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アムリトサル

2010/1/5 火

夜が明けるとガスっていて、インドの穀倉地帯であるパンジャブ州の緑の中を列車は走っていた。
途中で次々人が降りていき、アムリトサルまで乗ってた人はわずかだった。

予定より5時間半ほど遅れて、13:30過ぎにアムリトサルに到着。
20時間ほどの列車の旅となったが、夜が明けてからは隣のボックス席の家族が落花生やらお菓子やらを色々くれて楽しい旅となった。

駅からサイクルリクシャーで黄金寺院まで。
サイクルリクシャーはけっこうなじいちゃんまでやっていて、なんだか乗せてもらうのが悪いような気がしてくる。自分が漕ごうか?と言いたくなる気分だ。


駅から黄金寺院に向かうサイクルリクシャーから1_サイズ変更
駅から黄金寺院に向かうサイクルリクシャーから


アムリトサルはパキスタン国境に近く、陸路でパキスタンに越境するときは必ず通ることになる。
今回は時間がないのでパキスタン行きは見送ることにしていた。また次の機会ということで・・・。

さて、国境に近い街という以上に、何と言ってもアムリトサルはスィク教の聖地である。
その総本山が黄金寺院で、隣接した巡礼宿(Guru Ram Das Sarai)に無料で泊まることができる。
スィク教徒は(いくつか宗派があるらしいが)ひげを蓄え、ターバンを巻いているのですぐに分かる。大概ガタイがよく、昔いたプロレスラーのタイガー・ジェット・シンを思い浮かべてもらえばいいだろう。
おそらく予備知識のない日本人が最初に思い浮かべるインド人はターバンを巻いたスィク教徒に違いない。

場所を聞きまくりながらようやくGuru Arjan Dev Niwasに辿り着く。
記帳して部屋に案内してもらうと、運良くベッド三つの小部屋に入ることができた。
ベッドの割り振りはかなりいい加減で、「こことここのベッドを使え」と言われたが、三つのうち二つのベッドは荷物が括り付けてあってどう見てもまだ他の人が使っている。そう言うと、大部屋ドミの方に案内され「こことここを使え」と言う。が、ここもどう見ても他の人が使っている。
まぁいいや、小部屋の一つのベッドは確実に使えるだろう・・・。


Guruの入口_サイズ変更
Guruの入口


Guruの中庭 夜にはここで大勢のインド人が寝る_サイズ変更
Guruの中庭・・・夜にはここで大勢のインド人が寝る


荷物を置いて外に出る。
何はともあれまずは飯!ということで、黄金寺院の中のフリー・キッチンに行く。
そう、黄金寺院では24時間ご飯もタダで食べられるのだ。
入り口で金属のトレイとカップ、スプーンをもらってインド人にくっついて上の階に行く。広い部屋に布の列が敷かれたところに順番に腰を下ろして待っていると、カレーやダールをトレイに盛ってくれる。チャパティや水もくれる。それをガツガツ食べる。お替りも自由だ。食べ終わったら階下で使ったトレイやスプーンを係の人に返す。チャイもタダで飲める。


フリー・キッチン2_サイズ変更
黄金寺院のフリー・キッチン


偉大なるスィク教!
なんて寛大な宗教だろうか。スィク教徒であろうとなかろうと、インド人であろうとなかろうと、3食タダで食べられて無料の巡礼宿に泊まれる。寺院の外でも無料の食べ物やバナナを配っていた。

寺院に入るときの決まりは、履物を脱いで裸足になることと髪の毛を布で覆うこと、入るときと出るときに水で足を浄めることくらいだ。インド人の行列に一緒に並んで黄金寺院の中を参拝すると、高位の僧侶が楽器を使って聖歌を途切れなく歌っている。この聖歌のリズムが実に心地よく、なんとも心安らかな気分にさせてくれる。
この日は何かの祭りの最中のようで特に人出が多かった。夜には花火も景気よく上がっていた。


黄金寺院1_サイズ変更
黄金寺院に入る前に(出るときも)、門の手前の水場で足を浄める。


黄金寺院4_サイズ変更
髪の毛を布で覆い、アムリタ・サラス(不死の池)の周りを巡礼する。これが実に気持ちいい。


黄金寺院3_サイズ変更
黄金寺院の本堂・・・高位の僧侶が楽器を使って聖歌を途切れなく歌っている。この聖歌のリズムがまた実に心地よく、なんとも心安らかな気分にさせてくれる。


