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ポーランド横断 その2

2011/7/30 土
始:11:20 ~ 終:16:30 走行:56km
Silnowo ~ Szczecinek ~ Bialy Borの数km先

朝起きると霧雨交じりの天気。昨日までの天気とあまり変わらず、移動か停滞か迷う。どうやら晴天を期待するのは難しいようだ。
とりあえず10:00まで様子を見てみるものの、これ以上変化しそうな気配はない。唯一の客であった隣のトレーラーハウスの一家が去ってしまったこともあり、自分らも移動することに。
管理人代理と思しきおっちゃんに礼を言ってキャンプ場を後にした。
料金は二人三泊で30zł。一人一泊5zł、つまり1.2Eほど。安い!熱々のシャワーも浴びられたし、実に居心地のいいキャンプ場であった。

食料が尽き、朝食もコーヒーと板チョコだけであったためまずはスーパーを目指す。
今日のルート上では10km強先にあるSzczecinekが唯一の大きな町で、そこで二日分の食料を買出し。
ドイツで時々寄っていたのと同じスーパー(NETTO)であるが、品数が著しく減った。安くて美味しいサラミやソーセージが手に入らなくなったのが痛い。パンはドイツパンのようなものは手に入らないのだけれど、けっこういける。
毎度土曜日の買出しは面倒だ。営業時間を見ると、ポーランドでは日曜も開いているようであるが(ドイツでは徹底して閉まっている)、Szczecinekレベルの町でないとスーパー自体がない。

Szczecinekの町からはしばらく車が多かった。行楽地に向かうと思われる車は、どれも自転車を何台も積んでいる。トレーラーを引いている車はドイツなんかに比べると格段に少ないのだけれど、とにかくどの車も自転車は積んでいる。
実際に町中なんかを走っている自転車は少ないけれど、環境も整っているとはお世辞にも言えないけれど、自転車に乗るという環境の下地はあるようだ。
自転車で車道を走っていて日本のように無理な追越をされないのは、こういった環境の賜物であると思う。多くの人はきちんと車線変更をして追い越してくれる。

Bialy Borの手前から雨足が強まり、Bialy Borの町を抜けた先の道路脇の休憩所兼バス停のようなスペースに幕営。
ありがたいことに東屋があり、ロープを張って濡れたものを干すことができた。
明日からもきっとこんな天気だろう。撤収するのがとにかく憂鬱だ。

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道路脇の休憩所兼バス停

2011/7/31 日
始:9:50 ~ 終:15:40 走行:71km
~ Miastko州境 ~ Miastko ~ Bytów ~ Kościerzynaの10kmほど手前

昨晩は雨が降らなかったが、朝は相変らずどんよりした天気。それでも昨日までよりは多少なりとも空が明るい気がする。撤収時に雨が降っていないだけでもありがたい。
それでもテントはびしょ濡れ、おまけに外に干しておいたものもまったく乾かず。昨日と同様憂鬱な出発。

森と、小麦だかライ麦畑の交互に広がる気持ちのよい道。相変らずのアップ・ダウンに少々苦しめられる。空身なら坂のうちに入らないようなものなんだけどなぁ・・・。
MiastkoやBytówといったそれなりの大きさの町にはスーパーがあり、日曜も営業していた。
途中、今にも雨の降り出しそうな真っ黒な雲の下を通過したが、幸運にも今日は降られなかった。Tuchomieの手前まで来ると、時折り青空も見え始めた。それにしても・・・山でもないのにすごい雲だ。
Bytówのスーパーで水5Lと明日の行動食の追加分を買出し。物価が安くて助かるわ。

今日通過してきた村々は、どこも素朴な感じでよかった。これがポーランド本来の姿なのだと思う。ちょっと安心した。
特にBytówは、なだらかな丘に点々と家が建っているところがどことなく伊那谷を思わせる、美しいところだった。のんびりした感じが実によい。

Bytówから18kmほど走った道路脇のパーキングに早めに幕営。明るく平坦な松の森で絶好のテン場である。ポーランドでは、森や林のあるところを走っている限りテン場に困ることはない。
パーキングの前の道はひたすら真っ直ぐで、恐ろしいスピードで車がかっ飛んでいる。いったい時速何キロで走っているんだか・・・。ポーランドも車はみんな飛ばしている。
パーキングに着く手前で、ロールオーバーをしたばかりと見られるBMWが屋根の潰れた状態で道路脇に止まっていた。乗っていた人たちは軽症で済んだみたいだけれど、車は廃車だろう。女の子が泣きべそをかきながらどこかに電話をかけていた。

早めに幕営したのには理由がある。濡れたものを干したかったのと、ドーズの整備のためだ。
今日走り出してすぐ、ドーズのメータが作動しなくなった。メータ本体とマグネットはキャノンデールで試すと作動するからセンサの問題。分解してみたら中に水が溜まっていて、これを拭き取って乾燥させたら作動するようになった。
削れたフロント・キャリアも、これ以上悪化しないように再び応急処置。
サドルの高さとか角度とか、マユミが一丁前に注文をつけるので、これも微調整。
雨が降っていないとテン場に着いてからいろいろできてよろしい。

ドイツやポーランドではけっこうキノコ採りをする。パーキングとか道路脇のちょっとしたスペースに車を置いて長靴に履き替え、かごを持ってキノコ採りに行く。今日幕営したパーキングにもそんなキノコ採りの人たちの車が何台か止まっていた。今頃がちょうどシーズンであるらしい。
キノコと言えば日本では山の幸であるが、このあたりでは山がない故森の幸といったところだ。キノコ採りに森へ行くから日本とちょっと趣が異なる。

