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ハバナ

2011/3/30 水
10:30のバスでカンクンの空港へ。空港までは30分ほど、運賃は45N$。
チェックインが混むから2時間前じゃなく3時間前に行け、と航空券を買ったときに言われてその通りにした。結果、待ち時間0でチェックイン終了。楽チンだ。
買った航空券にはメキシコの出国税が含まれていないことは了解済みで、カウンターで一人270N$払う。
カンクン空港で驚いたことが二つ。
その1、とにかくモノが高い!
コーヒー一杯がいったいいくらするのよ?バスに乗る前にターミナルでドーナツ買っておいてホントよかったよ。値段など気にせずスーパープレミアムなバーガーキングで食べてる人がうじゃうじゃいるところがリゾート地のカンクンっぽい。
それでもまぁ飲み食いが高いのはまだいいとして、免税品まで高いってのはどういうことよ?試しに免税店でタバコを見てみたら、セントロのコンビニで売ってる値段とまったく変わらなかった・・・。いったいどこがどう免税なんだ???
その2、イミグレがない。
チェックインして早めに搭乗口へ行ったのだが、そう言えばイミグレを通らなかったなぁ・・・。もちろん出国スタンプもない。よく考えたら今までそんなことは一度もなかった。
飛行機が遅れている間に急に不安になりイミグレの場所を聞いて行ってみると、入国の手続きをしている人しかいない感じ。そもそも何でイミグレを通らずに搭乗ゲートまで行けてしまうのか不思議だが、係員を捕まえて聞いてみると、出国スタンプはいらないと言う。
いったん搭乗ゲートに戻るが、ホントにいらないのかよ?と再度不安になり、その場にいた空港職員に聞いてみると、今度は「イミグレに行って押してもらわなきゃダメよ」と言い出す。
やっぱりか!と思ってイミグレに駆け戻るが、途中にいた警備員っぽい人に自信を持っていらないと言われる。
結果的に出国スタンプは不要だったのだけれど、お陰で搭乗間際に右往左往しちゃったよ。何でここでは出国手続きが不要なの?意味がわからん。

クバーナ・エアは遅れることで有名だが、1時間ほどの遅れで搭乗となった。機体の近くまでバスで移動して搭乗。
機体はヤコブレフ製Yak-42D。'80年代に就航して現在も生産中という、恐ろしく息の長い3発機である。実はロシア製の飛行機に乗るのは初めてだ。
一応国際線でもあるわけだが、クバーナ・エアの対応はかなりいい加減。ラゲッジ・ボックスの蓋が閉まっているかの確認はもちろん、シートベルト装着のチェックがなかったのなんて初めてだ。もしかしてベルト装着は任意なのか?酸素マスクとか、緊急時の対処方法についてもノータッチ。そんなものが装備されているのかどうかも知らんけど。
離着陸時に足元から白い煙が出るという噂を聞いていたが、ホントに出た!どうやらドライアイスであるらしい。何かの冷却用に積んでるの???
原因はよくわからないが、足元からモァ~っと白い煙が出てくるのはあまりいい気分ではない。しかも足元がひんやりしてとても寒い。
それでもやはりエンジンのパワーだけはあるね、ロシア製は。電子装備は滅茶苦茶なんだろうけど・・・。

