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ツール・ド・バルト三国 (エストニア編) その2

2011/8/22 月
始:8:35 ~ 終:18:10 走行:86km
Loksa ~ Suurpea ~ Viinistu ~ Võsu ~ Sagadi ~ Haljala ~ Rakvere

突然だが、エストニアは西欧と1時間時差があったらしい・・・ま、よく考えりゃそうりゃそうか。
それにしても・・・いったいどこから時差があったのだろう。ポーランドは間違いなくドイツと一緒だったから、リトアニアからだろうか・・・。
ま、バスとか列車で移動しているわけではないから、今の自分らにとってはそれほど重要なことではないけれど・・・。

今日は一日雲が多く、ほとんど日が出なかった。幸いにも雨に降られることはなかったが、珍しく湿気があって不快だった。
まずはLoksaからさらに北に走って岬をグルリと一周する。
このあたりの海岸線は岬がポコポコといくつも突き出しているが、Loksaのある岬が最も北に突き出している。つまり、岬の先端まで行くと、エストニアの(島を除いた本土側の)最北端ということになる。

岬の先端まではLoksaから13kmほど。最後にダートの林道を走ると、ひょっこり先端部分に出た。
別段海がきれいなわけでもないし、何か石碑のようなものが立っていたりするわけでもない。来てみたところで特に何も感慨深いものはない場所だった。
すぐ西側に砂地が半島のように突き出していて、厳密に言うとそっちが最北端であるわけなのだけれど、今いるところよりちょっと北なだけだし、まったく惹かれない地形だし、そこまでは自転車で行けないし、アホらしいので行くのを見送った。
今いるところが今回の旅における最北到達地点ということになる。
岬の先端部分は明るい森になっていて、格好のテン場であった。

岬の先端から岬の逆側を走ってRakvereに続く道に出た。
途中にあったVõsuの町は、ごくごく小さな町であるが、ちょっとした観光地のような雰囲気を醸し出していた。
町の手前にキャンプ場があったのだけれど、時間も早かったのでスルーした。(後で考えたらここに泊まっておけばよかった・・・)
数が少ないためか、そのキャンプ場はやたらと混んでいた。

前方の空が暗かったが、幸い雨には降られずRakvereに入った。雨上がりであるらしく、湿度が高くて湿っぽい。
Rakvereは大相撲の大関・把瑠都の生まれ故郷である。
自分ら二人は大相撲の大ファンで、大相撲中継の「エストニア、ラクヴェレ出身・・・」という呼び出しだけを覚えていてなんとなくやって来た。が、ラクヴェレというのは県の名前でもあって、おそらく把瑠都はラクヴェレ県のどこかの出身である。
ラクヴェレに行けば何かわかるんじゃないの?ということだけを頼りに来てみたものの、さすがに把瑠都を匂わせるようなものは町中に何もなかった。

今日はラクヴェレでどこかキャンプ場か安宿に泊まろうと考えていた。
町中にどうやらキャンプ場らしきものはない。安宿の情報をもらおうとインフォメーションを探し当てて行ってみたら、(西欧時間のままの自分らの時計ではまだ16:00過ぎであったわけだが)17:00で閉まっていた。
それでも窓に町の安宿情報が張り出されていたので、一軒のB&Bに狙いをつけ住所をメモ。それにしても・・・高いな、エストニアの宿。ほとんど西欧並みだ。
メモした住所を頼りに郊外に向かった。が、行ってみたら家は留守だった・・・。そこには先ほどインフォメーションで会った、車で旅行中のオランダ人カップルが先に来ていて、どうやら電話をしたらしく満室だと教えてくれた。満室???まったくそうは見えないけどな・・・。いずれにしても家の人がいないのではどうしようもない。
諦めて今日もいつも通り野営することに。

町中のスーパーで買い出しをし、目をつけておいた町中の公園に幕営。
池のある広くてきれいな公園なのだけれど、如何せん人家が近すぎる。町中の野営はいつもドキドキするなぁ・・・。

22IMGP6066_サイズ変更 228/22の野営地 Rakvereの公園_サイズ変更
エストニア最北端(全然パッとしないけど・・・)    把瑠都もビックリ!ラクヴェレの公園

2011/8/23 火
始:8:45 ~ 終:13:00 走行:32km
Rakvere ~ Assamalla ~ Väike-Maarja

昨晩は22:00頃から雨が降り出し、明け方近くまで降り続いた。
朝になっても天気は優れず、今にも雨が降りそうである。が、町中の公園に停滞するわけにもいかず、そそくさと撤収。もちろんフライはびしょびしょのまま。
まずはこの先の安宿の情報をもらうため、インフォメーションに行ってみる。女の子が一人でやっていて、端末で親切にあれこれ調べてくれた。
帰りがけに、その女の子に把瑠都のことを聞いてみた。彼女は日本の相撲のことは一般知識として知っていたが、残念ながら把瑠都のことは知らなかった。

