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肥沃な穀倉ウクライナはこの世の楽園 その1 オクサーナと愉快な仲間たち

2011/9/12 月
始:8:40 ~ 終:17:10 走行:54km
Turka ~ Dubienka ~ Zagórnik ~ Matcze ~ Horodło ~ Zosin ~ 国境 ~ Устилуг ~ Володимир-Волинськии

今日も快晴!朝から暑い。早朝に釣り人がやって来てゴムボートで出撃して行った。
このあたりの蚊は、日暮れ時にはあんなにいるのに、夜とか朝にはどこかへ消えてしまうから不思議。おそらく気温が下がると動けなくなるのだと思う。

今日はテントを乾かしてから出発。一路ウクライナを目指す!ところだったのだけれど、30分ほど走るとドーズの後輪がいきなりパンク・・・えらい勢いで空気が抜けた。
無敵のマラソン・プラスを履いているのだから、もちろんリム打ちによるパンク。穴は一ヶ所、大きなやつが開いていた。チューブを交換し、この機会にリム・フラップも交換。
気を取り直して再スタート。
途中のDubienkaで水を買い足し。町の広場にまたもT34がドーンと置かれていた。一応ソ連軍によって解放されたということか・・・。

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パンク修理中の図                     気を取り直してウクライナ国境を目指す

ひたすら国境のBug川沿いに南下し、816号を終点まで走ったところで74号と合流。東側がすぐウクライナの国境になっている。
このZosinの国境は、8t以上のトラックが通行不可になっていた。昨日12号にトラックの長蛇の列ができていたのはそのためか。
国境には乗用車の列ができていた。よく見るとすべてウクライナのナンバー。ポーランド・ナンバーの車は横をすり抜けて隣のゲートから入っている。
自転車も前に行っちゃって大丈夫だとウクライナのおっちゃんが教えてくれたので、ポーランドの車の列へ。
久々の国境越えだぁ・・・自分らの番が来てパスポートを差し出すと、即座にポーランドの出国スタンプを押してくれた。が、問題があるという話・・・。
何故だか知らないが、国境の橋を自転車では渡れないから車に乗せると言う。もちろん道路が自動車専用道ということはないのだが、そういうことらしい。
係官が交渉してくれて、これからウクライナへ戻る夫婦のバンに乗せてもらえることになった。
夫婦の名前はサーシャとナタリー。
自転車を二台荷室に担ぎ上げ、自分は荷室、マユミはナタリーの隣に乗せてもらって国境の橋を渡る。
時差が1時間あり、時計を1時間進める。

橋の先のウクライナの入国手続きがけっこう時間を要している様子。
待ち時間の間、サーシャとナタリーにウクライナ語をちょっと教わる。ウクライナ語で「こんにちは」は「ドブリー・デン」。ポーランド語では「ジェイン・ドブレ」だから、比較的近い。
ようやくサーシャの車の番が来て、四人でイミグレへ。
係官にどこへ行くのか聞かれる・・・おぉぉそうだった、そうだった、イミグレではそんなこと聞かれるんだった。ルートも何も決まっていなかったから、咄嗟にキエフと答える。
「宿は決まっているの?」・・・おぉぉそうだった、そうだった、そんなことも聞かれるんだった。正直に決まっていないと答えると、入国スタンプを押してくれた。

イミグレの先にあるゲートの外までサーシャの車に乗せてもらって、そこでお別れ。ジャークユ(ありがとう)!
越境に一時間半ほどかかった。
おぉぉウクライナ!文字がキリル文字になってまったく読めない・・・。

国境に車の列ができていた割りに、ウクライナに入った途端パタッと車がいなくなった。
幸運にも国境の町УстилугにATMがあったので、とりあえずウクライナのお金を下ろす。ウクライナの通貨はゲリブナ(UAH)で、レートは1E=11.4UAHといったところ。
雰囲気がヨーロッパからガラリと変わった。独立して20年になるはずだけど、未だに西欧の影響はほとんど受けていないように見える。
素朴で明るくフレンドリーなウクライナ人・・・どこかブラジル人に通ずるものがある。
それにしても目立つなぁ、自分ら。アジア系というだけで珍しいのに、自転車なんぞに乗っているものだから余計に目立つ。
あちこちで声をかけられまくる。標識の前で読めないキリル文字と格闘などしていようものなら、「どこに行きたいの?」と即座に声がかかる。

