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アマゾン川下り:マナウス~ベレン

2010/12/29 水
Day 1
10:00過ぎに宿を出て船着場へ。
ベレン行きの母船までは小さなボートで送ってもらう。クソ重いザックとサブザックを前後に背負っているので、ボートに乗り移るのが大変だった。母船に向かっている途中も揺れでボートから振り落とされそうでけっこう緊張した。
ボートを母船に寄せてくれたところで、舷側の梯子を伝って船上へ。乗船したのは11:00。
見ると船はしっかり着岸していて、逆側からならボートなど使わずとも楽々と乗船できた。最初からここから乗船しろと言ってくれればよかったのに・・・。
既に船には夥しい数の人が・・・まるで難民船を思わせる状況、あまりの人口密度に息苦しい気さえする。
ハンモック・スペースにはハンモックが鈴なり。船は3階建てであったが、どの階のスペースにも所狭しとハンモックがぶら下がっている。
船には前の日くらいから乗船できるから、ハンモック組の人たちは早くに乗船して自分の場所を確保しておくのだ。
ハンモックも場所によって運賃が違う。一番安い1階はエンジンの熱がこもってしまってクソ暑い。
キャビンは2階の船首付近にある。
キャビンを奮発してよかった~今回は心からそう思った。乗り物に高い金を払ってよかったと今回ほど思ったことはない。
過酷さで言えばもっと過酷な移動はアフリカにいくらでもあったが、この異常な密度のハンモックで5日間過ごすのはちと辛い。何より水に濡れたりせず安全に荷物を置いとける場所がないのが致命的。
モヤレ国境のローリーには耐えられても、アルーシャ~キガリの殺人バスには耐えられても、ワディ・ハルファ~アスワンの過密フェリーには耐えられても、このハンモックは嫌だ・・・何となくそんな感じ。
船室は狭いが、トイレ、シャワーは付いてるし、効きは非常に弱いが一応エアコンもあって快適。何よりこの人口密度の中で個人スペースを確保できるのはありがたい。
同じ航路を行き来する船は何隻もあり、曜日によっても異なる。アマゾン・スターのような大きな船に当たれば、快適度はグッと増すのだと思う。ハンモックでも特に問題ないかもしれん(エアコン付きのハンモック・スペースもあるみたいだし)。
でも、自分らの船は小さな難民船。いずれにしてもこの船の上で5日間を過ごすことになる。
13:00出港の予定であったが、マナウスを出港したのは結局15:00だった。
30分ほどで2河川合流点に差し掛かるが、意図的に横断するわけでないのでじっくり見ることはできない。遠く右手の方に境界線を見ながらしばらく並走していたが、いつの間にか横切って、気付くと境界線が左手になっていた。
2河川合流点を過ぎると、後はずーーーーっと同じ景色が続く。茶色いアマゾン川と両岸に広がる緑のジャングル。
雨雲の下を通ったりして時々空模様が変わる以外はずーーーーっと同じ景色。
右岸や左岸では時折り黒い雲が立ち込めて明らかにスコールとなっているが、不思議と川の上はあまり雨に降られない。
誤算だったのは、船ではキッチンが使えると情報ノートにあったのでラーメンを持ち込んでいたのだが、自分らの船には自由に使えるキッチンがなかったことだ。
辛うじてカップ麺に水を入れてバーに持っていくと、おばちゃんがレンジでチンしてくれた。
旅に出て以来ずっとお湯を沸かす電熱棒を持っていたのだが、不運なことにベネズエラのシウダ・ボリーバルで天寿を全うしてしまっていた・・・。
こんなとき電熱棒さえあれば何の苦労もないのだが・・・。
せっかくのコーヒーも、ペットボトルの水に溶いて飲む有様だ。
雲が多くて夕日は今ひとつだったが、夜は星がキレイだった。

29dec2010 マナウスの船着場 29dec2010 ボートで母船へ
マナウスの船着場                    ボートで船へ

29dec2010 難民船の観を呈するハンモック・スペース 29dec2010 2河川合流点の脇を通過
難民船のごときハンモック・スペース         2河川合流点の脇を通過

