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奥山の大木、里にくだりて神となる・・・御射山神社御柱大祭

御柱祭というと諏訪大社のものが有名ですが、実は同じ年に全国の諏訪神社や関連社でも行われています。
我が村でも、この4月2日に御射山神社御柱大祭(里曳き、建て御柱)が行われ、自分もこの日は朝から一日、御柱を曳いてました。

御柱祭とは、六年ごと(七年目ごと)の寅年と申年に、モミの巨木を山から曳き下ろし、神社の四隅に建てる祭りで、正式には「式年御柱祭(しきねんみはしらさい)」という。

御射山神社の御柱祭は、享保七年(1722年)に社殿を修築した際、諏訪大社にならって行われるようになったのがはじまりとされ、今回で50回目を迎える(それ以前の相当古くから行われていたようであるが、文献が残っていないらしい)。
御柱は上片桐(現松川町)、七久保(現飯島町)、片桐、葛島(ともに現中川村)の四地区から一本ずつ供出されるならわしで、御柱祭は現在の郡・町村の行政区分を超えた規模の大きな祭りとなっている。

「見立祭」にて候補の木が決められ、胴回りを測って太い順に「一之御柱」から「四之御柱」とされる。今回は一之御柱が上片桐、二之御柱が我が地区の葛島、三之御柱が片桐、四之御柱が七久保である。

御柱の伐倒については以前、「御柱の伐倒(御射山神社二之御柱 2015)」に書きましたので、興味があればご覧ください。

三月には地区ごとに地区内を曳行する「山出し」が行われ(我が地区は3月20日に終了)、この4月2日に片桐宿から神社まで曳行する「里曳き」が行われ、神社境内の四隅に無事御柱が建立された。

御柱大祭の日は朝が早い。
地区のお宮(大宮神社)に朝6時に集合。揃って参拝後、さっそく御神酒をいただいてから(この日は一日御神酒漬けである)、送迎バスで御射山神社へ移動。

7時から御射山神社の境内で御柱曳行式典があり、渡御の出発を見送る。
渡御(とぎょ)というのは、神様が神輿に乗り、崇敬者の里を回ること。祭当日、白丁烏帽子の神輿付き奉仕者が神輿を担ぎ、神社を出発して各地区を回り、神社へ帰ってくる。
御柱の通り道はもちろん、神輿の通り道にもすべて、地区の人の手によって事前に榊が供えられている。

御柱曳行式典が終わったら、御柱の出発地まで歩いて移動。
出発地では、8時から一之御柱より順に御祓い式があり、曳行開始は8時30分。
つまり、待ち時間が長い。一之柱から順に出発するので、特に二之柱以降は前がつかえていると待ちになる。
実は曳いている時間より待ち時間のほうがずっと長い・・・。

待ちの間は御神酒が振舞われ(そのために御神酒係が酒を満載して御柱の直後を追走している)、曳き方も梃子方も木遣り衆も皆、一日御神酒漬けになること必定。

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(左)出発を待つ一之柱(上片桐の皆さん)と、(右)同、二之柱(葛島の皆さん)。
当然ながら、地区ごとに曳き方の人数や年齢構成はだいぶ違う。一之柱が大きいせいもあるのだが、上片桐は大所帯だ。

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(左)8:30、ようやく一之柱が出発!快晴!
(右)続いて二之柱も出発するが、すぐに前がつかえてストップ。長らく待ちとなる。待ちの間は御神酒が振舞われる。

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柱ごとに自前で準備している御神酒以外に、このように沿道(上片桐)の方々が振舞ってくれる。
これがまた会社や施設なんかが振舞ってくれるのならわかるのだが、一般の家が樽酒を出してくれることも少なくなかったので驚きだ。

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曳き綱の先端(というか末端というか)は、このように蛇の頭になっている。
太い曳き綱に、水で濡らした藁縄を何本もタイオフし(タイオフしたらよって一本にする)、これを各人が曳く。

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木落としもある。柱が土にめり込んでしまってなかなか大変。(写真は一之柱)
これはダメじゃね・・・という状態になっても、大人数で曳くと何とかなるからすごい。気分はありんこ。

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(左)木落としのポイントまで柱を引き上げる。
(右)舵取りは梃子長の仕事。難しいのは曲がり角やカーブ。鋭角であるほど難しい。

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柱のほうにばかり気をとられて足下の確認が疎かになりがちなので、溝に落ちたり段差から落ちたり・・・気をつけないとけっこう危険。

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(左)柱を落とすべく奮闘中の梃子方と、(右)柱が落ちるのを固唾を呑んで待っている曳き方。

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木落としが終わると、核心の踏切の通過・・・列車の時間があるので、通過できるタイミングが決まっている。

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踏切の先にあるお宮で昼休憩。その間に渡御がお宮の前を通過していった。
昼食は手弁当で、通常は家族などに届けてもらって一緒に食べる。うちはもちろんマユミが持ってきてくれた。

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(左)曳き始めは木遣りの掛け声に合わせて。  (右)そしてまた待ち・・・

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狭いところも難しい・・・梃子方の役割も重要

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(左)御柱の後を追う御神酒満載のサポートのリヤカー・・・地区により様々で、大所帯の上片桐は軽トラが三台ついていた。
(右)御神酒はこのように竹筒に入れて、御神酒係の方がついで回ってくれる。

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写真の寺はなんと、生ビールを振舞ってくれた。神社までもう一息。

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御射山神社に到着!

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一之柱を境内に建てている間、またまた待ち。桜がきれいだったが、埃がすごかった・・・。

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最後の曳き。本殿前の所定の位置まで曳き入れる。

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建てるのはクレーンで一瞬・・・クレーンのパワーはすごい。昔はもちろん人力で建てていたのだろうけど・・・。
諏訪大社の御柱は今でも人力で建てているのだろうか???

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ちなみに、本殿前まで曳き入れるときは、曳き綱の前のほうはこのように急斜面にぶら下がる形になる(写真は三之柱の曳き入れ)。
このとき持っている藁縄が切れると、転落してしまう。一之柱の曳き入れのとき、転落した一人が足の骨を折って救急車で搬送された。

三之柱、四之柱と続けて建てて、建て御柱が完了すると山車の奉納があって、投げ餅で締めとなるのだが、そこまで待っておれず、二之柱が無事建つのを見届けたところで神社を後にしてきました。
後日、四本の御柱が建っているところを改めて見てこようかと思います。
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