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そしてラグマンに救われる

2012/7/21 土
始:17:00 ~ 終:20:40 走行:25km
~ Alat

ラグマンというのは中央アジア版のうどんのことである。

明るくなってからもしばらく寝ていた。目の前のトラックの列がさらに延びている。
8:00過ぎになると暑くて寝ていられなくなって起き出してみるものの、もう疲労がピーク。立っていることすらできない。
ブハラまで97kmと標識にある。通常なら一日で走れる距離であるが、今の自分らにはとても無理。
チャイハーナでしばらく休ませてもらうことに。
が、一見親切そうに見えたチャイハーナの兄ちゃんが、愚にもつかぬウ○コ野郎だった・・・。

ウズベキのお金がないので、ひとまず外にいたおっちゃんに$20だけ両替えしてもらう。レートは$1=2,700Us(スム)。
チャイハーナの兄ちゃんに何か食べられるか聞いてみると、ここでも玉子とソーセージなら食べられると言う。ラグマンはないのか、ラグマンは・・・。
とりあえず目玉焼き三個とソーセージ三本、それからコーラで腹を満たす。

体調は最悪で、吐き気はないがとても動けそうにない。
しばらくチャイハーナで休んでいくことにした。
昼近くになってマットが越境してきた。その後自転車のカップルが一組。チャイハーナの窓から眺めるのみで、もはや彼らに声をかける元気すらない。
昼頃から風が強くなった。ほとんど暴風、外は砂嵐状態。ますます動く気が失せる。

15:00頃、近くのレストランへ歩いて食事に出かけた。
待望のラグマンがあった!
初めて食べたラグマンはあっさりしていて旨かった。これなら食べられる。どうしてこういうあっさりした食べものがもっとないのだろう・・・。
ここのレストランのおっちゃんはとても親切で、今のレートなんかも教えてくれた。$1=2,830Usくらいが今のレートであるらしい。
レートがよくないから国境では両替えしない方がいいぞと教えてくれたが、先ほどのレートはそれほど悪くなかった。
値段も良心的で、払う段になって違う値段を言ってきたりしない明瞭会計の素敵な店だった。

一転。休ませてもらったチャイハーナは酷かったなぁ・・・。
戻って清算しようとしたら、とんでもない額を吹っかけてくる。
目玉焼き三個=4,000Us、同じくソーセージ三本=4,000Us、1.5Lのコーラが8,000Us・・・アホか。
そこのレストランで同じコーラが4,500Us、ラグマン一杯が4,000Usだよ。こちらも完全にキレる・・・。
どう高く見積もっても全部で8,000Usだろ!8,000Usだけ叩きつけて去ろうとするが、もっと払えとうるせぇ。
兄ちゃんと怒鳴り合い、というかこちらが一方的に怒鳴り散らしていると、助っ人のおっさんが一人やってきやがった。
今度は二人に向かって怒鳴り散らす。
何が幾らかもう一度紙に書かせてみると、コーラが6,000Usと書きやがる。なにさっきより安くしてんだよ!それでも高けーよ!
さらに、、、休憩に使った部屋代が一人50,000Us・・・とか書いていやがる。
こ・の・ヤ・ロ・ウ・・・そんなのどこだってタダだよ。今までそんな金取られたことねーわ!
完全に頭に血が上った。もう少しで手が出そうだった。
グッと堪えて二人に怒鳴り散らす。全部で10,000Usだ!これで文句ねぇだろ!
10,000Usだけ叩きつけて店の外に出る。尚も払えとすがりつく二人を振り払い、自転車を押してチャイハーナの前にたむろするタクシーの運ちゃんらの所へ。
運ちゃんらに話を聞いてもらう。「このコーラって幾らするの?」
「4,500Usくらいじゃねーか」と運ちゃんら。
「この店8,000Usも取ろうとするんだぜ」
「そりゃ酷いな」

