FC2ブログ

丘の国モルドバ その1

2011/9/24 土
始:9:20 ~ 終:17:20 走行:47km
~ Ямпіль ~ Coşăuţi ~ Soroca

朝起きると薄曇りで肌寒い。夜中にパラッとだけ雨が降った。
早朝から牛を追った人たちがテン場の近くにやって来た。

Ямпільを目指して南下する。
ダートの道は3kmも走るとガッタガタの舗装路になった。シャカリキに漕げないのでとにかく寒い。
途中に分岐があって自転車を止めて立ち往生していると、後ろから来たバスがわざわざ止まってくれて、「Ямпільはこっちだ」と親切に教えてくれた。
最後の最後までウクライナの人たちの優しさには頭が下がる。

ドニエストル川に向かって延々と下ったところがЯмпільだった。
このあたりはドニエストル川がモルドバとの国境になっている。が、モルドバに関する道路標識がまるでない。
Ямпільから本当に越境できるのか?ちょっと心配になる。

道を聞き聞きドニエストル川の川岸に出る。地図ではいかにも道路が繋がっているように見えるが、どうやら橋はないらしい。渡し舟も見えない。
イミグレと思しき小屋が見えたので行ってみたが、閉まっていた・・・。嫌な予感・・・。
川で釣りをしていたおっちゃんに聞いてみると、どうやらイミグレはちょっと下流に引っ越したらしい。とりあえず一安心。
途中で道が川から離れるので歩いていたおばちゃんに確認すると、どうやらあっているらしいのだが、話し始めたらおばちゃんの話が止まらなくなった。
もちろんおばちゃんの言っていることはまったく理解できないのだけれど、それでも楽しそうに話してくれるのでなんだかこっちまで楽しい気分になってくる。

おばちゃんと別れてからイミグレはすぐだった。どうやら渡し舟でモルドバへ渡るらしい。
イミグレの係官もとてもフレンドリー。出国印をもらって渡し舟へ。
乗っているのは自分らと同じタイミングでやって来たブルガリア・ナンバーの車以外は全員徒歩のモルドバ人。
ラテンの血が入っているからかとにかく陽気。ちなみに、ラテンの血が入ったのはローマ帝国の頃の話。

第二次大戦後はソ連邦の一部となっていたが、モルドバは本来民族的にも言語的にもルーマニアに極めて近い。
公用語のモルドバ語はルーマニア語と一方言程度の違いしかない。
ルーマニア語≒モルドバ語はラテン文字を使っていて、響きもどことなくイタリア語やスペイン語といったラテン系の言葉に近い。ウクライナ語やロシア語に比べれば、まだなんとなく言っていることがわかるような気がする。

舟が出るまでの間、乗客のモルドバ人たちと楽しくおしゃべり。
ビスケットを分けてくれたり、最初に声をかけてくれた夫婦と母親の三人組(マルガリータ、アウリカ、アレッグ)など「泊めてあげるから電話して」と電話番号まで教えてくれた。
三人は奇遇にも自分らが通る予定のDrochiaという町に住んでいた。明日Drochiaに着いたら必ず電話しよう。

渡し舟は30分ほどすると出た。
一寸タダかと思ったらタダではなかったのであるが(当たり前か・・・)、なんと三人が自分らの分まで払ってくれた。
ウクライナ人同様とても優しいモルドバ人。いきなり好印象。
支払いはモルドバのお金じゃないとダメみたいだったので助かった。ちなみに運賃は二人+自転車で25MDLだったようである。
モルドバの通貨はレイ(MDL)、レートは1E=16MDLくらいである。

10分ほどで対岸に着く。
渡し場からすぐのところにイミグレの小屋があった。
舟で渡る人しか利用しない、実にのどかなイミグレ。一応形だけ荷物検査があった。
ソ連時代の名残りでロシア語が幅を利かせている。
イミグレでも「ロシア語話せる?」と聞かれた。残念ながら二言三言知っているだけなので、片言の英語で対応してもらう。
入国スタンプはすぐに押してくれたのであるが、ちょっと不安に思っていることがあった。
ルーマニアに越境する際に通ろうと思っている国境には地図の上ではチェック・ポイントがない。
果たしてそこからルーマニアへ越境できるのか、係官に聞いてみたら、親切にどこかに電話して確認してくれた。どうやら通れるらしい。
確認してもらうのに思いのほか時間を要し、後ろで待っていたモルドバ人のおっちゃんに申し訳なかった。

さて、何はともあれモルドバのお金を手に入れないと・・・。
ウクライナのお金が少々余っていて、場合によっては両替えで済むかと思っていたが、両替えなどできそうなところはまずなさそう。
国境の町であるCoşăuţiは小さな町でATMもないから、ひとまず最寄の大きな町であるSorocaを目指す。

ドニエストル川沿いにあるCoşăuţiからいきなり激坂を上り、M2を南下する。
天気は午後から回復して快晴。
着いたSorocaは激坂の上り下りが大変な町だった。ひとまず市街へ。
ATMでお金を下ろし、ミニマーケットで食料の買い出し。ヨーロッパ最貧国と言われるモルドバであるが、Sorocaの町にはそこそこ物が溢れていた。
物価はウクライナと同じくらいかむしろ安い。タバコも安いからスモーカーには大助かり。

人がとにかく陽気で、道行く人たちがしきりに声をかけてくれる。
水はウクライナ同様そこかしこに共用の井戸があり、どこでも汲ませてもらえる。
モルドバは起伏に富んだ国で、平らなところがほとんどない。険しい山ではなくなだらかな丘がどこまでも広がっている。まさに丘の国。

Sorocaを出てすぐに見つかるだろうと思っていたテン場探しが難航した。
時間もいい時間になってきて結局、トウモロコシ畑の間にあった草地に幕営。
テントの近くを農作業を終えた人たちが馬車で通りかかる。テントの中から手を振ると、どの人も皆溢れんばかりの笑顔で手を振り返してくれる。
ウクライナに続いてのどかで温かな国。

24IMGP6928_サイズ変更 24IMGP6946_サイズ変更
朝も高台に牛たちがやってきた             イミグレを抜けると渡し場

24渡し舟の上でマルガリータたちと会った_サイズ変更
ドニエストル川を渡す舟の上

24マルガリータ、アウリカ、アレッグ_サイズ変更
そこでマルガリータたちと会った

24P1110504_サイズ変更 24P1110505_サイズ変更
のどかな渡しの風景                    10分ほどでモルドバ側に着く

24P1110510_サイズ変更 24P1110515_サイズ変更
トウモロコシ畑の間にあった草地             夕日がなかなかきれいだった
関連記事
スポンサーサイト



Comment 0

There are no comments yet.

Leave a comment