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冬の野宿遍路 1日目 1番霊山寺から順打ち開始

2016/1/26 火
始:6:00 ~ 終:17:10 歩行:15km
0600(ネットカフェ跡) ~ 0615(徳島駅)0707 ~ 0740(板東駅) ~ (森さんの店)1000 ~ (1番霊山寺) ~ (2番極楽寺) ~ (3番金泉寺) ~ (4番大日寺) ~ (5番地蔵寺) ~ 1710(上板ファミリースポーツ公園)

待ちに待った夜明け。何はともあれ、無事に夜を明かせたことに感謝。
薄暗いうちに動き出す。西へ来たので、日の出がずいぶん遅い印象だ(実際に遅くなっているわけだけど)。

駅へ行って、コンビニのコーヒーでパンを食べたら、まずは列車で板東駅まで移動。一番札所の最寄り駅が板東駅であることは辛うじて知っていた。
列車はディーゼルの一両だった。曲がりなりにも県庁所在地の駅から出る列車が、ディーゼルの一両のみとは・・・間違いなく記憶のほうが曖昧なのだと思うけど、記憶にある徳島とのギャップに再度戸惑ってしまった。

車窓越しに日が昇る。ところどころ日陰には雪が残っている。
30分ほどで板東駅に到着。駅舎に貼ってあった地図を確認し、霊山寺(りょうぜんじ)に向けて歩き出す。

駅からまっすぐ歩いて最初の角を曲がる。何かの店があって、外でおっちゃんが一人、こちらに背を向けて植木の手入れをしていた。
手入れに没頭している様子だったので、挨拶もせずいったんスルー。
しばらくすると、後ろから声がする。二度目だったか、自分らに声をかけているような気がして後ろを振り返る。
すると、先ほどのおっちゃんが、「お茶でも飲んでいき」と大声を出しながら、カップをスプーンで掻き混ぜるような仕草をしていた。
「ここはトルコか・・・」
反射的にそう思った。なんだか妙な懐かしさがこみ上げてきた。

急ぐ旅でもないし、お接待を断るのは失礼でもある。
来た道を戻っておっちゃんの店へ。何の店だかよくわからないが、店の外には「おへんろ亭」とか「お遍路さん休憩所」と書かれている。
おっちゃんは森さんという。毎朝、駅からやって来る遍路者に声をかけ、店に招いて接待することを日課にしているようである。
この時期は遍路者が少ないので、油断をしていたら自分らが通り過ぎてしまった、ということだった。

お遍路をこよなく愛する、非常に世話好きな人で、遍路がはじめての人で森さんに声をかけられたらラッキーかもしれない。
自分らがはじめてと知ると、寺をお参りするときの作法とか、徳島県内の遍路道のこと、そして何より安く泊まれる宿のリストをくれて、何日目はここに泊まるとよいと事細かに説明してくれた。
結局、自分らの場合はテント泊だったので、善根宿などの情報は結果的にあまり役には立たなかったのだけれど、ありがたいことです。

遍路をする人はどんな格好で歩いているのか、札所では何をするのか。
このあたりのことがはじめての人にはよくわからない。自分らもごく断片的な知識しかなかった。

結論から言うと、これらは本人の信仰心によるところが大きい。
自分ら二人は真言宗の門徒ではないし、厳密には仏教徒ですらない。
遍路についても信仰心や願掛けから思い立ったのではなく、単に遍路道を歩くということに興味があったからやろうと思ったまでであり、余計な出費をする気はさらさらなかった。
よって、遍路といえば=ご朱印を集めることといっても過言でないと思うけど、これが納経帖を数千円で買った上に墨書と朱印をいただくと、札所ごとに300円かかると知ってからは、朱印はいらないか、ということになった。
格好についても、菅笠、数珠、輪袈裟はまず要らないと思っていたし、白衣(びゃくえ)と金剛杖はあってもいいかなと思ったけれど、一方で買うのも馬鹿らしいかとも思っていた。
ただ、納札(おさめふだ)だけは、いくらもしないので札所ごとに納めようと決めていた。お接待を受けたときのお返しなど、名刺代わりに必要ということも知っていた。
それから、線香をあげて読経はしようと思っていたので、線香だけは事前に百均で買ってあった。その他のものはとにかく一番札所へ行けばすべて揃う、ということは事前に情報として知っていた。
これら参拝に必要な品は通常、頭陀袋(ずだぶくろ)という幼稚園児が持っているようなバッグに入れて持ち歩くのだけれど、自分らは代替品として自転車レースで使用するサコッシュ(いつだかの乗鞍HCの参加賞)を準備してあった。