ハバナまではたった1時間のフライト。一応飲み物だけは出た。
入国時のスタンプは、アメリカに入国できなくなるなど旅行者の事情に配慮して、ツーリスト・カードに押してくれる。悲しいかな、パスポートにキューバ出入国の記録は残らない。もっとも頼めばパスポートに押してくれるらしいが・・・。
入国に際し保険云々のことは何も聞かれなかった。確認していたのは制度が始まった当初だけのことだったらしい。
キューバはサマータイム制を採用しており、今の時季はメキシコと2時間の時差がある。時計を2時間進めると、既に18:30。
おまけに初めて税関の荷物検査に引っ掛かった。ザックの中の何かがX線検査に触れたらしく、素通りして出ようとしたら止められた。よく見ると、荷物のタグにマジックでデカデカと何か書かれていた。
税関のテーブルまで戻って中味の検査。ザックの中味を全部出されて詳細に調べられたのは初めてだ。何が引っ掛かったのかは知らないが、もちろんいかがわしい物は何もなし。
そんなこんなで、税関から出たときには既に真っ暗。空港職員用のバスでセントロに出ようと思っていたが諦めた。
まずは1FのロビーでメキシコペソをCUCに両替え。レートが悪いだろうからひとまず必要な分だけ。ちなみにレートは1CUC=13.20N$だった。
キューバの通貨については後で詳しく書くが、次に2Fの両替所で一部をCUPに両替え。1CUC=24CUP。
町中でタバコが普通に買えるかどうかわからなかったのでタバコも買う。1箱0.6CUCだからかなり安い。

さて、タクシーの客引きはごまんといる。セントロまで言い値は25CUCだが、20CUCまではすぐに下がる。
宿(キューバ版民宿のカサ)を紹介してくれる人もかなりいる。事前の情報通り一泊25CUCくらいが相場であるらしい。
それとなく目星をつけておいたカサがあったのだが、たまたま15CUCでセントロまで行ってくれると言ってくれた運ちゃんの家がカサをやっているとのことだった。
とても陽気な人のいい運ちゃんで、これからセントロへ行って宿探しも面倒なので連れて行ってもらうことにした。宿代も朝食付きで22CUCにしてくれた。

運ちゃん(チャールズ)の家に着いてみると、広くてキレイだから見るだけ見てみろと豪語していた通りの家だった。
家には御歳82のチャールズのお母さんがいた。このばあちゃん(名前を聞いたのだが忘れてしまった・・・)が元気でとても可愛らしい。部屋のベッドメイクや朝食の準備も全てばあちゃんがやってくれる。
アメリカ人のおばちゃん二人組の先客がいた。キューバにアメリカ人がいたことにちょっとビックリ。
最近になってアメリカ人の渡航も解禁になったのだが、実際のところアメリカ人はほとんど見かけないからだ。

物資の不足しているキューバで食事には困るところであるが、幸い近くの店が開いていてバーガー(みたいなパン)を立ち食い。バーガー1個が5CUP、約20円。安い!
キューバは食べものがマズイという話をよく聞くが、これなら十分食べられる。
チャールズの家に帰ってアメリカ人のおばちゃんに「何を食べてきたの?」と聞かれたから素直に「バーガー」と答えたら、「キューバに来てバーガーなの?」と斬られてしまった。
・・・お前の国の代表的な食べものだろ。しかも、世界中どこに行ってもバーガー食ってる国の人間に言われたくねぇ・・・。

30mar2011 ハバナ行きのYak-42D 30mar2011 離着陸時に白い煙
ハバナ行きのYak-42D 丸窓!            離着陸時に足元からモァ~っと白い煙が上がる

2011/3/31 木
キューバに来てから観光に忙しく、なかなか日記を書いてる時間がない。これを書いている今日は4/3である。
最初にキューバという国の概要と、これまでの雑感を書いておきたいと思う。

