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諏訪大社と御柱祭

松本城からの帰りに、諏訪大社の下社にも行ってきた。
時間短縮のため、今回は松本から岡谷まで高速を使ったのだが、高速を走ったのなんて実に六年ぶり!(笑)
ETCがきちんと作動するのかどうか、少々不安なところがあったのだけれど、無事に使えてホッ・・・とした。

諏訪大社は、信濃国一宮であり、全国におよそ二万五千社ある諏訪神社の総本社。日本最古の神社のひとつともいわれる。
諏訪湖の周辺に四箇所の境内地(二社四宮)がある。
二社四宮というのは、上社(かみしゃ)である本宮(ほんみや)と前宮(まえみや)、下社(しもしゃ)である秋宮(あきみや)と春宮(はるみや)のこと。

上社は諏訪湖の南東(茅野)、下社は諏訪湖の北(下諏訪)に位置しており、単に寄りやすいという理由から、今回は下社の秋宮と春宮に参拝してきた。
実はこれまでも、下社には参拝したことがあるのだけれど、上社のほうへは行ったことがない。すぐ目の前まで行ったことは何度もありながら、まだ一度も参拝できずじまい。
近いからいつでも行けるという頭があるのがよくない。なにかもやもやしたものがあるので、上社へは日を改めて自転車で行ってみようと思います・・・。
ちなみに、上社、下社となっているのは単に呼称上でのこと(と思う)であり、社格に序列があったりするわけではない。

遅い昼食にそばを食べてから、秋宮→春宮の順に参拝(伊勢神宮のように参拝に順序があるわけではない、と思う)。
たいていの神社がそうであるように、巨木の茂る境内というのは非常~に落ち着く。

ひとつ特徴的であるのは、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がない。
代わりに、秋宮はイチイの木を、春宮はスギの木を御神木として拝している。
古代の神社には社殿がなかったとも言われているから、諏訪大社はその古くからの姿を残している、といえるのかもしれない。
ちなみに、上社の本宮にも本殿がなく、御山を御神体として拝しているが、前宮は本殿を有している。前宮が、古くは上社摂社であったためであるらしい。

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(左)秋宮の神楽殿、(右)春宮の境内・・・非常~に落ち着く

秋宮と春宮の間は1.2kmほど離れている。
せっかくだからと、ヤンと一緒に歩いたのだが、特にこれといって目を惹かれるものもなく、車で移動しちゃってもよかったかな、という感じだった。
下諏訪がけっこうな坂の町で、すごいところに住んでるな・・・ということだけよくわかる。

秋宮と春宮では様子がずいぶん違っていて、秋宮のほうはひっきりなしに参拝者がやって来るのと対照的に、春宮のほうは貸切状態だった。
両宮では参拝者の数がずいぶん違いそうだ。
春宮は駐車場も狭い。

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(左)春宮の神楽殿、(右)下馬橋
下馬橋は室町時代の造営で、下社で最古の建造物。遷座祭において神輿のみが渡る。

さて、諏訪大社といえば、なんといっても御柱祭。
山の上からモミの巨木を落とし、それに乗って最後まで振り落とされなかった氏子が英雄になる、というアレです。年によって死者も出る。

正式には、「諏訪大社式年造営御柱大祭」という。
寅年と申年の六年ごと(七年目ごとといったほうがわかりやすいのかも?)に行われる式年祭である。
山中からモミの巨木を伐り出し(各宮四本ずつ、二社四宮あるので計十六本)、諏訪地方の各地区氏子の分担で四つの各宮まで曳行し(山出し→里曳き、その過程に「木落し」がある)、各宮の四方に御柱を建てる(建御柱)。
諏訪大社の社殿の周りには、一之御柱~四之御柱と呼ぶ四本の御柱が常に立てられている。これを寅年と申年に建て替えるのが御柱祭。

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秋宮一之御柱

来年、2016年(申年)は御柱祭の年である。
御柱祭というのは、実は全国の諏訪神社や関連社でも行われる(小宮祭という)。
我が村でも、来年は小宮祭がある(御柱の年はなにかとたいへんなようである・・・)。
自宅の裏山(というほどのものでもないが)には、見事なモミが自生している。過去には、ここから御柱が伐り出されたこともあると聞いた。
来年の御柱には、果たしてどこのモミが使われるのだろう???
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