731P1110212_サイズ変更 7317/31の野営地 Polcznoの先のP_サイズ変更

2011/8/1 月
始:9:45 ~ 終:17:30 走行:98km
~ Kościerzyna ~ Nw. kerczma ~ Tczew ~ Malbork

パーキングの前を走る20号はひたすら平坦な直線路。路面もきれいだし、こりゃポーランド人でなくともスピードが出ちゃうわな・・・。
横を猛スピードで追い越されるのがちょっと怖いけれど、車で走りやすいということは自転車でも走りやすいということ。自然とスピードが乗る。
こういうところを走っていて思うのだが、日本はクライマーを育む格好の地だよなぁ・・・。練習するところに困らない。そのうちパンちゃんみたいなクライマーが日本から出るといいなぁ・・・。
反面、日本ではスプリンターは育ちにくいだろうな。こういう平坦な道がほとんどないから・・・。
ただし、競輪という素地があるからピストは別だ。中野浩一みたいな怪物を輩出し得る。
中野浩一と言うと、日本ではカツラのCMに出ていたりしてちょっとおちゃらけた雰囲気があるし、競輪にあまりスポーツ性を感じないためにそのすごさが正確に伝わっていないように思われる。
世界選10連覇というのは途轍もない記録だ。もちろん史上例がないし、今後もそんな記録は生まれないだろう。まさに世界の中野なのだ。
逆に自転車先進国のヨーロッパでの方が知名度が高かったりする。ツールに出るようなトップ選手にサインをせがまれるような人なのだ。まだフジテレビでツールの中継をやっていた頃、中野浩一が解説をやっていた。ウルリッヒが勝った年だから'97年、中野が引退してからだいぶ経つけれど、それでもウルリッヒですら中野浩一を知っていた。
「僕は昔ピストの選手だったんだけれど・・・」と中野が話すと、ウルリッヒが「知っています。世界選10連覇ですよねぇ」みたいな話になる。
シャンゼリゼでは、ゴール後に選手たちからサインをせがまれていた。
ロードの世界じゃないけれど、日本にはそんなすごい選手がいたということだ。

Kościerzynaからは20号を離れ、221、224と細い道をつないで東のTczewに向かう。20号はそのままバルト海沿岸のグダンスクへと北上する。グダンスクは歴史のある大都市。
余談だが、グダンスクの北方にドイツの軍艦が予告なしに砲撃を行ったことで二度目の大戦は勃発した。西からドイツの電撃部隊、東からソ連軍が侵攻して激戦地となったところだ。市街地の90%以上が破壊されたと言われている。
列強に周りを囲まれたポーランドは、歴史上何度か地図の上から消えたという悲壮な歴史を持っている。

さて、今日は端から100kmほど離れたマルボルクのキャンプ場を目指している。
Tczewの手前までは快調なペースで来たが、Tczewから先で大ブレーキ。
まず町の手前から、工事中のため道路が通行止めになっていた。224号から車はすべてアウトバーンへと迂回させられていたが、自転車はもちろん走れない。迂回路探しに苦労するかなぁと思っていたら、自転車は工事中の脇を通してくれた。ありがたい。
道路沿いにあったスーパーで食料の買出し。スーパーに寄ったときにアイスを食べるのがここのところの楽しみになっている。ポーランドはあくまでヨーロッパの質の高さで物価が安いのだから嬉しくなる。
Tczewから91号を南下して22号に入る。接続はインターチェンジとなっていて高速道路のよう。
22号は最初石畳だった。石畳の4車線道路というのは初めてだが、まぁ走りにくい。センターラインなんかもないから、どこを走っていいのかもよくわからん。
ひょっとしてマルボルクまでずっとこれか?と思っていたら、数kmで終わって舗装路となった・・・なったのだけれど、アスファルト舗装ではなく小石を混ぜたコンクリートを継いで造った道。継ぎ目だらけで石畳以上に走りにくい。それでもけっこうなスピードで走っている車が多いから、ガタン、ゴトン、ガタン、と道路なのに列車が鉄道を走っているような音がする。
永遠に続くかと思われたこの道も、数km走ると終わってようやくアスファルト舗装になった。が、それと同時に路側帯が消えた・・・。こっちの方が問題だ。
道路が空いていればこれまでのように車線変更して抜いてくれるのであろうが、へたに車が多かったりするからそうしてばかりもいられないらしい。時速100キロ以上で走る車が自転車のすぐ横をかすめる、というのは日本じゃちょっとあり得ないが、これは怖い。特に大型トレーラーに横をかすめられると、命の危険を感じる。
近づいたときのピストン効果で道路の外(たいてい路肩がない)へ飛ばされそうになるし、逆に追い越されたときの負圧で道路の中央側へ吸い寄せられる。大型トレーラーが二台、三台続いてきたときなど本当に危険だ。何かの拍子にちょっとでも接触したらアウト。こんなところを走っていたら命がいくつあっても足りない。
対向車が追い越しのため、正面から猛スピードで自分と同じ車線を走ってくるというのもかなり怖い。こんなタイミングで追越するなよ・・・。
そんなデス・ロードっぷりはマルボルクまで続いた。ここでようやく脱出!交差する55号をちょっと北上してキャンプ場に入った。
マルボルクから先もしばらく22号を走るつもりでいたけれど、もちろん却下。

キャンプ場は、驚いたことにマルボルク城の目と鼻の先にあった。大きなシェパードが二匹いる、明るくて感じの良いキャンプ場。二人で一泊30zł、安いわ。
ここに二泊して、明日は久々に洗濯と観光。

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ひたすらまっすぐな20号

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マルボルク城と                       城の目の前のキャンプ場
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