黄金寺院10 スィク教のシンボル_サイズ変更
スィク教のシンボルはどこかジオン軍のマークに似ている。ガンダム世代には自然と愛着が湧く。


寺院の番人2_サイズ変更
アムリタ・サラス(不死の池)の番人


寺院の番人4_サイズ変更



宿に戻ると、スペイン人とコロンビア人の女性コンビが出発の準備をしていた。今晩の列車でハルドワールへ発つらしい。ラッキー!これで一人一個ベッドを使える。
もう一人の同室人はカナダ人のアメリだ。アメリは今秋田の小・中学校で英語を教えていて日本語が話せる。ロンプラを見せてくれて、ダラムサラへの直行公営バスがあるなど情報をくれた。

夜寝る前にトイレに行くと、中庭や廊下の床という床に大勢のインド人が寝ていた。おそらく部屋に入り切れなかったのだと思うが、毛布だけでけっこう寒そうだ。外国人の自分らがベッドでぬくぬく寝させてもらってなんだか申し訳ないような気がしてくる。


祭の日の夜の黄金寺院1_サイズ変更
夜の黄金寺院


祭の日の夜の黄金寺院3_サイズ変更
ちょうど何かの祭りの日だったようで、とにかくすごかった。


↓花火も景気よく上がってました。




2010/1/6 水

朝のんびり起きて、まずは昨日アメリに聞いたバススタンドまで歩いて情報収集。
Enquiryで聞いてみたら、12:30発の直行バスがあった。明日、このバスでダラムサラへ発つ予定。


街の路地の焚き火ポイント_サイズ変更
路上の焚き火ポイント・・・ここで連日火にあたらせてもらった。


場合によっては近くのGHに移ろうかとも思っていたが、かなり快適なので黄金寺院でもう一泊お世話になることにした。アメリも明日の朝発つので、今日も3人で小部屋を使える。
アメリはもう3年も日本に住んでいるからか、その立ち振る舞いは日本人そのものだ。控え目でどことなく遠慮がちなので、こちらが恐縮してしまうくらいだ。


Guruの小部屋1 アメリと_サイズ変更
Guruの小部屋・・・同室人のアメリと


バススタンドからの帰りにジャリアンワラーに寄った。
ここはインド独立運動中に起こったアムリトサルの大虐殺の現場だ。敷地内のレンガの壁には当時の弾痕が残っていたりする。


ジャリアンワーラー1_サイズ変更
ジャリアンワラー


昼食はまた黄金寺院のフリー・キッチンでお世話になる。ここの食事はタダというだけでなく、とても美味しい。
食事の後には一階でチャイをもらう。大きなカップになみなみと注いでくれるチャイもとても美味しい。


フリー・キッチン6 二日目の昼食_サイズ変更
おなじみのフリー・キッチン、二日目の昼食をいただく。


フリー・キッチン7 入口のトレイの山_サイズ変更
フリー・キッチン入口のトレイの山


食事の後は多くのスィク教徒に混じってアムリタ・サラス(不死の池)の周りを歩くのが日課だ。
敬虔なスィク教徒が多く、跪いて祈りを捧げたり寒い中沐浴をしたりしている。
槍を持ったアムリタ・サラスの番人も一般のスィク教徒も実に親切で、気軽に写真撮影にも応じてくれる。


巡礼者のスィク教徒2_サイズ変更
敬虔なスィク教徒の巡礼者


敷地内にあるスィク博物館も興味深かった。もちろんタダだ。
スィク教徒に聞いたらやはり昨日が特別だったようで、今日は黄金寺院もずいぶん落ち着いた雰囲気だ。

夕食もフリー・キッチンでお世話になった。カレーやインド版スイーツの内容が毎回少しずつ違っていて、もちろん美味しい。
食後は例によってアムリタ・サラスを一周。昨晩はまさにお祭という感じでディズニーランドばりの派手派手な電飾であったが、今晩は控え目なライトアップで好感が持てた。
夜になっても沐浴している敬虔な信者もいる。今日は一日中日が出なくて寒かった。


夜の黄金寺院1_サイズ変更
普段の夜の黄金寺院はこんな感じ。昨晩に比べるとずいぶん落ち着いた雰囲気だ。


自分らの小部屋に洗濯物を干していた隣の部屋の単独の中国人女性と話をした。
やはり貧乏旅行をしているのだが、衝撃的だったのは中国からバスを乗り継いでここまで来たということだ。まるで国内旅行でもしているかのように・・・。
そうなのだ、中国にしてみたらインドもネパールもパキスタンも国境を接した隣の国なのだ。ラオスやベトナムやミャンマーなんかも・・・バスを乗り継いで移動していればそのうち国境に達する・・・地図を見れば当然のことなのだが、島国にいる日本人にはなかなか実感することができず、話を聞いたときには頭を思い切り殴られたような衝撃だった。急に中国に行ってみたくもなった。