今のキューバはご存知の通り、カストロらのキューバ革命によって1959年に成立した社会主義国である。
自分の知る限り世界で唯一成功している社会主義国で、民族的な要素も大きいのかもしれないが、共産圏にありがちなどこか暗い雰囲気というものがまるでない。
人々はとにかく陽気で、治安も中南米、カリブ海の国々の中ではズバ抜けてよい。
アメリカの経済制裁を受けているため物不足なのは事実であるが、外貨獲得のため観光に力を入れてきたことが少しずつ実を結びつつあるように思える。
来る前に想像していたよりは物がある。ただし、アメリカ系の物資はほぼ皆無である。世界中でコカ・コーラもペプシもないのはキューバくらいではなかろうか(サンティアゴ・デ・クーバのスーパーでコカ・コーラを見たときはちょっとビックリした)。
もっとも、どこの国にでもあるコカ・コーラ(ペプシ)やスプライト(7UP)に類する飲み物はある。おそらく自国で苦労して開発した飲料であるが、中南米諸国にあるまがい物のコーラやスプライトと同様で、十分美味しい。
食料品の多くは中国やベトナムなどから入ってきているようである。
民族構成はヨーロッパ系白人25%、アフリカ系黒人25%、その混血のムラートが50%といったところ。残念ながら先住民の人たちはスペイン人侵略者によって絶滅させられてしまったため見る影もない。
白人の多くは侵略者の子孫、黒人の多くは奴隷貿易でアフリカから連れて来られた人たちの子孫ということになるが、世界でも有数の人種差別のない国である。

キューバの通貨は複雑である。
主として外国人の使う兌換ペソ(CUC:セウセ、クックなどと呼ばれる)とキューバ人の使う人民ペソ(CUP:ペソ・クバーナ)がある。もっとも、両替えすれば外国人でも合法的にCUPを使うことができるし、キューバ人も普通に両通貨を使い分けている。キューバ人は慣れているので換算が早い。
どちらの通貨を使っているかは店によってバラバラ。明らかに外国人向けのレストラン(入ったことないけど・・・)などではもちろんCUCであるが、庶民的な店でも(特にハバナなどでは)表示がCUCだったりCUPだったりする。ほとんどの場合、CUP払いの店で(小額の)CUCで払っても、ちゃんとCUPに換算したお釣りをくれる。
明らかにCUC払いになるのは宿代と、外国人用の長距離バス。キューバ全土を網羅しているアストロというバスがあるのだが、これはキューバ人専用で、外国人はまず乗れない。

為替レートは現在のところ、1CUC=$1.08の固定レート。ただしキューバ国内でUSドルを両替えするのは不利で、USドルに限り10%の手数料がかかる。
レートがいいのはユーロ、カナダドル、次いで日本円、メキシコペソといったところで、これらの通貨は対USドルのレートに準じた変動レートとなっている。
CUCとCUPの両替えはCADECA(カサ・デ・カンビオ)と呼ばれる両替所で可能で、レートは現在のところ1CUC=24CUP。
慣れるまでややこしい・・・が、慣れると一般的な物価はかなり安いことに気付く。
コップ一杯のジュースが1CUP、ソフトクリームも1CUP、バーガー(みたいなパン)が中の具によって3~10CUPといったところ。$1=82円とすると、1CUPは4円に満たない。
が、心に留め置かねばならないのは、これらが社会主義というシステムの上に成り立っているということである。つまり、キューバ人たちの給料は驚くほど安いわけだ。
普段自由主義世界にどっぷりと浸かって給料をたんまり貰っている外国人が、社会主義の恩恵に単純にあずかってしまってよいものかどうか、よく考えれば微妙なところなのではなかろうか。と思いつつも、どっぷりと恩恵にあずかっているわけであるが・・・。

札もコインもつまらん図柄のCUCに対して、CUPの方は見栄えがする。独立と革命の英雄のオンパレード。特に、札もコインも3CUPの図柄はゲバラである。
"3"という単位自体珍しいが、自国民でない人がお金の図柄になるというのもかなり珍しい。
ハバナのセントロにはゲバラのコインを売りつけようとするおっちゃんもいたが、普通に流通しているお金なので、もちろんお釣りなどとして普通に手に入る。"3"という性格上なかなかお釣りでは返ってこなかったり、流通している数自体も少ないように思えるが、欲しい場合はCUP立ての店に行ったときにでもお願いすれば、快く等価で交換してくれる(持ってない場合も多々あるけど)。
面白いなと思ったのは、サンタ・クララのゲバラ霊廟へ行ったとき。ここにあるゲバラ博物館には、革命政権樹立後に一時ゲバラがキューバ国立銀行総裁を務めていたときのお札が置いてあった。お札の種類は1、5、10、20、50、100の6種類。もちろんこのときゲバラは生きていたわけで、この時点では"3"のお札はない。
他のお札は、図柄が若干異なるけど描かれている人物は今のお札と同じ。1ペソがホセ・マルティ、20ペソがカミーロといった具合。お札の左側には"che"のサイン入り。1959~1961年の限定品である。

