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丘の国から平原の国へ

2011/10/10 月
始:10:00 ~ 終:16:20 走行:56km
~ Dolea ~ Satu Barbă ~ Margine ~ Abram ~ Marghita ~ Petreu ~ Olosig ~ Săcueni ~ 国境 ~ Létavértes

久々に青空が戻ってきた!
林の外でテントを日にかざしカラカラに乾かしてから出発。
5kmも走ると周りの丘が低くなって急に視界が開けた。地形的にはもうハンガリー平原の一部だ。道のアップ・ダウンもなくなった。
引き続き19Bを走ってMarghitaへ。国境手前にある最後の大きな町だが、そこはスルーして一路西へ。
その先のPetreuでカフェに寄ってルーマニアのレイをきれいに使い切った。このあたりまで来るともう完全にハンガリー平原に入ったと実感できる。丘はすっかり姿を消し、周りに広い平野が広がっている。

また馬車が増えた。このあたりで馬車を引く馬はこれまでと違ってとにかくデカイ。ラオウの黒王号ばりに体格のいい馬が力強く馬車を引いている。
そしてルーマニアではこれまでも時々見かけることがあったのだけれど、このあたりの人たちの顔立ちはアジア的だ。インドとかインドネシアあたりの人たちに似ている。人によっては地黒の日本人のようにも見える。
第一次大戦で敗戦国となったハンガリー(オーストリア・ハンガリー帝国)は敗戦によって広大な領土を失い、その時に膨大な数のマジャール人が国外に取り残された。
この地に住むアジア系の顔立ちのこの人たちはそのマジャール人たちの子孫=アジア系遊牧騎馬民族の末裔たちではあるまいかとふと思ったりした。

Săcueniで道が19Dに変わると、残り20km足らずで国境だ。
100m置きに道標があり、それを見ながら平原の中を気持ちよく走っていると唐突に国境が現れた。
EU圏のこれまでの国境のように何もないかと思っていたら、ここのイミグレはしっかり機能していた。
係官にパスポートを預け30分ほど待たされる。待たされるとなんかドキドキする。まさかシェンゲン協定絡みで面倒なことになったりしないだろうな・・・。
時間はかかったけど特に何事もなくOK。ルーマニアの出国印もハンガリーの入国印もしっかり押していた。やはりルーマニア入国のときスタンプをもらっておいてよかったんじゃないのか・・・?

晴れてハンガリー入国。時差が一時間あるので時計を一時間戻す。西欧と同じ時間帯だ。
国境を越えた途端、道が見違えるようにきれいになった。自転車道まで現れてビックリ。すごいな、ハンガリー。
お金も地図もないのでとりあえず最寄の町まで来た道をまっすぐ走り、Létavértesに入った。
ハンガリーの人たちもちょっとおせっかいなくらいに親切だった。あるおっちゃんは、ATMを探していたら「こっちだ、こっちだ」と言ってある店に連れて行ってくれた。一寸そこにATMがあるのかなと思ったらそうではなく、そこには中国人の店員がいた。おそらくおっちゃんは言葉がわかるだろうと思ってつれて来てくれたのだと思う。
ちなみにハンガリー語はウラル・アルタイ語族に属する言語。スラブ系の言語ともラテン系の言語ともまるで類似点がなくなってしまい完全に猿の惑星状態。文字はラテン文字を使っている。

別のおっちゃんにどこに行くのか聞かれ(たぶん)、とりあえずブダペストと答えると、「それならこの道をずーっとずーっとまっすぐだ」と親切に教えてくれた。
が、その前にお金、お金・・・。教えてくれた銀行のATMはマスターしか使えなかったので別のところを探してうろちょろしていると、またそのおっちゃんと遭遇。
自分らを呼び止め、「そっちじゃねぇ。ブダペストは向こうの道をずーっとずーっとまっすぐだ」と声を大にして教えてくれるおっちゃん。
いや、それはわかってるんですけど・・・。

別の銀行で無事下ろせたハンガリーの通貨はフォリント(Ft)。レートは1E=220Ftといったところ。久々にお金の単位が大きくなった。
隣のスーパーで即買い出し。物が格段に増えた。もはや西欧と何も変わらない。物があるというのは単純にありがたくはある。
いろいろ聞いて回ったが結局地図は見当たらず、今日のところは諦めてテン場を探すことに。
水は途中の井戸で汲ませてもらった。井戸と言ってもハンガリーのは手汲みではなく、水道栓になっていてレバーを押すと水がドボドボ出てくる。
ちなみに、5Lとか10Lの水は売ってないから、ハンガリーでは井戸水や水道水を普通に飲んでいるはず。