以上が、森さんのところに来る前の自分らの準備であり、心構え。
が、森さんの話を聞くうちに一部で考えが変わった。
金剛杖と白衣はあったほうがよいだろう・・・そう思えるようになった。信仰心とかそういうことではなくて、単に実用的な理由からだ。
白衣なり金剛杖を持っていれば、ひと目で遍路とわかる。歩いているときもそうだし、例えばお堂に泊めてもらうときとかテントを張るとき、そんなときでも杖を立てかけておくなどすれば遍路の者だとわかり、現地の人に怪しまれないで済む。

その後の感想を先に言ってしまえば、これはまさにその通りだった。白衣はともかく金剛杖は必携ではなかろうか。身分を証明する以外にも、上り下りなどでずいぶん助けてもらった。
遍路において金剛杖は弘法大師の化身とされ、「同行二人」というのは、いつも弘法大師といっしょに歩いているという意味だ。弘法大師が橋の下で休んだとされることから、橋の上では杖を突かないのが慣例である。昔は、遍路の途中で行き倒れたら、そのまま杖が墓標にされたという話もある。
遍路に関するこのあたりのことについては、また改めて別のところでまとめて書こうと思います。

森さんの話はなかなか終わらない。
そうこうしているうちに、森さんの友人であり、宿リストの作成者でもある松田さんもやって来て話に加わる。
松田さんはちょうどリストの最新版を森さんのところに届けに来たところで、できたてほやほやのリストもあわせていただいた。

どんな格好で歩くんだという話になったとき、森さんが、「そうだ、ちょうど女物の白衣が一枚あるから差し上げよう」と言い出して、マユミに白衣をくれた。
ありがたや。
通常、白衣に男物も女物もないと思うけど、「南無観世音菩薩」と書かれたものは、普通男は着ないものらしい。

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森さんの店にて

結局、森さんの店には二時間以上いたようだ。
さてそろそろ・・・となったところで森さんが、「今日は他に人が来ないから、1番札所まで一緒に行こう」ということになった。
森さんの話では、やはり冬の間は人が少なく、三月になるとドドッと人が増えるらしい。

松田さんに留守を頼んで、一緒に歩いて一番札所へ。森さんのところから1番霊山寺まではすぐである。
寺に着き、森さんに促されるまま、まずはいったん納経所へ。霊山寺は本堂の中に納経所があり、そこで遍路に必要な品を揃えられる。
すったもんだの末、結局購入したのは・・・金剛杖×2、白衣、経本、ろうそく一箱、納札、地図。締めて10,028円也、チンッ。

ちなみに地図というのは、へんろみち保存協力会が発行している特殊な冊子で、四国の札所や仏具店以外ではたぶん手に入らない。
2,500円もする上、B5版の冊子なので嵩張りますが、歩き遍路には必須ではないでしょうかね。
遍路道が距離とともに詳細に記されているほか、休憩所やトイレ、コンビニ、スーパー、宿などが細かく記載されている。
いかんせん初版発行が1990年で、それ以降改訂はほとんどされてなさそうなので、地図にあるスーパーがつぶれていたりするのは茶飯事ですが、これがないとかなり苦労するのではなかろうか。
ただしこの地図、ページごと、どころか同じページでもコマごとに北の位置が変わるので、地図を使い慣れた人には非常に使いづらい。
自分が今どこを、どっちの方角へ歩いているのか、四国全図などと見比べないとまったくわからなくなる。
反面、カーナビ感覚だろうから(それを狙って作っているのだと思う)、普段地図など見ることのない人には使いやすいのだろう。

必要なものが揃ったところで、いったん仁王門の外へ出て、はじめからやり直し。
札所はもちろん真言宗の寺で、基本的に本堂と大師堂がある(他にも寺によって薬師堂などいろいろある)。
本堂というのはご本尊(如来や菩薩など、寺によって異なる)を祭ってあるお堂で、大師堂は弘法大師を祭ったお堂。基本的に本堂→大師堂の順にお参りする。
お参りの作法などは森さんに教わったことを中心に、別のところにまとめようと思います。