とりあえず国境から伸びる幹線を走って、Володимир-Волинськииという大きな町まで移動。
ここで食料と水の買い出し。スーパーの類はなく、いかにも旧社会主義的な対面販売の商店がとても新鮮に映る。新鮮だけど、手にとって商品を見られないからちょっと面倒。物も圧倒的に減った。

買いだしを終えて走り始めるとすぐ、道に迷った。と言うか、走ろうと思っていた道なのか今ひとつ確信が持てない。
ちょうど川岸にいいテン場があったので、今日はここでいいか・・・ってことですぐに偵察。
町の人たちがよく水浴びに来る場所のようである。仕事帰り風の人が自転車で乗りつけておもむろに水浴びしたりしている。
ここにヴィタリクとヴィクトルがいた。二人で漫才でもやっているかのような妙に明るいおっちゃん二人で、自分らがここでキャンプすることを知ると、しきりに何かを言ってくれている。が、一言もわからん・・・。「こんなところに泊まらずうちに来い」みたいなことを言ってくれてるような気がするが・・・。
「今晩はここでキャンプするよ」と言い張ると、しばらくして二人は帰って行った。ホント、ブラジル人に通ずるものがあるなぁ・・・このホスピタリティーの高さは。

幕営してテントの中で寛いでいると、次から次に水浴びの人たちがやって来る。
その中に近所の小さな女の子二人組がいて、自分らに興味津々。テントから離れなくなってしまって困ってしまった。
夕食の支度もできず困っていると、見た顔のおっちゃんが水浴びをしている。ヴィタリクだ。おそらく自分らのことが心配で、わざわざ様子を見に戻ってきてくれたのだと思う。
「テントをたたんでうちに来い」と言ってくれている(たぶん)。
今さらテントをたたむのも面倒だが、女の子が離れず困っていたところだし、お言葉に甘えることにした。急いでテントを撤収し、自転車に荷物を積む。
やはり水浴びに来ていたおっちゃんにヴィタリクが、「お前がこの子らを家に送っていけ」(すべて想像)と言うと、女の子たちも素直に従ってそのおっちゃんについて家に帰った。

ヴィタリクの自転車に先導されて町に戻る。相変らず自分らは注目の的。
着いたところは感じのいい素敵な一軒のお家。ヴィタリクがその家に入っていくと、すぐに一人の女性が迎えに出てきてくれた。彼女の名前はオクサーナ。
家には他に19歳の女の子マーシャと、16歳の男の子ボグダンがいた。
普通ならこの状況は・・・ヴィタリクが家に帰って奥さんのオクサーナが夕食の準備中、二人の子供が手伝いをしているところ、と見て間違いないと思う。が、後でわかったのだけれど、どうやらオクサーナが奥さんというわけではないし、マーシャとボグダンがどちらかの子というわけでもない。
なんとも不思議な人間関係・・・でも温かい人たち。

オクサーナが夕食の準備をしている間に、お湯で体を流させてもらった。(オクサーナが電話した英語の話せる友人の話によると)ウクライナでは夏の間シャワーの温水が出ないらしいのだが、わざわざ大きな鍋にお湯を沸かしてくれた。
マーシャとボグダンはどこかへ出かけてしまい、夕食はオクサーナとヴィタリク、自分らの四人でいただいた。
オクサーナの料理はべらぼうに旨かった!
そして二人とも酒の強いこと・・・乾杯してはグラスのウォッカを一気に空け、後から炭酸水を流し込む。なんでそんな飲み方をするのか知らないが、じっくりだらだら飲み続ける日本の飲み方とはまったく違っていて、一気に飲んで早めに上がる、そんな感じ。
ちなみに、オクサーナたちは「Sake」という日本語を知っていて(と言うより日常的にウォッカのことをサケと呼んでいる節がある)、乾杯のたびに「サケー!」「サケー!」と叫んでいた。

オクサーナとヴィタリクも息の合った漫才コンビのようである。二人とも底抜けに明るい。
あぁぁ少しでもウクライナ語がわかればなぁ・・・言葉がまったく通じないので全身を使って、そして紙に絵を描きながら会話する。それでも不思議と話が通じて打ち解けてゆく。
ちなみに、自分らが幕営しようとしていた川原のあたりには時々頭のおかしな人が現れるということであったらしい。(二人とも絵が上手すぎて、どういった類の人なのかはまったくわからなかったけれど・・・)
それで心配したヴィタリクが言葉も通じない小汚い外国人を家に連れてきたというわけなのだけれど、果たして同じことが日本にいるとき自分らにできるだろうか???

