場であっさり二個とも見つかった。ツメが折れてしまっていて固定はできなそうであるが、テープでとめれば使えるだろう。

ショヤビックの家に帰ってからバイクとパニールをじっくり整備。
かなり大きく変形しているかに見えたリアのキャリアも、蓋を開けてみれば変形していたのは取り付けのボルト。衝撃でキャリアとボルトが固着してしまっていて、ショヤビックに借りた金槌で叩いてようやく外れた。
ボルトを替えてみたら、キャリア自体の変形はたいしたものではなかった。よかった、よかった・・・。

ショヤビックの家にはお世話になった。
ボカティギュの話してくれたところでは、サハリンに働きに行っていると言っていた旦那さんには現地にもロシア人の奥さんがいるらしい。今後この家に帰ってくることはあるのだろうか・・・。
豪快で陽気なボカティギュであったが、その笑顔の裏にはそんな一面が隠されていたのかと、ちょっと複雑な気分になった。
ちなみに、上の娘さん夫婦も小さな子供をこの家に残しモスクワへ出稼ぎに行っている。
モスクワやサハリンなんかへ出稼ぎに行くのはキルギスに限った話ではなく、旧ソ連邦の国々ではよく聞く話だ。

明日旅立つことを告げると、「寒くなったら着なさい」とボカティギュが自分のマガジンで売っているセーターとタイツを餞別にくれた。
もちろんともに中国製のものであるが、ありがたい限りだ。

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賄賂を払ってゴルフも取り返せた・・・三日間行動を共にした事故関係者たち
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