ラクヴェレからは一気に南下する。が、ポーランドを出て以来停滞なしで走り続けているので、だいぶ疲れが溜まってきた。今日はやたらと体が重い。いい加減にシャワーも浴びたい。
途中にキャンプ場があったら近くても今日はそこに泊まろう、という腹積もりで出発。
22号を南下する。今朝はさすがに町中の住宅地にある公園でキジを撃つわけにも行かなかったので、途中のポイント(ただの林)まで我慢して走った。

今走っているところは幸い雨が降っていないが、前も後ろも真っ暗・・・いつ雨が降り出してもおかしくない。
Väike-Maarjaに入ったところで、トレーラーハウスの絵が描かれた看板を発見。ちゃんとあることを期待して、今日はここに泊まることに決定。
まずはミニ・マーケットで買い出し。買い物をしている間に雨となり、しばし木陰で雨宿り。
雨が弱くなってから情報板でGSの場所を確認し、ガソリンを購入。
これで幕営の準備は整った。22号を折れて1.5kmのところにあるらしい宿に向かう。
標示がしっかりしていて実にわかりやすかった。着いた時ちょうどオーナーのおっちゃんが外に出ていて、温かく迎えてくれた。明るく親切なおっちゃんで、英語を話す。
ここまでどうもエストニアの宿とはうまく噛み合わなかったけれど、この宿とは縁があったらしい。キャンプもOKということなので、テントを張らせてもらうことにした。
道から見ただけではわからなかったが、大きな本宅の裏手に広大な草地があった。好きなところにテントを張っていいと言われたが、こう広いと逆に張る場所に迷ってしまう。とりあえず適当な場所に幕営する。
日本人が来るなんてのは初めてのことらしく、テントを設営しているとおっちゃんが写真を撮りに来た。

ここは林間学校みたいなので大勢で泊まりに来る場所なのか、設備がすごかった。
大人数で食事のできるやたらと広い食堂、シャワーは地下にあるのだけれど、同じフロアにジャグジー付きの浴槽、サウナ、そしてプールまである(シャワー以外は別料金)。
ちなみに、テント泊は二人で一泊5E。安い!
宿の水は地下60mから汲み上げているらしく、そのまま飲める。
キッチンには奥さんもいて、近くで採れるらしいキノコが山積みになっていた。

何はともあれシャワー!シャワー!
15日ぶりのシャワーは死ぬほど気持ちよかった。広いし、お湯は熱々だし・・・もちろん全身を二回ずつ洗う。
シャワーの後はひたすら洗濯。他に誰もいなかったのでシャワー室を快く貸してくれた。
洗濯後は、二階がよく乾くと言ってわざわざロープを張って洗濯物を干させてくれた。

洗濯がほぼ終了した頃、やはり自転車で旅しているオランダ人夫婦がおっちゃんに案内されてやって来た。
後で話をしたら二人とも62歳。エピーとロルシェのウィズマン夫妻。
日本を旅立って以来、オランダ人とはよほど縁がある。
それにしてもすごいな、オランダ人は・・・いったいどんだけ自転車好き、そして旅好きなんだ?
ウィズマン夫妻も今回は6週間といっていたが、やはり毎年のようにあちこち自転車で旅している。60歳を過ぎて自転車で国外を旅するこのバイタリティーには脱帽です。

二人ともバイクはヤン・ヤンセンで、エピーの方がトレーラーを引いて走っている。自分らがヤン・ヤンセンを知っていると聞くと、「おぉ・・・ヤン・ヤンセンを知っているのか」と嬉しそうだった。
'68年にツールで初めて勝ったオランダ人であるらしい・・・いや、それは知らんかった。ヤン・ヤンセンの自転車を知っているだけだから・・・。
ヤン・ヤンセンってそういうブランドだったのか・・・素性としてはエディ・メルクスやコッピ、レモンと一緒だ。
ともかくヤン・ヤンセンはエピーのヒーローであるらしく、熱く語っていた。自分にとってのパンちゃんと一緒だ。
ロルシェの方が「バルト三国は貧しい国だわね」と言っていたのも印象的だった。確かにオランダと比べたら相当貧しいわなぁ・・・エストニアはかなりいい線行ってると思うけどね。
オランダ人は会う人会う人皆フレンドリーで印象がいい。

ウィズマン夫妻と楽しくおしゃべりしていると、唐突に雨が降ってきた。シャワーを浴びると言う夫婦と別れてテントに戻る。
雨が強くなって自転車を東屋の下に避難させていたら、宿のおっちゃんがわざわざこっちまでやって来て、「部屋に泊まらないか」と何度も勧めてくれた。
せっかく親切で言ってくれているのに悪い気はしたのだが、テントを張ってしまったことだし、今さら荷物を移動するのも面倒で丁重にお断りした。頑固だと思われたかな・・・。
雨は30分ほどでやんだけれど、せっかく乾きかけた草地がまたびしょびしょに・・・まったく雨は憂鬱だ。

23P1110322_サイズ変更 23管理人のおっちゃんと_サイズ変更
念願のキャンプ場!                    いろいろよくしてくれたロッジのおっちゃん

2011/8/24 水
始:10:15 ~ 終:18:15 走行:100km
Väike-Maarja ~ Jõgeva ~ Kaarepere ~ Tabivere ~ Kärkna

