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ドナウを渡ってスロヴァキア

2011/10/21 金
始:10:00 ~ 終:17:30 走行:67km
~ Dömös ~ Pilismarot ~ Esztergom ~ 国境 ~ Štúrovo ~ Gbelce ~ Pribetaの先

昨晩の雨は22:00過ぎに上がった。雨まで降ったお陰で朝の冷え込みは弱かった。
早朝は曇っていたが9:00頃になると青空が見え始め、一日よい天気になった。

まずはドナウ川沿いの11号でエステルゴムまで。
昨日と同様に途中で自転車道が現れたり、消滅したり。人気のルートなのか、久々に荷物を満載したバイカーとも二、三人すれ違った。

エステルゴムは落ち着きのある美しい町だった。
ドナウ川に面した高台に建つ大聖堂が見事だ。想像していたよりずっと大きく、要塞のようにドーンと聳えている。
大聖堂の近くに架かるマーリア・ヴァレーリア橋でドナウ川を渡ればスロヴァキアだ。
小ぢんまりしたエステルゴムの町でラストTejfölを食べてハンガリーのお金をきれいに使い切る。
ハンガリーともこれでお別れ。橋を渡っていざスロヴァキア!

橋の上から、そしてスロヴァキア側に渡った先からの大聖堂の眺めが素晴らしい。おそらくスロヴァキア側から眺めた方が迫力がある。
スロヴァキアとの国境には特に何もなくスルー。イミグレや税関の類があった跡すらなかった。
橋を渡った先からNové Zámky方面に向かって走る。すぐにLiDL(大型チェーンのスーパー)があったので、スロヴァキアの通貨と水が飲めるかどうかチェックするため寄ってみる。
スロヴァキアの通貨はユーロに替わっていた。値段表示はスロヴァキア・コルナでもしてあるから、移行したのはそれほど前のことではなかろう。
水は5Lとか10Lのビッグ・ボトルが売っていないから、おそらく井戸水なり水道水が飲める。

スロヴァキアは面積が北海道の3/5ほどしかなく、かつ国土のほとんどは山岳地帯。国土の北半分がカルパチア山脈に連なるタトラ山地となっていて、2,500m級の峰々が林立している。このタトラの岩峰群はさぞ素晴らしいらしく、山ヤの自分らとしては無論そこに興味があるわけであるが、如何せん時季が悪い。10月末にタトラの峰々を越えるのはおそらくかなり厳しく、泣く泣く西から迂回することにした。

さて、自分が中高で地理や歴史を習ったとき、チェコとスロヴァキアはチェコスロヴァキアという一つの連邦国家だった。連邦を解消し分離、独立したのは1993年のこと。自分が学部の4年か大学院の1年のときのことであるが、不思議とリアルタイムのニュースの記憶がまったくない。気付いたときには二つの国になっていた、という感じ。

入国初日の印象では、ハンガリーよりさらに西欧に近くなったように思える。ただし物価はハンガリーよりちょっと安いか?
そして入国初日にしてなんだが、不思議なくらいこれといった特徴がない・・・。
公用語のスロヴァキア語はチェコ語とかなり近い。おそらく方言程度の差しかなかろう。
チェコ語で「こんにちは」は「ドブリー・デン」(スロヴァキア語ではちょっと発音が異なるみたい)。これはウクライナ語とまったく一緒だから面白い。

Štúrovoから509号で北西に向かう。
車はさすがにシュコダが多い。
チェコのシュコダやスペインのセアトといったメーカは日本では馴染みがないが、ヨーロッパや中東、中南米諸国といったところでは少なからぬシェアを占めていて、けっこう目にする。
話が脱線するが、逆にほとんど目にすることがないのがアメ車だ。これらの地ではフォード以外はまず目にしないと言っていい。フォードの場合は欧州フォードであろうから、実質的には欧州車と言って差し支えないと思う。
特に影が薄いのがGMとクライスラー。一歩本国の外に出ると悲しいくらい影が薄い。本国の内と外でこれだけ受け入れられ方に差のあるメーカというのも珍しい。
それでもまだシボレーはメキシコや中米あたりでポツポツ目にしたが、大半はオペルやデーウ、スズキといったメーカのOEM・・・こうなってくると、ブランドとして存在する意味が果たしてあるのか?とさえ思えてくる。
昔から不思議なのだ。飛行機を作らせたらあんなに機能的でカッコイイものを作るのに、どうして車だけこうなっちゃうのかと・・・。
自転車だって欧州車を凌駕するようなものを作れるのに、何故車だけこうなっちゃうのかと・・・。実際アメリカン・ブランドの自転車はヨーロッパでもたくさん走っている。
車だけどうしてグローバルな価値観からズレてしまうのか・・・実に不思議だ。

509号を走っている途中、Gbelceの町で井戸を見つけ水を汲もうとした。キコキコ動かすと水が出るには出たが、茶色く濁っている。しばらく出していればきれいになるかと粘っていたら、近所に住むおっちゃんが家から見えたのか井戸のところにやって来て、「こいつは使えない」と教えてくれた。
自宅の水をくれると言うのでありがたくいただくことに。おっちゃんは、ありがたいことに一緒にリンゴもいっぱいくれた。本当にありがたいことです。

スロヴァキアに入国以来、道路標識を見るたび疑問に思っていることがある。
町の名が必ず二通り書かれている。地図にも同様に町の名が二通り表示されている。
例えば「Gbelce」なら上段に「Gbelce」、下段に「Köbölkút」といった風に。
上段のものはもちろんスロヴァキア語の地名であろうが、果たして下段の地名は何を意味しているのか?謎である。
もしかしてチェコスロバキア時代は地名が違っていたのか?チェコでの呼称を付記しているのか?(この謎は翌日解明した)

509号は、幹線ではないのだが予想以上に大きな道だった。畑の中をズドンと道が通っている。走っていて楽しくないし、横を車が猛スピードで追い越していくから危険。
そして何より困ったのはテン場が見当たらないこと。どこまで行っても道の両側は畑・・・テン場がまったくない。
Pribetaを過ぎてしばらくの、Dvory方面行きの道(511号)が分岐したところで509号に見切りをつけ、511号に入ってみた。511号はしばらく森の中を走っていて、枝道が現れたところでダートの枝道に入り、雑木林の中にようやく幕営。
ハンガリーより北にあるスロヴァキアの方が暖かいのか、このあたりはまだ木々の葉が青々としている。

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いざスロヴァキアへ                     エステルゴムの大聖堂

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小ぢんまりしてて感じのいいエステルゴムの町    スロヴァキア突入

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橋の上から見るエステルゴムの大聖堂         道路の周りはずっと畑

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雑木林の中・・・木々の葉がまだ青々としている
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