最後に宿泊について。
もちろんキューバにもホテルはある。が、割高なので(と言っても、サービスはともかく他国の高級ホテルに比べれば全然安いけど)貧乏旅行者はまず泊まることができない。
そこで強い味方になるのが、カサパティクラルというキューバ版の民宿。政府公認の一般家庭に泊まることができるわけだ。朝食付きだったり、頼めば別料金で夕食も食べさせてくれたり、所謂他国の安宿風だったり、まんまキューバの一般家庭にホームステイしてる風だったり、タイプはいろいろ。
朝食付きで20~25CUCあたりが公認カサの相場っぽい。一室借りることになるから一人でも二人でも宿泊費は一緒で、二人で泊まった方がお得である。
闇カサ(もちろん違法)ってのもあるけど、公認カサは人が泊まろうが泊まるまいが毎月かなり高い税金を国に払っているわけで、公認のカサに泊まるのが筋であるように思う。
公認のカサは建物の入口付近に錨のマークがある。錨のマークはたいてい青なのだけれど、時々赤い錨も目にする。何か違いがあるのかどうかは知らない。

前置きが長くなってしまったが、2011/3/31の出来事に戻る。
ばあちゃんの準備してくれたフルーツたっぷりの朝食を食べてセントロに出る。チャールズの家は新市街寄りにあり、セントロの中心までは2kmほどある。
もちろん歩いていくわけであるが、ハバナは道路が碁盤目状に走っていて歩きやすい。が、キョロキョロしていると陽気なキューバ人に声を掛けられてなかなか前に進まない・・・。
たいていは興味本位で声を掛けてくれるわけであるが、中には最後に「葉巻買わない?」(キューバは葉巻が有名)って話になったり、「ちょっとそこでモヒート(カクテルの一種)奢ってくれよ~」って話になったりする場合もあるからちょっと面倒くさい。
親切なキューバ人が何人も口をすっぱくして忠告してくれるのは、「路上で両替はするな、両替なら銀行かCADACAへ行け」ってことと、「路上で葉巻は買うな」ってこと。言われなくとも買わないけど、ある人は「路上で売ってる葉巻はバナナの葉っぱだぞ」と教えてくれた。嘘か本当か知らんけど・・・。

ハバナの町は大きくて、そして意外にも中南米のどの都市よりもコロニアルな感じだった。建物が妙に古臭かったりするところが逆に荘厳に見えたりする。ガルシア・ロルカ劇場とか、外観を見ただけだけどけっこう度肝を抜かれる。
'50年代のアメ車も、まだまだ現役で走っている。さすがにそんな車だらけということはないが、それでもけっこうな数だ。バイクも他国ではまず目にしないであろうビンテージ物が多い。MZってどこの国のメーカーよ?しかもサイドカー付きが多いんだけど。
アメ車やバイクの旧車マニアにはきっとたまらん国だと思う。

ハバナ一日目の今日は、革命博物館に行ってきた。入場料6CUC、カメラ持込2CUC。
ゲバラに関する展示は思ったより少ないんだけど、この博物館は見応えがある。地元の中学生だか高校生たちも見学に来ていた。
外の広場には戦車やカストロの乗っていたランド・ローバーなどが展示されている。戦車は旧ソ連製のT34。第二次大戦中ドイツ軍を苦しめて、寒波とともにソ連大攻勢の主役となったあの戦車だ。初めて実物を見た。まさに鉄の塊。
それらの中に、キューバ危機の時ミサイルで撃墜したU-2の残骸もあった。エンジンと機首の一部が展示されていた、撃墜したのと同型の地対空ミサイルとともに。
目玉のグランマ号(カストロやゲバラたちの革命軍がメキシコからキューバへ密航した際に使ったボート)は、ガラス張りのところに収められていて細部はよく見えなかった。