そのうちにマーシャとボグダンが帰ってきた。学校の先生をしているというマーシャはちょっとだけ英語を話せるのだが、またすぐ出かけてしまったので、ボグダンにキリル文字を教わる。
この発音は・・・長年日本語だけに慣れ親しんできた日本人にはとても無理だな。
ちなみにウクライナの人たちは、同じようにキリル文字を使っているブルガリア語、そしてキリル文字ではないけどルーマニア語は、似ていてなんとなくわかるらしい。

酒を飲んだりお茶をいただいたり、スモーカーのオクサーナと一緒に庭でタバコを吸ったりしながらすっかり楽しい時間を過ごさせてもらった。
今晩は即席で準備してくれた書斎のソファ・ベッドで快適に休ませてもらった。
夜更かしもテント以外で寝るのも実に久しぶり。

12ポーランド側の国境ゲート_サイズ変更 12車に乗せてくれたサーシャとナターリャ_サイズ変更
ポーランド側国境ゲート                 車に乗せてくれたサーシャ(右)とナタリー(左)

12無事にウクライナへ サーシャの車から自転車を降ろしたところ_サイズ変更 12ウクライナ突入_サイズ変更
ゲートの先まで乗せてもらった・・・ジャークユ!   ウクライナ突入

12川に水浴びに来ていたヴィタリクとヴィクトル_サイズ変更
水浴びに来ていたヴィタリク(右)とヴィクトル(左)に会う

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アヒル隊長もいる川で・・・                水浴びをする女の子二人・・・

12テントから離れなくて困った_サイズ変更 12IMGP6619_サイズ変更
テントから離れなくなってしまった           テントを撤収してヴィタリクの(と思っていた)家へ

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オクサーナの写真がこんなブレたのしかなかった・・・すまん、オクサーナ

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オクサーナの作ってくれた夕飯・・・激ウマ!

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マーシャ(左)とボグダン(右)

2011/9/13 火
始:12:10 ~ 終:16:10 走行:44km
Володимир ~ Волинськии ~ Павлівка ~ Горохівの手前

朝はのんびり寝させてもらった。今日も雲ひとつない快晴!
9:00前に起きると、オクサーナとマーシャが朝食の準備中だった。朝食ができるまで素敵な広い庭をぶらぶらさせてもらう。庭で野菜や果物をいろいろ作っていて、ぶどうや洋ナシももぎってそのまま食べられる。

四人で朝食をいただく。朝食もべらぼうに旨かった!
ボグダンは学校へ行ったらしい。「ヴィタリクは仕事?」とマーシャに聞いたら、「家に帰った」と・・・。ここはヴィタリクの家じゃなかったのか!
完全に家の主のようにリラックスして勝手気ままにやっていたから、結婚していないというだけでてっきりここに住んでいるのかと・・・。
ますますここの人たちの人間関係がよくわからなくなった。ここはオクサーナの家であるらしい。
オクサーナのことはフレンドだとマーシャは言っていた。が、40歳のオクサーナと19歳のマーシャが友達というのもちょっと不自然。おそらくオクサーナの親戚か友人の子なんだろうな、ボグダンと姉弟二人ここに住んでいるわけだから・・・。

しばらくするとヴィタリクとヴィクトルが酒を持って自転車でやって来た。
朝から「サケー!」と楽しそうに飲み始める三人。グラスのウォッカを一気に空け、炭酸水を流し込む。
この三人は友人なのだと思うのだけれど、本当に仲がよくて、見てるとさしずめ息の合った漫才トリオ・・・。「トリオ・ザ・ウクライニィ」と勝手に命名させてもらおう。
11:00前にマーシャも学校に出かけた。
その後もしばらく皆で談笑。居心地よすぎてだんだん去り難くなってくる。

