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イスタンブール その1

2010/6/22 火
「旅の定義は第一に移動の途中にあること」。沢木耕太郎もどこかで言っていたが、自分もそのように捉えていて、どこかに滞在しているときよりも移動の過程にあるときが一番楽しかったりする。
したがって、できる限り陸路移動にこだわりたい。点と点を結ぶ空路での移動は、自分が思うに異空間へワープしているようなもんだ。途中の過程がまったく見えない。移動した途端、人も景色も気候も一変しているわけだ。
現実の世界ではそんなことはあり得ない。アフリカからヨーロッパでもアジアからヨーロッパでも、少なくとも陸続きであれば人も気候も変化はかなり連続的である。そんな変化を五感で感じることが自分は好きだ。
中東ではかなり小刻みに動いていたので長い移動は久しぶり。アレッポからイスタンブールまでバスに揺られることおよそ24時間、久々に距離を稼いだ感じだ。
4:00過ぎに宿を出て近くのバス乗り場まで歩くと、バスは既にスタンバイしていた。安いチケットのためまったく期待していなかったのだが、想像を遥かに超えるキレイさと快適さに驚いた。
出発予定の5:00前に出発。車内はとても空いている。
およそ1時間でバーブ・アル・ハワの国境に到着。シリアの出国税は550SP。シリア側にもトルコ側にもキレイな免税店があり、シリアからトルコへ抜ける人の多くはタバコをたくさん買い込んでいる(トルコはタバコが高いので)。荷物チェックがあるため当然何人かで分散して持ち込むことになる。
トルコ側の国境は巨大だ。シリア-トルコ間のメイン・ルートで、昼間は相当混むのではなかろうか。トルコは、日本人は3ヶ月以内の観光目的の入国ならビザ不要。菊の御紋のパスポートは強力だ。
国境に1時間半ほどストップ、再スタートしておよそ1時間半でアンタキアに到着。アンタキアでバスの乗り換えになる。
トルコは物価が高いが、主に税金のためと思われる。ほぼ全てのものに付加価値税の18%が掛かっている。そんなわけで物価は高いのだが、裏を返すと政体はとてもしっかりしているように見受けられる。町も道路もとてもキレイでかなり計画的に整備されている。バスターミナルなどどこも空港のようである。
トルコのバスがまたかなりすごい。後輪が二軸の巨大なバスで、南アフリカのインターケープに次ぐ快適さである。路線やバス会社によっては車内にWiFiが飛んでいたり、飛行機のようにモニターが一人一台ついているらしい。さすがに今回乗ったバスはそこまで豪華ではなかったが、3~4時間に一度ティーサービスはあるし、十二分に快適なバスだった。
トルコに入るとガラッと環境が変わる。もはや砂漠は存在しない。広大な草原と畑の海、青い空と白い雲、明灰白色の石灰岩の山とそこに疎らに生える木と下草の緑、山の稜線付近にはかなり雪も残っている。色合いが単調だった砂漠の世界から来ると、色のコントラストがとても鮮明に映る。圧倒的に平原が多いが、山のあるところの景色はもう完全にヨーロッパの景色だ。
日本車もあまり目にしなくなった。走っているのはほとんどが欧州車で、そんなところからもヨーロッパの匂いを感じる。
トルコの面積は日本の2倍強、もっとずっと大きな国かと思い込んでいたので意外な気がした。実は面積だけで言えば日本はそれほど小さな国ではないのだ。ヨーロッパで日本より大きな国は2、3国しかないはずだ。あくまで面積だけなら日本はドイツより大きいのだから・・・ただし山がちで人の住めるような平地が少ないというだけの話だ。
トルコに住んでいるのはトルコ人やクルド人。ムスリム圏ではあるが、もうアラブ世界ではない。本をただせば遊牧騎馬民族、そしてオスマン・トルコ帝国の末裔たちの住む世界、アラブとは異質な世界である。
言語的には、トルコ語を話す人たちは元来モンゴル高原一帯を中心に住んでいたが、時と共にシルクロードを中心にシベリアからアドリア海にかけてのユーラシア大陸を横切る広範な範囲に分布するようになったらしい。そこからいくつもの言語に分かれて発展し、現在に至っている。これらのトルコ諸語(テュルク諸語)にはトルコ語のほかにアゼルバイジャン語、トルクメン語、ウズベク語、キルギス語、カザフ語、ウイグル語などがあり、互いにとても似ていて意思の疎通は普通にできるようである。