29dec2010 前方でスコール 29dec2010 1日目の夕暮れ
前方でスコール                      初日の夕暮れ

2010/12/30 木
Day 2
暗いうちに起き出して外に出てみたが、相変らず雲が多くて日の出もイマイチだった。
船は尚もずーーーーっと変わらぬ景色の中を進んでいる。
ゴミはアマゾン川へ!ブラジルの人たちのゴミの意識も低い。空き缶だろうとペットボトルだろうとお構いなし、皆さんポイポイ川に捨てている。
今日の食事もラーメン。
何もしてないので腹はほとんど減らず、基本的に食事は一日一食。後は小腹の空いたときにジャムを塗ったクラッカーなどを食べて生き永らえている。
このジャムが何故かマナウスにはほとんど売ってなくて意表をつかれた。もともとパンはあまり食べない食文化なのだが、これまでにジャムの売ってないところってのは他になかったんじゃないかなぁ・・・。
セントロのスーパーでも安く売っているのは袋詰めのグァバのジャムだけ。イチゴジャムなども少ないながらあるにはあるが、途端に高級品になってしまう。
クラッカーやラスクはスーパーでも大量に売っているのに、ジャムがない。ブラジルの人たちはどうやって食べているのだろう?バターでも塗ってるんかいな?
袋詰めの即席麺を砕いて使用済みのカップ麺の容器に入れ、これに水を加えてバーのおばちゃんのところへ持っていくとチンしてくれる。
ちなみにこの作り方だと、あまり美味しくない。やっぱ熱々のお湯を注がないとねぇ・・・。
袋詰めの即席麺を粉々に砕いて食べるというやり方は、ペルーのワラスで山に入ったときにマルコスに教わった。スープ感覚で食べるというのが実に新鮮で、以降即席麺を食べるときはこのやり方を踏襲している。
このやり方だと煮立てるのが簡単で、取り分けるのも汁が飛び散ったりせず容易、スープ感覚だから朝でも食べやすい、といったメリットがあるので特に山では有効。今度山で試してみて・・・山岳会の皆さん。
朝、湯を沸かしているときに袋に入った麺をバリバリ砕くのは暇つぶしにもなるよ。砕く大きさもお好み次第。
16:00頃、積荷を降ろすのと乗客の乗り降りのため、どこかの小さな町に寄港した。作業はスムーズで、30分ほどで再び出港。
入れ違いにアマゾン・スターの船が入ってきた。自分らの船の倍はある大きな船で、見るからに快適そうだ。ハンモック・スペースに吊るされているハンモックの数も現実的。2階のハンモック・スペースには窓もあったから、きっとエアコン付きであろう。
向こうから見たら、こちらは難民船のように見えるのではなかろうか・・・。
20:00頃、またどこかの小さな町に寄港。その直前に後ろから来たアマゾン・スターの船にぶち抜かれた・・・やっぱデカイ船は速いわ。
アマゾン・スターがどくまで自分らの船は着岸できず、機関を停止して暫し待ちぼうけ・・・と思いきや、しばらくすると何と!船体をアマゾン・スターに横付けし、アマゾン・スター越しに人が下船していた。
横付けにするとアマゾン・スターの大きさが際立ち、自分らの船がおもちゃのように見える。
それにしても、ボートじゃないそれなりに大きな船同士がこんな近距離に横付けされるのをはじめて見た。
人は降りられても船越しに荷物を降ろすことはできず、結局アマゾン・スターがどくまで1時間ほど待ちぼうけ・・・そっちの方が寄港に時間がかかるくせに、港のこんな近くで抜くなや!と言いたい。
果たして自分らの難民船はホントに5日でベレンに着くのだろうか???
そうそう、今日は3階へ行こうとして狭い階段を上ろうとした時に、頭上の鉄骨に鼻の頭と額を強打して流血した。風邪もまだ治ってないというのに、まったく弱り目に祟り目だ。

30dec2010 最初の寄港地 入れ違いに入ってきたアマゾン・スター 30dec2010 夕日に映えるアマゾン川
最初の寄港地にて                    夕景のアマゾン川
入れ違いに入港してきたアマゾン・スター

30dec2010 2日目の夕日 30dec2010 アマゾン・スターに船を横付け
2日目の夕日                       アマゾン・スター(右)に船体を横付け