Létavértesをまだ出ないうちに森の中に格好のテン場を発見し、幕営。
ハンガリーに入ってすべてが整然とした観がある。町も畑も森も、どこか整然としている。馬車も見かけなくなった。
完全に西欧化している、と言っていいと思う。もはやこの国に隣国のウクライナやルーマニアのような素朴さは残っていないのかもしれない。
それでも、このどこかゆる~い空気はなんとも居心地がいい。

ハンガリーという国には興味があった。
ハンガリー人の祖先は、アジア系の遊牧騎馬民族であるマジャール人だ。ハンガリー人は自らのことをマジャール人と呼んでいるし、ハンガリー語の国名もマジャールである。言わばハンガリーというのは他人が勝手につけた名称に過ぎない。
マジャール人が東のウラル山中にいたのは紀元前であるらしいが、ハンガリー平原に現れるのは9世紀末のこと。4~5世紀にハンガリー平原を拠点にヨーロッパ中に猛威を振るったフン族(匈奴)の数世紀後のことであり、厳密にはフン族と異なるのだけれど、国名のハンガリー(HUNGARY:英名)のHUNは明らかにフン族から来ている。もっとも英語読みでは「ハン」となってしまって身も蓋もないが、ヨーロッパ大陸の多くの言語ではきちんと「フン」と発音している、「フンガリア」のように。「フン族の国」ということだ、厳密に言うと違うのだけれど。
マジャール人がハンガリー平原に入ったとき既にその地にはスラブ系の農民たちがいたはずで、やがて混血し、混血したまま独自の国家を築いたのがハンガリーという国である。
混血のため容貌は見事なまでに白人化してしまって今のハンガリー人の顔立ちからはアジアを連想しにくいが、名前の前に名字が来たりするところにその面影が残っている。赤ちゃんの尻にも蒙古斑があるらしい。
言語的にもハンガリー語はウラル・アルタイ語族に属する。ウラル・アルタイ語族の代表的な言語はモンゴル語であるから(もちろん日本語もその仲間に入る)、言語的にもアジア的である。
ハンガリーという国がアジア系でありながらヨーロッパの一国として15世紀には中欧の大国にまで成りえたのは、早期にカトリックに帰依し、言語以外ローマ教会の持つ文明のほとんどを受容したためであろう、というのは司馬遼太郎の談。
このあたりのことは「草原の記」の中で触れられているので、興味のある方はぜひ一読されることをオススメする。

「草原の記」の冒頭で述べられている匈奴についての記述は、自分にとって目から鱗だった。
「匈奴」というのは字面からして非常に悪い印象を受ける。なんかもう字面を見ているだけで極悪人のように思えてしまう。
北方に住んでいた彼らはときに南方に侵出して農業帝国の穀物を強奪した、それを防ぐために築かれたのが万里の長城である、と中高の歴史でも習うはずだ。
が、事実は逆なのではないか・・・と「草原の記」の中で述べられている。
以下抜粋
「むしろしばしば農民のほうが草原への侵略者だったのではないか。かれらは人口増加のあげく、つねに処女地をもとめ、匈奴の地である草原によろばい出て、鍬をうちこむ。遊牧民は、草原の土を掘ることを極度に嫌がった。<中略>ひとたび表土が吹きとばされれば、二度と草原はもどらないのである。」
「「掘るな」ということを匈奴や、その後のモンゴル人たちはおそらく言いつづけたはずであった。が、農業帝国の記録のなかでかれらの言い分が書かれたことはない。」

このくだりを読んだときは目から鱗だったなぁ・・・。ずっともやもやしていたものがスーッと晴れた気がした。
今の世界も同じようなものかもしれない。自分も含め多くの人々は、常に大国の立場で、大国のフィルターを通した世界しか見ていないのだと思う。

夜は深々と冷え込み、月が寒々しく見えた。

(ルーマニアの田舎道を走っていたときのこと。放し飼いにされていた大きな犬が、私たちに向かって吠えながら突進してきた。こういうことはよくある。どうして犬は自転車に向かってあんなに吠えるのだろう???このときも気にせずのんびり走っていたら、このバカ犬はなんと私に飛び掛ってきた!バカ犬の歯がカッパに引っ掛かって「ビリッ」と破ける音がした。飼い主が制止していたけど、全く聞かない。結構大きな犬だったから転びそうになった。飼い主に文句言えばよかったけど、その時は逃げるので精一杯だ。私は犬が大好きなのに、その後はしばらく犬がちょっと怖くなってしまった。 マユミ)

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丘の国から平原の国へ                  また馬車が増えた

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このあたりの馬はガタイがいい              馬車だらけ・・・

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いつしか丘は消え去り周りは平原に          そして馬車だらけ・・・

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これでもか!                        まだいるか!この日は天気がいいのでたくさん写真を撮った

IMGP7465_サイズ変更 ハンガリーにも井戸があった ポンプ式_サイズ変更
そしてハンガリー突入                   ハンガリーの井戸

10/10の野営地 道路脇の森の中_サイズ変更
初日の晩は快適な森の中
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