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チェゼナティコ

2010/7/6 火
リミニはなかなか居心地のいい町だった。有料ビーチのあたりは観光地っぽくていささかいただけないところもあるのが、まぁ許容範囲だ。宿のおっちゃん&おばちゃんも実にいい人だった。
10:30の列車に乗ろうと思い朝食後にパッキングして駅に行ったのだが、何故だか今日は10:30の列車がなくなっていた。チェゼナティコまでの切符を買って列車の時間を聞いたら12:30・・・予想外に時間が空いてしまったので駅前でカフェを飲んで時間を潰す。チェゼナティコまでは一人2.4E。
15分前に駅に行くと既に列車がホームに入っていて、時間通り12:30に発車。イタリア鉄道の時間の正確さに毎日驚かされている。
チェゼナティコまでは30分ほど。駅から出ると、いきなり駅舎のならびにパンターニ博物館と思しきものが目に入る。おぉぉ・・・ここがパンちゃんの生まれ故郷かと思うと感慨深いものがある。
チェゼナティコはリミニなどと違い静かな田舎町だ。外国人はおろかイタリア人すら大挙して押し寄せることなどまずない、典型的なイタリアの片田舎といったところだ。
まずは宿探し。インフォメーションもないのでいつもの通り勘で海の方へ行ってみる。人に安いホテルを知らないか聞きながら(英語はまったく通じないんだけど)、どうにかこうにかいくつか宿のかたまるエリアに辿り着いた。ホテルは総じて高く、安そうなところを当たってみても48~60Eといったところだ。
「PENSIONE」の看板を掲げる宿を当たってみると、一軒目はあいにく満室だったが、そこの宿の人が教えてくれた近くの「PENSIONE」に部屋をとれた。Wが一泊40E。
宿の人に地図をもらい、パンターニのお墓と博物館の場所を聞いて早速博物館に向かう。やはり駅の並びにあったのが博物館だったのだが、行ってみたら15:30まで昼休みだった。
仕方なく近くのリストランテで食事をとることに・・・旨い!その上安い。チェゼナティコは宿は決して安くはないが、リストランテやスーパーの食材はリミニなどと比べて段違いに安い。食の王国イタリアに来て初めて美味しいものにありつけた気がする。ここまで外食は高くて手が出ず、ひもじく自炊してたから・・・まぁ自炊にしても食材自体が美味しいのは確かなんだけれど。チェゼナティコには確か漁港があり、新鮮な海産物を食べられるのもありがたい。
15:30、満を辞してパンターニ博物館(入場料5E)へ。おぉぉ・・・パンターニの乗ってた自転車や着てたジャージや靴が・・・感激だ。モニターにはプロ時代のパンターニの疾走する姿が流れ、壁には一面写真や絵などが所狭しと展示されている。
新聞や雑誌の記事も見事にスクラップされている。おそらく家族の方がスクラップしていたものだろう、アマチュア時代から他界するときのものまで物凄い量だ。
やはり何と言っても一番興味を惹かれるのはパンちゃんの乗ってたマシーンたちだ。ジュニア時代に始まりアマチュア時代からカレラ時代、そしてメルカトーネ・ウノ時代に亘る8台もの自転車が展示されている。サドルもハンドルもペダルも、パンちゃんが実際に使っていたそのものだ。
パンちゃんは絵を描く趣味もあったようで、パンちゃんの描いた絵も何点か壁に展示されていた。
入口のカウンターの付近では本やDVDをはじめ、パンちゃんグッズも売られている。'98年のツールで着ていたレプリカ・ジャージがあったので思わず買ってしまった。背中には「PANTANI」のネーム入りだ!長袖のジャージとパンツ、グローブとバンダナは持ってるんだけど、半袖ジャージは当時買いそびれてしまってずっと欲しいと思っていたものだ。しかも日本で売られていたものは「PANTANI」のバックプリントはなかったはずだ。たったの40Eだから、日本でジャージを買うことを考えたらかなり安い。
やはりパンちゃんは多くの人に愛されていた(今でも愛されている)んだなぁと思う。シャイで繊細なところはあまり王者っぽくはなかったけれど、計り知れないスター性があった。たとえアームストロングがツールで7連覇しようと、ここまでファンに愛されてはいまい。
博物館は決して広くはないのだが、展示の内容は素晴らしく、おそらくここに何日いても飽きることはないと思う。結局3時間も居座ってしまった。
博物館を出たその足でパンちゃんの眠るお墓に行ってみたが、あいにく18:00で閉まっていた。また明日ということで・・・。同じ店で食事をして宿に帰った。
イタリア人は、自分の見てきた感じではきちっとしている。がさつで大雑把なところは微塵もない。明るいけど物静か、そんな人が多いように思う。皆節度をわきまえていて羽目を外しすぎることはない(と言い切ろう)。要するに、自分にとって好印象な人たちだ。
狙ってそうなったのか偶然なのか、その昔三国同盟を組んだ三国は、ドイツにしろイタリアにしろ気質的にはかなりの共通項を持つ国同士であったと実感せずにおれない。
夜は向かいのホテルのバールで、じいちゃん、ばあちゃんたちがイタリアン・ソングに合わせてダンスをしていた。チェゼナティコのホテルに泊まっているのはイタリア人の年寄りが多いみたいだ。明るく楽しそうにダンスをするじいちゃん、ばあちゃんたちに通り掛かりの若者たちが喝采を送る。実に微笑ましい光景だ。
これがユーロ・ビートだったりすると耳障りで無性に腹が立ったりするのだが、イタリアン・ソングが大ボリュームで流れていても一向に煩いと思わないから不思議だ。節度があって0:00前にはピタッと演奏がやんだ。
今日のW杯準決勝第一試合は宿のTVでじいちゃんたちと一緒に見た。3-2でオランダが快勝。最後こそちょっとドタバタしたが、途中までのオランダは完璧だったように思う。昔も今も南米のチームとヨーロッパのチームの差はディフェンス力にあるような気がする。

6jul2010 パンターニ博物館 6jun2010 博物館の外に貼られた特大写真

6jul2010 ジュニア時代のジャージ 6jul2010 カレラ時代のジャージ

6jul2010 98ツール優勝車 6jul2010 新聞記事

6jul2010 98ツールのマイヨ・ジョーヌ 6jul2010 99ジロで乗っていたビアンキ

6jul2010 キャリアの最後で乗っていたカレラ 6jul2010 パンちゃんの描いた絵

6jul2010 寄せ書き
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