2010/12/31 金
Day3
夜中に目を覚ますと船は停止していた。どこかの港に寄港したらしい。
例によって5:30に起き出して外をのぞいてみるが、なんと雨・・・。
船はどうやらサンタレンに着いたらしい。予想していたよりずいぶん早い。サンタレンはマナウス~ベレン間のちょうど中間辺りに位置する町である。
サンタレンであれば長時間停留するはず・・・聞くと、出港は13:00という話。
ここで食料を補給することにしていたのだが、外はあいにくの雨。船内で雨が上がるのを気長に待つ。
暗かった空も昼頃には明るくなり、雨が上がったのを見計らって下船。
早速道行く人にスーパーの場所を聞いて食料の買出し。パンにグァバ・ジャムに粉ジュース・・・欲しかったものが全部手に入ったのはありがたい。
さすがに大晦日のためか?それともいつもこんな感じなのかは定かでないが、町の中はとても閑散としていた。
船に戻って読書しながら出港を待つ。
サンタレンでかなりの乗客が降りて、船の中が一気にガランとした。吊るしてあるハンモックもようやく現実的な数になった。
サンタレンから乗り込む人もいるにはいるが、ごく少数。
ここからは難民船の名を返上、快適な船旅になりそうである。
船が出港したのは、結局16:00過ぎ。その頃になると空はすっかり晴れていた。
サンタレンはアマゾン川と支流のタパジョス川が合流する地点にある。
港はタパジョス川に入ったところにあり、出港してしばらくは緑茶のような色をしたタパジョス川をゆく。しばらく進むとアマゾン川と合流し、水の色がまたカフェ・オ・レ色になる。
合流点ではやはり両河川の流れが即座に混合することはなく、2色の帯を形成している。
今日の夕日はすばらしかった!2010年の最後を飾るに相応しい。これを見られただけでもこの船に乗った甲斐があったというもんだ。
こういった壮大な美を見せられると、自然の偉大さに畏敬の念を擁かずにはおれない。自分が今生きていることを心の奥底から実感する瞬間。自然は偉大だ。
ちょうど真東へ向かっているので、日は船尾の方角に沈む。船尾の手摺りにもたれながら、飽くことなく千変万化する空と雲と川面を眺め続けた。
それにしても巨大なアマゾン川・・・川の流れている方向がどっちであるのかさえわからなくなる。
大晦日の夜に、音楽をガンガンにかけた船でアマゾン川を航行しているというのも何か不思議な気分だ。

31dec2010 サンタレンにて 我らが難民船
サンタレンにて 我らが難民船NELIO CORREA

31dec2010 大晦日の夕日
大晦日の夕日

31dec2010 金色に染まる雲
金色に染まる雲

2011/1/1 土
Day 4
2011年の元旦も曇天で明けた。
5:00に起きてみたものの、どんよりと曇っていて残念ながら初日の出は見られず。
その後も一日中雲の低く垂れ込めた冴えない天気で、午前中は雨も降ったりやんだり。
ほぼ一日中、狭い船室に篭って読書をしたり昼寝をしたり・・・すっかり寝正月となってしまった。別に望んだわけではないのだけれど・・・。
16:00頃、外で景色を眺めていると、川面に手漕ぎボートがたくさん浮いているのが見えた。
それらの脇を船が通ろうとした瞬間、その中の一艘が急いで船に漕ぎ寄ってきて舷側につくや否や、フック状の鉄棒を舷側にぶら下がった古タイヤに引っ掛けてボートを船に寄せたと思ったら、矢継ぎ早にロープで固定してしまった。
なんたる素早いロープ・ワーク・・・山岳救助隊並みの機敏なロープ・ワークに思わず見とれてしまった。
見ると子供が3人。どうやら船にエビを売りに来たらしい。
船中の人たちの注目を集めつつ飛ぶようにエビが売れていく。「あっ」と言う間に完売。
ビニール袋に入れた古着やら本やらお菓子やらも乗客からたくさんもらっていた。
船に乗り移りはしないものの漕ぎ寄ってくる他のボートの人たちにも、ビニール袋に入れた古着やお菓子を投げていた。どうやら船が通るたびに行われる恒例の行事らしい。
逆側の舷側へ行ってみると、まさにおっちゃんのボートが先ほどの子供たちと同じように船に乗り移ろうとしているところだった。
同じ方法で首尾よくボートを固定した後、大量のエビを売り捌く。やはり飛ぶように売れていた。
船の進行方向へ目をやると、岸から次々とボートが出撃してくる。だいたいどのボートにも小さな子供が乗っていて、船が近づくと「フォー!」と甲高い声を上げながら小刻みに手を上下させている。
どのボートもチャンスは1回。タイミングがいいと目の前にビニール袋が投げ込まれる。船のウェイクに木の葉のように翻弄されながらビニール袋を拾い上げるのも大変そう。
タイミングが悪いと何もゲットできずにウェイクに翻弄されてお終い。
出遅れたのか、中には出撃からしてタイミングの悪いボートもいる。
それにしてもいったい何艘のボートがいるんだ?ほとんど付近に住む人全員集合といった様相だ。
ボートの出迎えが途切れたところで船が右へ舵を切った。本流はそのまま真っ直ぐ続いているが、正面のマラジョー島を南から回り込んでベレンへ向かうらしい、たぶん。
本流から外れると川幅がグッと狭まり、両岸のジャングルを間近で見られるので面白い。願わくば、もっと早い時間にここへ差し掛かってくれたらよかったのに・・・。
ここからずっと左岸はマラジョー島、たぶん。大きさが九州くらいあるという世界最大の中島だ。
ここまで来るとベレンは近い。予定通り明日の午前中には着きそうだ。