しばらくしてチャイハーナのウ○コ野郎と助っ人オヤジが外に出てきた。
金を払えとかそんな話はもう一切なし。何事もなかったかのようにしてやがる。
怒りが収まらず、そんな二人に向かって「お前ら一度死んでこい」と怒鳴り散らす。

外はものすごい風でほとんど砂嵐。
とても自転車でなど走れそうになく、ちょっと前まで先ほどのレストランに頼んで泊めてもらおうと考えていたのだが、怒りに身を任せてこのまま走ることにした。
「車に乗っていった方がいいぞ」と言ってくれるタクシーの運ちゃんらに丁寧に礼をし、その隣にいた助っ人オヤジにはもう一度「お前は死んでこい」と怒鳴り散らしてその場を後にする。
トラックの列に水を売ろうとしていたウ○コ野郎にも、自転車で前を通りざま「一度死んでこい」と指を突き立てて大声で怒鳴ってやった。
あー怒りが収まらん。
ウズベキの人たちは総じていい人たちなのに、こんな奴らのためにイメージが悪くなる。

走り出したはいいものの、ものすごい風。
ウ○コ野郎への怒りを糧に前に進む。

ウズベキに入ってがぜんアジアっぽくなった。
人々が明るく、人懐っこくなった。道行く人たちと挨拶を交わすのが心地いい。
自転車に乗っている人がたくさんいて、ロバ車もたくさん見かける。ロバに乗っている人もいるのだが、正直言って大人が乗っている姿はちょっと滑稽だ。サイズ的に子供が乗っているのがちょうどよい。
トルクメを走っていたトヨタの中型車はパタッと姿を消し、ほとんどがデーウ(もしくはそのOEMのシボレー)の小型車になった。
トルクメのようなちぐはぐさがなく、ごく自然に見える。
道はトルクメよりがぜんきれいである。

19:40にアラットの町に入った。
道路脇に見つけたカフェに寄る。ここにもラグマンがあった!
野菜の具沢山でこれまた美味!
トルクメに続いてウズベキも、水事情、トイレ事情ともよくない。カフェに寄ってもそこにはトイレがない。でもまぁトルクメよりはマシか・・・。
ちなみに、ウズベキもラマザンとはまったく無縁のようである。

カフェの周りには快適にテントが張れそうなスペースがなかったので、どこか近くにテン場がないか店の人に聞いてみる。
親切に紙に住所まで書いて教えてくれたのだが、既に薄暗くなっていた今、どうにも辿り着けそうにない。
先に目をつけておいた、ちょっと戻ったところにあった閉まっているGSに張らせてもらうことにした。

GSまで戻ってゲートから自転車を中に入れようとしていると、自転車に乗った少年二人に声をかけられた。
「こんなとこよりうちに来て泊まっていきなよ。ご飯もあるよ」
そんなことを身振り手振りを交え少年二人は言ってくれていた。
ありがたい。ありがたいけど暗くなっちゃったし、今から彼らの家へ行くのも面倒くさい。
「ありがとう。でも今晩はここで寝るよ」
そう伝えると、少年二人は手を振って帰っていった。

中でテントを立てていると、先ほどの少年二人が戻ってきた。
大きなスイカを抱えてきて、自分らに差し出す。
ありがとう。
優しい少年二人に心を洗われた気がした。国境のカフェにいたウ○コ野郎は特殊な例で、基本的にウズベクの人たちは優しく感じがいい。

さらにしばらくすると、おっちゃんが一人やって来た。
どうやらGSの人らしい。てっきり潰れたGSかと思っていたのだが、一部営業しているらしい。
駆け寄ってテントを張らせてくれとお願いする(既に張ってしまったけれど・・・)。
もちろん何の問題もなく、お墨付きをもらってこれで安心して眠れる。
不思議とここには蚊がいなかった。が、やはり暑くてよく眠れず。

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朝の国境                         写真じゃわからないけど暴風の中出発

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ラグマンに救われる                   スイカをくれた少年

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GSに幕営させてもらった(翌朝撮影)
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