トルコ語を話す人たちは大部分がトルコ国内に住んでいるが、トルコ語が話せれば中央アジア一帯で意思の疎通が可能ということだ。実に壮大な話だ。
さらに一説によると、トルコ諸語はモンゴル語、ツングース語などと起源を同じとするアルタイ語族に属するらしい。日本語がどのような言語系統に属するのかについては定説がないが、トルコ語と日本語の間にはかなり文法的な類似性があるらしい・・・人称代名詞は省かれ述語は文末に置かれる、前置詞はなく日本語の助詞に相当する接尾辞がある、冠詞がない、など。非常に興味をそそられる話である。
今回旅に出て一番面白いと思ったのは「言語」だ。実に多種多様で、歴史を絡めて考えると非常に興味深い。もう一度学生に戻るなら、ぜひともその辺の勉強をしてみたいものである。
21:00頃アンカラを通過。アンカラのバスターミナルは特に巨大で3階建て、ホントに空港のようだった。
アンカラを通過したら突然雷雨となった。雨なんていつ以来だろうか?おそらくエチオピアのマケレで一度だけ夕立に遭って以来だ。
車内のTVでW杯を見てから眠りにつくと、知らない間にボスポラス海峡を越え、まだ暗いイスタンブールに到着した。

22jun2010 イスタンブール行きのバス 22jun2010 バスの車窓から

2010/6/23 水
イスタンブールは雨だった。到着したのは4:30で、まだ外は真っ暗。どこに着いたのかも定かでない。
アンタキアのように空港のような快適な待合室を思い描いていたのだが、バスを降りると近くにはキオスクのようなところしか居られそうなところがない。仕方なくキオスクのテーブルに座ってお茶を飲みながら明るくなるのを待つ。肌寒くてとてもTシャツではいられない。
トルコの人も総じて親日的でフレンドリー。ここのキオスクで働くアフメットもとても親切なやつだった。彼はイラン国境に近いヴァンという町の出身でクルド人ということだった。イランやアルメニア、グルジアとの国境に近いトルコの東部はクルド人が多く住む地域とのことだ。
クルド人もイギリスなど大国の利権争いに翻弄され、複雑で暗い歴史を持っている。トルコやイランではクルド語や民族衣装の使用が禁止されていたが、規制がだいぶ緩くなったのか、彼も時折り堂々とクルド語を話していた。たまたま人にもらったガイドブックの切り抜きにいくつかクルド語が出ていて、それを見せたら、同じくキオスクで働いているというクルド人の友達と一緒になって大喜びだった。
アフメットの教えてくれたところによると、どうやらバスはオトガルに着いたようである。夜中寝ているうちにボスポラス海峡を越え、アジア側からヨーロッパ側に渡っていたらしい。
オトガルから安宿のある旧市街のスルタンアフメットまではメトロとトラムヴァイを使って行くことができる。メトロが6:00から動き出すらしいので、6:00過ぎにアフメットに礼を言ってオトガルを後にする。別れ際、彼は出会った記念にムスリムのアクセサリーをくれた。
メトロもトラムヴァイも運賃は一人1.5YTL。トルコの通貨は新トルコリラ(YTL)で、1YTL=65円くらいである。メトロとトラムヴァイの駅の間は少し歩く。トラムヴァイというのは路面電車のことだ。
スルタンアフメットでトラムヴァイを降りると、二人組に声を掛けられた。スルタン・アフメットには宿が腐るほどある。目をつけていたところが2、3軒あったのだが、話を聞くと悪くなさそうなので部屋を見せてもらうことに。
暫し歩いて着いたのはハーモニー・ホステルという宿。まだオープンして1年という新しい宿だ。ハッキリ言って当たり!14人部屋のドミが1ベッド20YTL(10ユーロ)。WiFiはフリーで朝食のほかに何と夕食までついている。レセプションのある屋上からはボスポラス海峡が一望の下。アヤソフィアも見える。即宿泊決定。
屋上のレセプションにいると突然激しい雷雨になったのでとてもラッキーだった。あのままトラムヴァイを降りて宿探しをしていたらびしょ濡れになったことだろう。
暫し部屋で横になってから早速朝食をいただき、それから荷物の整理。トルコに来た目的の一つはいらない荷物を送り返すこと。荷物を仕分けしてから外に出る。
永遠の都、イスタンブール。ローマ帝国、ビザンティン帝国、オスマン・トルコ帝国の首都として1,600年の長きに渡って栄えたかつてのコンスタンティノープルである。イスタンブールと名を変えたのは15世紀半ばのオスマン・トルコ時代。