1jan2011 恐るべき早業でボートを固定し船に乗り移る
恐るべき早業でボートを固定し船に乗り移る

1jan2011 海賊さながら・・・
海賊さながら・・・

1jan2011 右舷で大量のエビを売り捌くおっちゃん
右舷で大量のエビを売り捌くおっちゃん

1jan2011 出撃してくる艦隊 1jan2011 「フォー!」と叫びながら手を上下させる
出撃してくる艦隊                     「フォー!」と叫びながら船に近づいてくる

2011/1/2 日
Day 5
今朝も5:00に起きだしてみたものの、やはり曇天&雨もパラパラ・・・やはり雨季なのね。
マナウスからだいぶ東へ移動し、日の出が早くなった。5:00だともうすっかり明るくなっている。
本格的に雨に降られることこそなかったものの、一日どんよりと低く雲の垂れ込めた冴えない天気。
ま、晴れていようが曇っていようが船の上でできることは限られているのだが・・・要するに船上はけっこう暇である。
にもかかわらずベレンに近づくと、ちょっと寂しいような、もっと船に乗っていたいような、そんな気分になってくる。
特に今回に限った話ではなく、飛行機でもバスでも列車でもいつもそう、目的地に近づくと何故かもっと乗っていたいような気がしてくるのだけれど、それって自分だけ???
初めての見知らぬ土地に着き、一から宿探しをしなきゃならないのが億劫で、無意識のうちに逃避しているのだと思う、たぶん。
そんなわけで、船の上はもう十分なんだけど、ベレンに近づいてくるともっとここでのんびりしていたいような、そんな気がしてくる。人の心のうちは複雑である。
船の上から遠望したベレンは驚くような都会で、高層ビルが林立していた。人口こそマナウスの方が多いのだけれど、明らかにベレンの方が都会だ。
15:45にベレンの港に着岸。マナウスとは1時間の時差があり、時計を1時間進める。
ちょっと億劫になりながら荷物を背負って下船し、セントロの方へ歩き出す。特に安宿の情報も持ち合わせていないので、宿のありそうなプレジデンチ・ヴァルガス通りを目指すことに。
地図にある港に着いたのならセントロまで2km以内、当然徒歩圏内であるのだが、今ひとつ船がどこに着いたのかわからない。
船着場にいたタクシーの運ちゃんに聞くと、プレジデンチ通りまで8kmもあるという・・・ホントかよ?
それより何より危ないのでタクシーで行けと言う。運賃を聞くと20R・・・うぅぅむ、却下。
タクシー代をケチって歩くことにする。まだまだ明るいし、いくらなんでもお天道様の下で襲われることもなかろう・・・。
が、歩き始めてすぐにただならぬ空気を察知した。ここはスラムだ。フェリー乗り場の界隈は前後左右ともずっとスラム。特に今日は日曜で、道沿いの店は軒並み閉まっている。
路上には老若男女を問わず、けっこうな人がたむろしているのがまだ救い。笑顔を投げかけてくれるおっちゃんも中にはいるが、ただならぬ目つきの奴が多過ぎる。
久々の緊張感。こんなにアンテナを張り巡らしながら歩かなきゃならんのは実に久しぶりだ。
スラムのど壷にはまると最悪なので、路上のおっちゃんに道を訪ねる。言葉が不自由そうであったが親切なおっちゃんで、細かく説明してくれたのだが、どうやら聞き間違えたらしい。
ビルの見える方へ歩き始めると、「そっちじゃねぇ」とでも叫びながら走って追ってきてくれた。あっ、そっちですか・・・。
おっちゃんが親切に乗り合いタクシーっぽいミニバンを止めてくれたので、結局乗って行くことにした。あとどのくらいあるのかまったく確信がなかったのと、スラムのただならぬ空気に気圧されて・・・。
結果的にはまだけっこうな距離があったので、歩かないで正解!
スラムを抜けてプレジデンチ通りに出ても、日曜でゴースト・タウンと化しているためか、どことなく廃れた空気が漂っている。
適当なところで降ろしてもらい、歩いて宿を当たるも、どこも高ぇ~。安そうなところに狙いを定めても、Wが60~70Rもする。
幸いにも、まったく偶然に路地を一本入ったところに安宿を発見。宿の名はホスタル・アマゾナス。トイレ、シャワー、ファン付きのWが一泊42R。ちなみにドミもあり。
とりあえず一泊することに即決したのだが、ココ、なかなかいい宿です。何と!情報ノートがあった。WiFiもフリー。
日曜にもかかわらず近くに感じのいい屋台は出ているし、スーパーも開いていてありがたかった。
それにしても、フェリーでベレンに着いた人には迷わずタクシーに乗ることをオススメする。日曜以外ならもうちょっとマシなのかもしれないけれど、特に日曜に着いた人は迷わず乗った方がいい。歩くと怖い思いをすると思う。

2jan2011 いよいよベレンが見えてきた
いよいよ前方にベレンが見えてきた
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