ちょっと話しただけだが、ものすごくバイタリティに溢れた不思議な魅力のある人だった。
アムリトサルからパキスタンに抜け、それからイラン、イラク、アフガンを回る予定らしい。
自分が行きたいと思っていながら政情から躊躇してしまったこれらの魅力的な国々にこれからあっさり向かうという飄々とした態度にも衝撃を受けた。
世の中にはいろんな人がいるもんだ。



2010/1/7 木

アメリは予定通り4:00起きで出発、自分らはのんびり8:00に起き出した。
今日も曇っていて寒い。パッキングをしてからフリー・キッチンで最後の食事とチャイ。


フリー・キッチンのチャイの配給所_サイズ変更
フリー・キッチンのチャイの配給所


食後にアムリタ・サラスを一周しながらスィク教徒に思いを馳せた。
計り知れないインド人の中でさらに計り知れない人たち・・・その寛大さといい、途轍もない懐の深さを感じる。
何か得体の知れないパワーというかバイタリティーみたいなものが感じられ、とにかくインド人にはかなわないなぁと思わずにいられない。
ちなみに、スィク教のシンボルはジオン軍のマークに似ていてガンダム世代には愛着が湧く。


巡礼者のスィク教徒3_サイズ変更
スィク教徒のシンボルは髭とターバン。サーベルを持って巡礼する人も目にする。


寺院の番人6_サイズ変更
アムリタ・サラス(不死の池)の番人は槍を持っている。


アムリトサルの街中には、これまで回ってきた街からは考えられないが、物乞いと牛がいない。
牛はともかく、インドにあって物乞いがいないというのはすごいことだと思う。なんともピースな空気に満ちていて居心地のいい街だ、アムリトサルは。
黄金寺院から途切れることなく響く聖歌のリズムが実に心地いい。

11:00過ぎに心ばかりの寄付をして巡礼宿を後にする。
バス・スタンドまではサイクルリクシャーで。リクシャーの運ちゃんもスィク教徒だ。

昨日、26番乗り場から12:30に出発と聞いていたのだが、乗り場で聞いてみると既に23番にいるバスがダラムサラ行きで、12:00に出るという。危ないところだった・・・ちょっと早目に来て大正解であった。


ダラムサラ行きのバス アムリトサルのバススタンドにて_サイズ変更
ダラムサラ行きのバス@アムリトサルのバススタンドにて


のんびりする間もなくバスに乗り込む。
運賃は一人130R(247円)、プラス屋根にザックを上げてくれるポーターのおっちゃんに、ザック一個につき10R(19円)。

ほぼ時間通り12:00過ぎに出発。
アムリトサルから1時間半も北上するとスッキリ晴れ渡っているから不思議だ。
やっぱ鉄道よりバスでの移動の方が車窓の景色が変化に富んでいて楽しい。

15:00頃パタンコートのバス・スタンドで30分ほど休憩、ここからはいよいよ山道に入る。
周りの景色はすっかり変わり、棚田のようなものも見えてちょっと日本の風景に似ている。
途中、久々に雪を見た。岩と雪の山並みが眼前に現れたのだ。何メートルくらいの山か分からないが、おそらく3,000mクラスではなかろうか・・・ちょうど中川村から見える中央アルプスに似ている。夕日を受け見事に赤く染まった雪山に目が釘付けになってしまった。
暗くなってからは星空のようなダラムサラの町の夜景がとてもキレイだった。

19:00前にロワ・ダラムサラに到着。
ここからさらにローカル・バスを乗り継いで、30分で目的のアッパー・ダラムサラに着く。
バスの運賃が一人8R(15円)なのに、ザックの積み上げと積み下ろしのためザック一個につき20R(38円)もポーターに払うのはちょっと割に合わない気がする。

バスを降りたところで声を掛けてきた客引きの兄ちゃんについていって宿は決定。
部屋を見せてもらってビックリ、これがホントに150R(285円)でいいんすか?と叫ばずにはいられないほどナイスな部屋だ。
宿代を無視しても、インドでこれまで泊まった宿の中ではダントツ!24Hのホットシャワーはもちろん、なんとキッチンまで付いている。バルコニーから見える夜景はキレイだし、明るくなれば目の前に山が見えるらしい。


Friends House (Tokyo) 104_サイズ変更
Friends House 104


Friends House 外観_サイズ変更
Friends House 外観(翌日撮影)


ツーリストエリアのためチベタン・レストランでの夕食となったが、特に高くもなかった。
驚くのはメニューだ。カレーはどこ?チャパティーはどこ?という感じ。とても同じインドとは思えない。久々にチャーハンと焼きそばを食べてしまった。量も多くとても美味しいのだが、ちょっと寂しい気もする。

ダラムサラは静かでキレイで快適だ。
裏を返せば所謂インドらしさはほとんどない。ちょっと複雑な心境だが、いい宿にも恵まれたのでしばし滞在しようと思う。


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