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熊野古道より帰還しました

一昨日の2月22日、熊野古道から帰ってきました。
雨のため当初予定していた出発日を一日遅らせ、1月31日に和歌山の橋本へ移動。
橋本駅が今旅の歩き始め地点となりました。
その日のうちに九度山まで歩き、次の日から高野山町石道→小辺路→中辺路→伊勢路と繋ぎ、神宮に参拝してひとまず旅の目的を達成。
参拝を終えた足で鳥羽へ抜け、伊良湖へフェリーで渡り、渥美半島を田原市街まで歩いて三河田原駅から列車で帰ってきました。
九度山から伊勢の神宮まで所要20日、雨で丸々停滞が二日あったので実働18日ってところです。

今冬は西日本でよく雪が降りましたね。(なんだかもう鳥取を狙い撃ちという感じで・・・)
南国のはずの那智勝浦の海岸線にまで雪雲がかかり、雪が舞っていたのだから、相当強い寒気でしたよ。
おかげで雪の舞う那智滝を見られたりしました。

こういう人のにおいのする(した)ところを歩いていて思うのは、昔の人はすごかったなぁということですね。あらゆる意味ですごかった。
今ではとても考えられないような山中に住み(昔はこんなに木がなかったからずいぶん印象が違ったのだろうけど)、石垣を積んで広大な平地を作り出し、そこを田畑にして食糧を自給。高いところでは2mほどにもなり、数キロに及ぶ長大な猪垣などまるで万里の長城のようですよ。
延々と続く石畳の道を重機など用いずに造ったというのも今ではちょっと考えにくい。
すべて熊野古道に限った話ではないけれど、生活面での話がそうなら旅の面でもそう。昔の人は脚が強い。
移動手段といえば歩くことで、常日頃から歩いていたから当然といえば当然なのだけれど、脚の強さは現代人と比べるべくもない。
同じところを歩いた江戸時代の人の日記などが残っていますが、もう圧倒的に速いんですよね、歩くのが。
もちろん昔は現在古道や旧道となっているところが主要な街道で、道はもっと整備されていただろうし、旅籠や茶屋が街道沿いにたくさんあったからずっと少ない荷で歩くことができたに違いない。それでも昔の人の移動ペースには驚かされますね。
今回歩いたところだって、藁で編んだ履物で冬でも普通に通行していたのだからすごい。にわかには信じられない。
願わくば、江戸時代にタイムスリップして旅籠や茶屋で賑わっていた当時の街道を歩いてみたいものです。茶屋でお茶と団子、それから各地の名物などをいただいたりしながら・・・。

ブログはしばらく熊野古道の記録をこつこつと綴ります。

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雪の高野山奥之院・・・静寂に包まれ幻想的

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伊勢の神宮だけは冬でも関係なくけっこうな人出(それでも他の季節と比べればずいぶん少ない)

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東寿司の麺寿セット(伊勢うどん+寿司)おいしゅうございました。穴子巻きも旨かったなぁ・・・(遠い目)
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