運河沿いの公園には、キューバに渡った最初の日本人「支倉常長」の像がある。
最初見つからず、像がどこにあるのか写真を見せてキューバ人に聞いたら、「おぉサムライの像か!」と言って場所を教えてくれた。
支倉常長は慶長遣欧使節として伊達政宗の命で派遣されたわけであるが、メキシコ経由でヨーロッパへ向かう途中キューバに立ち寄ったらしい。
像は仙台育英学園が寄贈したものだそうだが、ずいぶん立派な像だった。自分ら以外誰も見てなかったけど・・・。

一度宿に寄ってから、そのまま歩いて革命広場へ行った。広場には内務省やら陸軍省やらが隣接していて、内務省には巨大なゲバラの顔が、郵政省?にはカミーロの巨大な顔が描かれている。
で、これが夜光るとは知らなかったのだが、昨晩チャールズに家まで送ってもらうとき目にして「おおっ」と唸るほどキレイだったのでわざわざタイミングを見計らって行ってみた。
20:00になると点灯するようである。最初にカミーロの顔が光って、暫らくするとゲバラの顔も光った。周囲が暗くなると唸るほどキレイ。

夕飯は、帰りしなピザパンとスパゲティで終了。昨日からずっと立ち食い。人民ペソで安く食べられる店は、どこも例外なく店先で立ち食いするパターンだったりする。
宿に帰るとアメリカ人のおばちゃんがいて、「今日はどこへ行ってきたの?」みたいな話になった。おばちゃんたちは一日ツアーでヘミングウェイが常宿していたホテルなどを見てきたそうだが、革命博物館には行けなかったらしい。
話をしていて面白いなぁと思ったのは、おばちゃんの頭の中ではカストロが悪の大権化のような存在になっていること。アメリカ人の全員とは言わないが、これがごく一般的なアメリカ人の認識なんだろうなぁと妙に納得してしまった。
ま、要するに養老毅の言うところの「バカの壁」というやつで、どう頑張っても絶対越えられないから敢えて意見はしなかったけどね(それ以前に、高尚な思想の議論ができるほどの英語力もないけどね)。
詰まる所、「壁」があることを前提にして付き合うほかないわけである。考えてみりゃ世の中そんなことだらけだわな。

31mar2011 ハバナ旧市街 31mar2011 カサの近くのメルカド
ハバナ旧市街の一コマ                 カサ近くのメルカド・・・基本的に物は不足している

31mar2011 ガルシア・ロルカ劇場 31mar2011 革命博物館の建物は元大統領官邸
ガルシア・ロルカ劇場                  革命博物館は元大統領官邸だったところ

31mar2011 フィデルの特大パネル 31mar2011 年老いても眼光の鋭さは変わらない
館内にあったフィデルの特大パネル  年老いても眼光の鋭さは変わらんね・・・

31mar2011 左からレーガン、パパ・ブッシュ、ブッシュ 31mar2011 キューバ危機のとき撃墜されたU2の残骸と撃墜したのと同型のミサイル
左からレーガン、パパ・ブッシュ、ブッシュ・・・    撃墜されたU2の残骸と撃墜したのと同型のミサイル

