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我が村の御柱=御射山(みさやま)神社二之御柱

前回、来年は我が村でも御柱祭がある、と書いた。
来年の御柱には果たしてどこのモミが使われるのだろう、とも書いたが、これが自宅から500mほどのところにあった・・・。

11月23日の勤労感謝の日は、収穫祭の手伝いをしていた(サラリーマン時代も、「勤労感謝の日」は「勤労に感謝して働く日」だったなぁ・・・)。
収穫祭が終わって、借りたテントを地区の集会所へ返しに行くと、テントを置いている棚に何本かの丸太が立てかけてあった。御柱の梃子棒?にするものらしい。
御柱はいつ伐り出すのか訊いてみると、11月28日という話。今週の土曜ではないか。

「今回はどこからモミを伐り出すんですか?」
と尋ねてみると、
「あれ、知らなかったっけ?じゃあすぐそこだから、帰りに寄ってみるか」
ということで行ってみると・・・そこはほぼ自宅の裏山といっていい、自宅から500mほどのところだった。

そこにはいつの間にか、「御神木」と表示されたものが立てられていた。
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御神木を伐倒するのに邪魔になる木や枝も、既に伐採されている。
おそらく集会所にあった梃子棒?は、ここで伐採された木であろう。

すぐ近くに大きなモミジの木があり、その紅葉があまりに見事だったので、近くまで行って眺めたのはまだ十日ほど前のこと。
そのときには別段なにも変わった様子はなかったわけだが、そのモミジの太い枝もバッサリ切られていた。
いつの間に・・・。
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きれいに紅葉していた、御神木のすぐ近くのモミジ

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自宅からほんの500mほど。果樹園で仕事をするときには通勤路であり、朝、時どき散歩しているコースでもあるわけだが・・・まったく気づかなんだ。
ホント、いつの間に・・・。

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これが御神木(2015/11/24撮影)。見事なモミの木。

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建設現場のような足場が単管で組まれ、伐倒方向へワイヤもかけられている。

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足場へと下りる道もこの通り、きれいに整備されている。

「御神木」とあるから、もしかして伊勢神宮の式年遷宮の御神木のように、斧で倒すのかと思って訊いてみると、(おそらく斧入れの)神事は行うらしいが、伐倒自体はチェーンソーでやるということだった。
ま、チェーンソーで伐るといったって、こんな巨木だから特殊伐採の範疇。普通の山仕事で使うような、バーの長さが40~50cmのチェーンソーではまず伐れないわけで、バーの長さが1m以上あるような、チェーンソーのお化けのようなやつで伐るんだろうけど・・・。

伊勢神宮の式年遷宮の御神木(御樋代木(みひしろぎ)=御神体を納めるための器となる材)は、「三ツ紐伐り」という三方向から斧を入れる古くからの作法で伐り出される(幹の三方向から斧を入れ、三箇所のツルを残して伐倒することで、伐倒方向が決めやすく、木材も痛めない)。
御神木は、内宮と外宮とで二本必要で、伐倒の際には二本の先端を交差させて倒すならわしのため、お互いが届く距離に生えていなくてはならない。他にも、樹齢二百年以上であるのはもちろん、無節の上質な材であることなど、数多くの要件を満たさなければならない。

遷宮に用いるヒノキ(一万本以上必要!)を伐り出す山のことを御杣山(みそまやま)という。
御杣山は、第三十四回式年遷宮(1323年、1325年)までは、基本的にすべて内宮と外宮の背後の山であったが、原木の枯渇による伐り出しの困難さから、第四十七回式年遷宮(1709年)から、尾張藩領(尾張徳川家)の木曽谷に移され、以後、三百年以上にわたり木曽谷を御杣山としている。
木曽谷の上松町(力士の御嶽海の出身地!)にある赤沢自然休養林へ行けば、「三ツ紐伐り」によって伐り出された御神木の切り株を見ることができます(三方向から斧を入れて伐り倒されたことがよくわかる)。

ちなみに、神宮では内宮・外宮周辺の山を再び御杣山とすべく、1925年頃から、これらの山へヒノキを植林し続けている。
が、遷宮の用材として使用できるまでには二百年以上かかるから、内宮・外宮周辺の山から伐り出した材が本格的に使用されるようになるのは2120年頃からとなる。壮大な計画だ!
先に行われた第六十二回式年遷宮(2013年)では、約七百年ぶりに、内宮・外宮周辺の山から出た間伐材が一部に使用された(全用材のおよそ25%ほどが賄われたらしい)。

話が飛びました。
11月28日は、裏山で行われる御柱の伐倒を見学しに行こうと思います。
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