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コパン・ルイナス ~ プエルト・バリオス

2011/3/23 水
思っていた通り、入国早々グアテマラいいっすわ。
この雑然とした雰囲気。人はいいし、飯を食うところにも事欠かない。メキシコに近づいたからか、人が底抜けに明るくなったような気もする。
グアテマラは、メスティソが国民の大多数を占めている周辺の国とは違い、マヤ系の先住民が人口の半数以上を占めている。
中米諸国へのスペインの魔の手はメキシコ、グアテマラから伸びていったわけであるが(悪名高いコルテスの一団だ)、大本のグアテマラによくぞこれだけ先住民の人たちが残ったもんだ。
おそらくもう二度と来ることはないであろうホンジュラス国内を敢えて移動し、最もカリブ海沿いの国境からグアテマラに入国した。

コパン・ルイナス ~ サン・ペドロ・スーラ : ローカルバス3時間半、120L
コパン周辺の山沿いの地は、昨日も今日も朝のうちは曇っていて肌寒い。
7:00発のバスに乗ってまずはサン・ペドロ・スーラへ移動。泊まっていた宿の脇からバスが出るのでとっても楽チン。
緑の山の中を延々と走るルートで気持ちいい。

サン・ペドロ・スーラ ~ プエルト・コルテス : ローカルバス1時間半、42L
山道を下りて、首都のテグシガルパ方面からの広い幹線道路とぶつかったところにあるのが、ホンジュラス第二の都市で商工業の中心地であるサン・ペドロ・スーラ。
ショッピング・モールと一体化した巨大なバス・ターミナルに着く。
つまらん町だよなぁと思うわけである、この手の町に対して自分は。
アメリカの郊外的なショッピング・モールってのが諸悪の根源だ。日本の地方都市でもよく見かけるが、町の没個性化に拍車をかける元凶である。世界中、どの国のどの町に行っても同じだもんなぁ・・・。
多くの人にとってはありがたい存在なのかもしれないけれど、自分にとっては町にこんなものができた時点で「お前はもう死んでいる」状態である。
こうして世界中が平滑化していくのは寂しいことなんじゃないかなぁ・・・。
もちろんサン・ペドロ・スーラはバスの乗り継ぎだけ。プエルト・コルテス行きのバスがすぐにあったので即バイバイ。
それにしても・・・プエルト・コルテスのコルテスってのは、あのエルナン・コルテスのコルテスなのか?何でそんなのを町の名に残しているのだろう?実に不快な名だ。

プエルト・コルテス ~ 国境 : ローカルバス2時間、44L
ホンジュラスという国は、経済的には完全にアメリカに隷属している国で、今も根本的にその状況は変わっていない。
その象徴ともいえるのが、カリブ海沿岸地帯に広がる広大なバナナ農園であろうか。運営しているのは全てアメリカのフルーツ会社である。
ドールとかチキータ(バナナ)とか・・・プエルト・コルテスのあたりまで来ると、その手のフルーツ会社の大型トレーラーをやたらと見かける。
ホンジュラスの社会基盤の整備は、これらのアメリカ資本が行ったと言って間違いない。バナナを運搬するための道路や鉄道、電話から電力会社、発電所までこれらの企業数社が造った。
そんな隷属関係もあって、1980年代にはニカラグアのサンディニスタ政権に対する反政府武装組織(コントラ)の侵攻基地をアメリカの要請で提供していたこともあった。
ただ、内戦に明け暮れた周辺諸国と違って、その時期深刻な内戦に陥らなかったのは明るい材料だ。

さて国境であるが、実にオープンな国境だな。
ホンジュラスのイミグレは国境にあり、空いてることもあってちゃちゃっと手続きをしてくれる。出国の日付がパスポートに押される。
で、グアテマラのイミグレは国境にはなく、聞いたら8kmも先にあるそうな。そんなわけで、国境からプエルト・バリオス行きの乗り合いタクシーに乗り、途中イミグレに寄ってもらうことになる。
レンピーラがちょっとだけ余ってたので国境にある食堂で飯を食ったのだが、ここへ来てホンジュラスではじめて旨い飯を食ったような気がする。
国境にいる両替屋は、ホンジュラス側もグアテマラ側も同じく$1=7Q(ケツァール)。今の正確なレートがわからないのだけれど、かなり悪いように思われる。
グアテマラの通貨はケツァール、コスタリカで見損ねたケッつぁんのことだ。国鳥もケツァールだし、国旗の真ん中にもケッつぁんが描かれている。

国境 ~ プエルト・バリオス : 乗り合いタクシー1時間20分、30Q
国境からの乗り合いタクシー(ハイエース)は、途中で野良仕事を終えたおっちゃんたちを拾っていくのですし詰め状態。おっちゃんたちは毎日家から乗り合いタクシーで野良仕事の現場まで通っているらしい。乗り合いタクシーが家の近くまで送ってくれる。
途中でイミグレに寄ってもらった。グアテマラの人たちは自由にホンジュラスへ行き来できるようで、用があるのは自分らだけである。
皆さんを待たせているので悪い気がする。
それなのに、入国管理のシステムが不調なようである。イミグレはおっちゃん一人で切り盛りしていたが、最終的には名前やパスポートNo.を紙にメモって通してくれた。
入国税なし。スタンプは省略かと思ったら、ちゃんと押してくれた。
野良仕事のおっちゃんたちの家々に寄りながらプエルト・バリオスの中心地へ。
宿は乗り合いタクシーの兄ちゃんが安いところを紹介してくれた。オスペダッヘ・ナインス。トイレ、シャワー共同のWが60Q。管理をしているばあちゃんが底抜けに明るくてパワフル。
パナマのダビに続き、「えっ?何ここ、老人ホーム?」の第二段。夜になるとじいちゃんばあちゃんが共用スペースに集まって、仲良くイスに座ってTVを見ている姿は何とも微笑ましい。
年寄りばかりなので夜は早く、22:00には静まり返るなかなか居心地のいい宿である。
飯食うところはよりどりみどり。こういう町はただそれだけで居心地がいい。ATMの手数料も無料だったしね。

23mar2011 のどかな国境
のどかな国境
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