31mar2011 革命博物館を見学中の中学生 31mar2011 支倉常長の像
博物館を見学中の中学生たち             支倉常長の像

31mar2011 内務省のゲバラ 31mar2011 郵政省のカミーロ
革命広場:内務省に描かれたゲバラと        郵政省のカミーロ

31mar2011 夜になると光る 31mar2011 単純にキレイ
これが夜になると光ってキレイ             カミーロもこの通り

2011/4/1 金
ばあちゃんの準備してくれた美味しい朝食を腹いっぱい食べて、まずは両替とバスのチケットを取りに行く。
出る前にチャールズに聞いたら、銀行でもCADECAでもレートは一緒だという話。そのまま新市街のハバナ・リブレ(ホテル)にチケットを買いに行くつもりだし、久々のエアコンにあたりすぎたのか何となく体もだるいし、チャールズに聞いた近くの銀行で両替すりゃいっか。
ハバナ以外の両替事情がよくわからんので、少々まとまった金をCUCに両替え。レートは1CUC=13.1N$。ま、空港よりはいいか。
サンタ・クララ行きのチケットは、結局ハバナ・リブレでは買えなかった。トリニダー行きはあるのだが、サンタ・クララは通らないらしい。ビアスールへ行けと言われた。
このビアスールのターミナルってのが果てしなく遠い。チャールズの話では、家から7kmもあるらしい。たぶん旧市街のどこかで買えるだろ、と信じてひとまず旧市街に出てみることにした。
あぁ今日は運河を渡った先の第一ゲバラ邸宅とカバーニャ要塞に行くつもりなのに・・・くだらん用事に時間をとられる。
ちょっと遠回りになるけど、今日は海沿いを歩いて旧市街に出てみた。うぅぅむ、ハバナでも十分キレイだな、カリブ海は。
セントロに差し掛かったところで海沿いの道を離れると、またまた陽気なキューバ人のおっちゃんに声を掛けられた。「近くで店やってるから夜おいでよ」みたいな雑談ついでにどこかでビアスールのチケットが買えないか聞いてみた。とにかく陽気なおっちゃんで、「ホテル・テレグラフォで買えるよ、アミーゴ」と教えてくれた。途中まで一緒についてきてくれて、「ここをまっすぐ2ブロック行った右側だぜ、アミーゴ」ってな感じで親切に教えてくれた。何故ホテルで買えるのかと言うと、ホテルの1Fに旅行会社が入っているから。
ちなみにこのおっちゃん、自分らがサンタ・クララへ行くと知ると、「サンタ・クララにゃ何もねぇ、何もねぇ・・・何もねぇからトリニダーに泊まって日帰りした方が絶対いい」と力説してた。
自分らにとってはおそらく、むしろトリニダーの方がどうでもいい感じなんだけどね。何がいいと言っているのかというと、要するにコロニアルってことなのだ。
世の中の人ってそんなにコロニアルが好きなのかねぇ。欧米人はほぼ例外なく好きであろうけどね・・・。
自分は好きじゃないんだよね、コロニアルってやつが。要するにスペイン人侵略者が先住民を追い出して(虐殺して)、そこに勝手に自分らの好きなように町を造ったってことでしょ、コロニアルって。どうして黒人のおっちゃんまでがそんなものをありがたがっているのか、むしろ自分には理解できない。
さて、おっちゃんの教えてくれたホテルにさっそく行ってみたら、デスクには誰もいなかった。昼飯を食べに行ったとフロントの人が教えてくれた。あぁ、ちょうど昼時か。
それならってことで、先に人民ペソを作りにCADECAへ。ここで衝撃の事実が・・・ここのレート、1CUC=12.3N$。ガーン。全然レートが違うじゃねーかよ、チャールズ!
迂闊だった。いつもならあちこちレートを比較してから両替えしてたのに・・・。キューバという国の特殊事情と、朝体がだるかったことが原因でとんだ損をこいてしまった。けっこう凹んだ。