アジアとヨーロッパ、古いものと新しいものがうまく融合し独特の景観を醸し出している美しい町だ。とても巨大で見所も多く、隅々まで見て歩くにはけっこうな日数を要するだろう。
トルコにはまたゆっくり来るつもりなので、今回の滞在ではあまり忙しく動き回らずのんびりするつもりだ。
それにしてもキレイな町だ。路面電車の走る町というのもまたいい。アレクサンドリアもそうだったし、日本の広島や長崎、高知もそうだけど、路面電車の走る町というのはいいもんだ。
物価が高くても町がこれだけキレイだと妙に納得してしまうところがある。観光客の多さで言ってもこれまで訪れた町の中でダントツだ。
食のレパートリーが増え、何を食べても美味しい。食の単調だったアラブ世界から来ると感動モノである。
WiFiも至る所で利用でき、町中のちょっとした公園がフリー・ゾーンになっていたりする。
イスタンブールのモスクはとにかくデカイ、そして美しい。これまで見てきた他の国のモスクとは一線を画すスケールだ。これを見るだけでもイスタンブールに来る価値は十二分にある。
二軒ほど郵便局を回ってみたがちょうどいい大きさの小包箱がなく、町中のネジなどを扱う店で箱をもらってきた。宿に帰って荷物を詰めてみたらジャスト・フィット!
夕方、また激しい雷雨があった。この時季のイスタンブールは毎日こんな天気なのだろうか?
緯度がだいぶ上がり、20:30過ぎまで外は明るい。宿の夕食は20:00過ぎから。おっちゃんが屋上のレセプションで手間暇かけて作ってくれるトマトソースのパスタはかなり旨い!トマトソースと一緒にヨーグルトをかけて食べるのだが、酸味が増してこれがイケル。

2010/6/24 木
今日も曇りがちで天気が悪い。そして何より寒い。宿の人に聞いたら通常6月のイスタンブールでこんなことはなく初めてのことらしい。何ヶ月か前に噴火したアイスランドの火山の影響だろうと言っていた。真意の程は確かでないがホントにそうかもしれん・・・。
朝食後にまずは郵便局に小包を出しに行った。宿から一番近い郵便局は本局なのか、建物がやけに立派である。荷物は予想外に重く、4.2kgもあった。送料は船便で64YTL。
天気がよくないので、今日は心なしか町中の人足も少ないように思える。イスタンブールに来てまだモスクすらまともに見に行ってないが、どうせなら天気のいい日に見たいので今日はたまった日記を書いたりして宿の近くで一日まったり。
昼過ぎに同じドミに泊まっているタケヒロ君と昼食に出かける。行きつけの店などを案内してもらったが、やはりトルコは何を食べても旨い!米も食べられるし、(食べないけど)ちょっとお金を出せば魚やステーキも食べられる・・・きっと旨いに違いない。あれだけ飽き飽きしていたカバブだけど、トルコのケバブは旨そうに見えるから不思議だ・・・今度一度くらい食べてみるか。
タケヒロ君に旨いと聞いてハマッタのが、プリン(のようなスイーツ)とアイラン(飲むヨーグルト)。
(まだ治らないんだけど)腕や首がブヨに刺されたようにボコボコになって痒いのは、虫にやられたのではなく実は栄養バランスが崩れているのかも。間違いなくビタミンやカルシウムは不足しているだろうから・・・ということもあって、アイランは昨日から一日3本は飲んでいる。
トルコでのマユミはと言うと、もう誰も「ジャパン?」とは聞いてくれない。ここに来て多いのは「マレーシア?」と「フィリピン?」・・・他にどんな国が出てくるのかけっこう楽しみだったりする。
夜は日本のW杯一次リーグ最終戦、対デンマーク戦!こちらの時間だと21:30のキックオフで、宿の最上階にあるレセプションの大画面TVで観戦。日本人3人のほかアメリカ人、イギリス人、宿の従業員の人たちと一緒に日本を応援・・・みんな日本を応援してくれたので気持ちよく観戦できた。
日本チームの素晴らしい戦いっぷりもあって応援に熱が入る。今の日本チームはまとまりがあってなかなかいい。特に本田のキープ力はすごいと思う。あまり目立たないけどディフェンスも安定していて安心して見ていられる。異国の地で日本を応援するというのは、また格別な気分だ。
3-1でデンマークに快勝!おめでとうニッポン!
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