すっかり長居させてもらったが、昼過ぎにオクサーナの家を後にした。
出掛けに、オクサーナは水のほか持ちきれないほどのぶどうと洋ナシを持たせてくれた。
お返しできるようなものを自分らは何も持っておらず、せめてもと折り鶴を渡したら、逆にオクサーナはヴァイオリンを弾く天使の置物をくれた。自分がヴァイオリンを弾くということで記念にと・・・。
一晩泊めてもらっただけなのに、別れるのが妙に辛い。

自分らの行き先を聞くと、ヴィタリクが道の分岐のところまで自転車で送ってくれると言う。
家の外でいつまでも見送ってくれているオクサーナとヴィクトルに見えなくなるまで手を振って、目的の道が分岐するところまでヴィタリクに先導してもらった。
オクサーナの家の住所は聞いたから、日本に帰ったら必ず手紙を書こう。この人たちのことは一生忘れまい。

ヴィタリクにお礼を言って別れ、目的の道を南へ向かう。
道の状態が少々心配で幹線で大回りしようか迷っていたのだが、「小さな村を抜けて走った方がきれいよ」(すべて想像)というオクサーナの助言に従って当初の予定通り細い道を走ることにした。
ちなみに、昨日ヴィタリクたちと会う前に走りかけた道とはやはり違っていた・・・。

素晴らしい・・・。
見渡す限りどこまでも畑が広がっている。緩く起伏しながらどこまでも続く畑の緑と空の青。
そして素朴で人懐っこいウクライナの人たち。どこかこの世の楽園のようなところだ。
畑の広大さはちょっと今まで見たことないくらいのスケール。
自分が中高で地理や歴史を習った頃、ここはまだソ連の一部だった。ウクライナ=ソ連の穀倉地帯と習ったことを覚えているけど、まさにその通りだったろう。ここは世界でも有数の穀倉地帯であるに違いない。
ものすごく広大な畑なんだけど、農作業には今でもけっこう馬を使っていたりする。馬車がパカパカと道をのんびり走ってきたりする。
車はほとんど見かけない。(ちなみに車は旧ソ連というかロシア製のLADAが圧倒的に多い)
たぶん楽園というのはこういうところを言うのだろう。

他にウクライナといえばどんなことを連想されるだろうか。
美人大国?これは間違いない。噂にたがわぬ美人大国である。
それからチェルノブイリのことだろうか、旧ソ連時代の負の遺産の。
ちなみに、チェルノブイリの町は首都キエフの北、ベラルーシとの国境近くにある。

さて、道の周りは延々と畑だけれど、時々地図にはない小さな湖があってそこに幕営できそうである。
Горохівの10kmほど手前のところに感じのいい小さな湖を見つけ、ちょっと早いけど幕営することに。
付近を偵察していたら、またも自転車に乗った少年二人に見つかってしまった。早く帰らねぇかなぁと思いつつ適当に相手をしていると、30分ほどしてもう一人、三角乗りの自転車で現れた。
最初は新手が来たかと思ったが、どうやら二人を呼びに来たらしい。三人揃って帰って行った。
その隙に、湖畔の小さな柳の木陰に幕営した。

いい国だな、ウクライナ。
ちなみにこの時季のウクライナはまだ暖かい。気持ちのいいそよ風が吹いていて実に爽快。
日差しは強烈だけど暑すぎず、カラッとしていて気持ちいい。時季的にちょうどよい頃なのかもしれない。

日暮れ時、先ほどの少年の一人がテントの近くまでやって来て夕焼けを眺めていた。
なかなか粋なことをするじゃないか(生意気にタバコ吸ってるけど・・・)。一緒に座ってしばし夕焼けを眺める。
とても美しい夕焼けだった。

13庭で野菜や果物を収穫_サイズ変更 13次の日の朝食_サイズ変更
庭で野菜と果物を収穫                  朝食も激ウマ!

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朝食後にヴィタリクとヴィクトルが酒を持ってやって来た

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トリオ・ザ・ウクライニィ

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馬車の走るのどかな道                  畑で農作業をする人たち

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時折り馬車を追い越しながら・・・            この世の楽園をゆく

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牛もたくさんいる                      気持ちのいい湖畔に幕営

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日暮れ時に戻ってきた少年と一緒に・・・       しばし美しい夕焼けを眺める
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