CADECAは混んでいて、人垣ができていた。
キューバの順番待ちのルールはちょっと面白い。全員が全員きちんと列を作って並んでいるわけではない。並んでる人もいるけど、列から離れている人もいる。
列から離れたからはじかれるということではなく、順番が近づくとちゃんと元の位置に戻ってくる。つまり、自分の直前の人の顔をおぼえているわけだ。そういうルール。
ここで活躍するのが「ウルティモ?」という言葉。「最後は誰?」くらいの意味だ。
順番待ちのところに来たら、「ウルティモ?」と声を掛ける。すると最後尾の人が手を上げて合図してくれる、もしくは他の人が「アイツだ」と教えてくれる。その人が自分の直前の人ということになる。列から抜けるときは後ろの人にその旨伝えよう。
列から離れている人がいるのでなかなか自分の順番が来ない。暫らくして、「この人が私の前の人だから」と自分らの直前のおばちゃんが教えてくれた。
人民ペソのレートは空港もセントロも変わらなかった。1CUC=24CUP。
ちなみに、銀行でもCADECAでも二人で窓口に行こうとすると係の人に制止される。連れであっても窓口には一人ずつ、というのがキューバのルールであるらしい。

両替え後にホテルに戻ると、チケットはあっさり買えた。サンタ・クララまで18CUC。
これでお仕事終了。立ち食いスタンドで腹ごしらえして、いざ運河の対岸へ。
立ち食いスタンドのお釣りで初めてゲバラ・コインを手にした。もっとないか兄ちゃんに聞いてみたが、3CUPどころか1CUPのコインも持ってなかった。やっぱ3CUPのコインは数が少ないんだよなぁ・・・。

運河の幅は300mほど。橋さえあれば歩いて行けるのだが、運河に橋はない。何で橋がないのかなぁと思って昨日運河を眺めていたら、巨大な貨物船がやって来た。そういうこと。
海底トンネルが通っていて、運河はバスやタクシーで渡ることができる。カピトリオの前にあるバス停から連結バスに乗れるのだが、本数は意外と少ない。運賃は一律1CUP、つまり4円。
お目当ての11番のバスがやって来たが、既に満員。しかもさらにこれだけの人が乗れるのか?という状態。とりあえず運賃を払ったものの、前の入口はどう考えても無理。後ろから乗れと言われた通り、どうにか車内に押し入る。
「アイタタタ・・・」次のバス停に止まったとき、開いたドアと壁の間に足を挟まれた。
さらに人が乗ってきて、息苦しいくらいの混みようだ。海底トンネルを抜けてすぐのバス停で降り、ここから歩く。

まずは第一ゲバラ邸宅へ。
途中、要塞の脇の道路を歩いていると、どこからともなく一人のおばちゃんが現れて、「今写真撮ってたでしょ?ハイ、通行料」と言ってきた。聞いたことねぇ・・・。
おばちゃんは一応何かの領収書を持っているのだが、何故か4CUCのところを手書きで1CUCに直してある。怪しい・・・どう考えてもおばちゃんの小遣い稼ぎのように思える。
だいたいここは一般道で、タクシーや普通の車もバンバン素通りしてるし。
「何の料金?」「何故払う必要がある?」とブーブー言ってたら、「もう行っちゃいなさい」と通してくれた。やはりおばちゃんの小遣い稼ぎだったと思われる。

第一ゲバラ邸宅は、大きなキリスト像の隣にある。運河を挟んだハバナ市街の眺めが素晴らしい。
入場料が6CUCとお高いためかやたらと空いていて、貸し切り状態でのんびり見学できる。写真の他にゲバラの執務室や寝室が保存されている。他にゲバラの使っていた医療器具やカメラなどなど。
ゲバラって、本人が写真好きだった所為も多分にあると思うけど、写真がいっぱい残ってるよなぁ。
で、アレだな。前から思ってたんだけど、キューバ革命の指導者たちってゲバラを筆頭に皆写真栄えするよなぁ・・・。フィデルもラウルもカミーロも。下手な映画俳優なんかよりずっと渋い。
特にフィデルはたっぱもあるし、ゲバラに勝るとも劣らない渋さであると思う。モンカダ兵営を襲撃した若かりし頃はまだぽっちゃりしてるんだけど、年を重ねるごとに渋みが増している。年老いた今でも眼光の鋭さは変わらんね。
もちろんその思想や行動には賛否両論あるだろうけど、ズバ抜けたカリスマ性があることは確かだ。やはり人の内面てのは外見に現れるんだねぇ。ちょっと引き込まれそうなカリスマ性があると思う、彼には。
いずれにしてもアメリカに公然と楯突くその気概は天晴れ!その見返りが今のキューバの状況とも言えるけどね。ある意味、超大国アメリカに楯突くとこうなるということを如実に示している。でも、ぜひとも日本の政治家にはその気概のかけらだけでも持ってもらいたいものだ。