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1番霊山寺

一番札所のお参りを終えたところで、既に昼近くになっていた。
森さんに見送られて、2番極楽寺(ごくらくじ)へ向う。いよいよここから遍路のスタート。
1番からの距離は僅か1.4km。そこから2.6kmで3番金泉寺(こんせんじ)、3番から5kmで4番大日寺(だいにちじ)、さらに2kmで5番地蔵寺(じぞうじ)。
ここらは札所が密集していて、次々と現れる。
地図の上では、1番霊山寺から西へ、内陸へと入っていく形になっている。

山門の前で一礼、手水で手と口を清めたら、つけるところでは鐘をつき、本堂→大師堂の順にお参りする。
ろうそくに火をつけて線香をあげ、納札箱に納札を納める。お賽銭を入れたら合掌し、邪魔にならないところに移動して読経する。
寺を回りはじめてすぐに感じたことだが、心を静めて仏前で読経するというのは、実に気持ちがいい。
特に、他に人のいない静まりかえった寺で読経すると、なんともいえない清々しい気分になる。
遍路のやり方は人それぞれで、中には朱印を集めることだけが目的で読経などしない人もいるけれど、せっかくお参りしているのだから読経くらいはしたほうがよい、と思う。

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(左)2番極楽寺、(右)3番金泉寺・・・基本的にすべての札所において、山門(仁王門)の前で写真を撮ることにした

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が、終わってみると、特に印象深い寺でもない限り、どこがどこだかわからない状態に・・・写真は、4番大日寺の(左)山門と(右)本堂

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よって、本堂や大師堂の写真もなるべく撮るようにした・・・5番地蔵寺

さて、今晩の寝床。
初日は森さんの勧めてくれた、6番安楽寺の通夜堂に泊めていただこうかと思っていた。
森さんに、宿には(できれば昼過ぎには)必ず予約の電話を入れること、と口すっぱく言われていたので、寺の通夜堂を予約するというのも変な話だなぁと思いつつ、3番金泉寺の参拝を終えたところで電話してみた。
タイミング悪く、ちょうど寺で講かなにかをやっていて、今晩はダメということだった。残念!
ちなみに、通夜堂というとどうしても葬式と結びつくが、夜を過ごすためのお堂といったくらいの意味だ。寺で通夜するなどと使ったりする。
葬式のいわゆる通夜というのがいつからそういっているのか知らないが、もともとの意味は、四国によらず修行で諸国を回る僧が、寺やお堂で夜を過ごすことを通夜といったのだと思う。

通夜堂がダメなら、今日は上板スポーツ公園だ。
この公園は地図にはないのだが、そこにテントを張れるということを情報として知っていた。
地図にある「スーパーでぐち」の近くに公園があるだろうから、そこで買い出しをして公園に行こう、そんな腹積もりだったのだが・・・
つぶれてました、スーパーでぐち。

幸い、その手前にあった直売所が開いていたので駆け込んだ。
そこで話を聞くと、スーパーでぐちは一昨年の夏あたりにつぶれたらしい。付近には他にスーパーやコンビニはないようだ。
この直売所も17:00に閉まったので、まさにギリギリのタイミングだった。

直売所でラーメンとフィッシュかつを買って、上板ファミリースポーツ公園へ。
広い公園で、室内のプールは水泳教室の子供たちで大賑わい、テニスコートでは隣の中学生が部活動の真っ最中だった。
スイミングの子供たちがバスで帰ってから、いちばん落ち着く遊具の近くの木陰に幕営。

夕食は選択の余地なくラーメンとなった。
それまで、夕食にはいつもの通り米を炊こうと思っていた。が、明日以降もラーメンでいいんじゃね、ということになった。
何より楽だ。MSRなら1リットルのお湯などすぐに沸くから、ガソリンの節約にもなる。
米を買うとなると最低でも2、3キロ単位ってことになるわけで、そんなのを背負って歩くのは無駄なのでは・・・というより、そんなの背負ってたら歩けないのでは・・・とも思えたからだ。
自転車のときは5キロくらいの米を持って難なく走っているわけだから、やっぱ自転車ってのはすごいな。

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(左)岡の宮の大楠・・・四国にはこんな巨木がごろごろある、(右)この日のテン場(翌朝撮影)
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