昨晩は暗くなってから濃霧となった。本宅のトイレに行ってテントに戻るとき、広い敷地内で遭難しそうなほどだった。
夜が明けてからも依然として霧が濃い。
朝食後テントを干している間に本宅へ行き、ウィズマン夫妻とおしゃべり。そしてアドレス交換。
二人とも自転車が大好きで、話をした感じだと、各人が最低三台は所有しているな・・・我が家と同じだ。
ヤン・ヤンセンのバイクもじっくり見させてもらった。いかにも丈夫そうで、よくできたバイクだ。やっぱダッチ・ブランドのバイクが一台欲しいなぁ・・・。
二十数年使っているというトレーラーは古いタイプで、リア・ステーに固定するタイプだった。ここにキャンピング・チェアーまで積んで走っている。「私たちの家みたいなものね」と冗談交じりで話していた。
ちなみに、自転車のトレーラーというのは日本ではまずお目にかからないが、オランダやドイツではポピュラーだ。荷物のほかに子供を乗せたり犬を乗せたりしてよく走っている。

二人の出発を見送ってから、自分らもテントを撤収して出発。
宿のおっちゃんも実に親切でいい人だった。マイペースでひょうきんな人だったなぁ・・・。
10:00頃になると青空が広がってきた。ちなみに時間は西欧時間で記述している(エストニア時間は1時間早い)。面倒なので、バルト三国はこのまま西欧時間で乗り切ることにする。

今日は22号、39号とつないでTartu方面へひたすら南下。
Jõgeva以降スーパーがなく、Tartuまで行かないと買い出しできないかなぁと思い始めた矢先、運良くLähteでミニ・マーケットを見つけて買い出しできた。これでどこでも幕営可能。
今日のテン場は、情報板にあったSojamaaのちょっと先のフリーのキャンプ・サイトを考えていた。
エストニアは所謂キャンプ場は少なく、たいてい昨日泊まったようなロッジの敷地内でキャンプもできるといった風であるけれど、代わりにフリーのキャンプ・サイトがけっこうある。もちろん水やシャワーはないけれど、運がよければトイレくらいはある。

情報板の地図を写真に撮って目的のキャンプ・サイトへ行ってみたが、それらしいものはなかった・・・。
ま、こんなことも間々ある。もうすっかり慣れたわ。エストニアの情報板もけっこう当てにならんのだ。
仕方なく来た道を少し戻り、41号に入ってすぐの池の畔の草地に幕営。

24キャンプ場で会ったオランダ人夫婦_サイズ変更
オランダ人バイカーのエピー&ロルシェ

24夫婦の出発を見送る_サイズ変更
ヤン・ヤンセンのバイクで颯爽と出発

24キャンプ場のおっちゃんが見送りに出てきてくれた_サイズ変更 24IMGP6103_サイズ変更
ロッジのおっちゃんに見送られて            今日も快調に走る

24IMGP6106_サイズ変更 24地図の通り行ってみたら何もなかった_サイズ変更
すごい雲・・・                 この先にテント・サイトがあるはずが・・・

248/24の野営地 41号に入ってすぐの池の畔_サイズ変更
結局ちょっと戻って池の畔に幕営

2011/8/25 木
始:9:35 ~ 終:16:45 走行:87km
Kärkna ~ Melliste ~ Mooste ~ Põlva ~ Välmela

今朝も酷い霧だったが8:00頃には消え、その後は快晴となった。
ここから10kmほど南にあるTartuは、昨日の宿のおっちゃんの話だと大学のある学生の町。地図を見るとけっこう大きな町っぽいので迂回する。
39号からすぐ42号に入り、3号をちょっとかすめ、44号、45号とつないでTartuの東を南下する。エストニアの道はどこまでも快適だ。
Moosteで45号を外れ、162号でPõlvaへ。Põlvaで水5Lと食料の買い出し。
Põlvaからは、テン場を探しながら64号をVõruへ向かった。できればVõruに入る前に幕営したい。
64号沿いは疎らに人が住んでいてなかなかテン場が見つからず、なんだかんだで結局、Võruの手前5~6kmのところにあるVälmelaまで来てしまった。
またしても湖の畔にトイレのある草地を見つけ、そこに幕営。
湖岸には簡素な桟橋もあり、近所の人たちが数人、泳いだり日光浴をしたりしに来ていた。安心して幕営できる格好のテン場だ。エストニアでは終始テン場に恵まれた。
明日は再びラトヴィアに入る。エストニアを走れるのもあと少しだ。数年後にまた来てみたいもんだなぁ・・・。

エストニア語でロシアのことはVenäjä、ドイツのことはSaksaと言うらしい。英語やドイツ語とはまったく響きが違っているところが面白い。
ちなみに、エストニア、ラトヴィア、リトアニアの三国で言葉はまったく異なる。食品なんかに書いてあるそれぞれの国の言語を比較してみると、まったく類似性がないと思えるほどの違いがある。

258/25出発の朝_サイズ変更 25IMGP6144_サイズ変更
快晴の下出発                       エストニアよいとこ一度はおいで

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今日も湖畔に幕営

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