次はカバーニャ要塞。
要塞の入口に戻る途中、先ほどのおばちゃんがまた金をせびりに来た。おばちゃんの持ってる領収書ってのが、たった今行ってきた第一ゲバラ邸宅の入場券と同じなんだよね・・・どこかで古いのを手に入れたのか?
もちろん今回も突っぱねた。ゲバラ邸と要塞の間を行き来してるだけなんだから。おばちゃんは、「写真を撮らなきゃ通っていい」と通してくれた。何なんだ、いったい?
カバーニャ要塞では、毎晩21:00から150年間続けられている大砲の儀式がある。これを狙って観光客が押し寄せるため、18:00以降は入場料が上がる。よってその前に要塞の中に入る。入場料は18:00までが6CUC、18:00以降は8CUC。
要塞内にもゲバラ博物館がある。
なかなか見応えがありそうだったので早くも16:00には入場したのだが、完全に肩透かしを食った。展示品の多くがサンタ・クララやゲバラ邸に移設されたものと思われる。
21:00まで5時間、要塞の中でのんびり。大砲の儀式のとき以外は人も疎らで、かなりのんびりできる。要塞から眺めるハバナの町並みは素晴らしい。夕日もキレイだった。でも5時間はちょっと長かった。

20:00頃になると人が続々と集まり出す。
大砲の儀式は、5時間待った甲斐があると言っていいほど面白かった。
20:30頃になるとスペイン時代の制服を着た軍人が大声を張り上げながら現れる。火種を持ってきたり、太鼓を叩きながら行進したり。そして、21:00ちょうどに大砲に着火。もちろん空砲だが、凄まじい音がする。
これは一見の価値あり。
儀式のあとは、楽団のラッパや太鼓に合わせてキレイな衣装を着た人たちが踊りながら行進していた。

その踊りをちょっと見てから帰路に着く。
キューバ人も外国人もほとんどの人がツアーバスやタクシー、自家用車で来ていて、連結バスに乗って帰る人はほとんどいなかった。
バス停までの夜道が真っ暗で何も見えん・・・。
行きと違ってバスは空いていた。カピトリオの近くで降りる。
ここから宿まで2kmほど歩いて帰ったわけであるが、まぁ自分らの感覚ではハバナは夜も安全だ。道を選べば、23:00くらいなら普通のおばちゃんもいっぱい歩いている。

1apr2011 カサ・チャールズのばあちゃん 1apr2011 カサの前の道 歩行者天国の路上が校庭
御歳82の可愛らしいばあちゃん            ホコ天の路上が校庭

1apr2011 ナシオナル・デ・クーバ 1apr2011 ハバナの海岸線
ホテル・ナシオナル・デ・クーバ            ハバナの海岸線

1apr2011 第一ゲバラ邸宅には写真がいっぱい 1apr2011 ボリビア潜入時の変装したゲバラ
第一ゲバラ邸宅には写真がいっぱい         ボリビア潜入時の変装したゲバラ・・・

1apr2011 ラピュタを思わせるカバーニャ要塞の中 1apr2011 カバーニャ要塞の夕暮れ
ちょっとラピュタを思わせるカバーニャ要塞の中   カバーニャ要塞の夕暮れ

1apr2011 ハバナ・セントロの夕景 1apr2011 150年続く大砲の儀式 毎日空砲を一発ぶっ放す
ハバナ旧市街の夕景                   150年続く大砲の儀式 毎日空砲を一発ぶっ放す
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