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ニャマガベ(ギコンゴロ)

2010/4/12 月
ルワンダはとても美しい国だ。山がちな国土で日本に似ている。
今日は宿に荷物を置いてニャマガベまで行ってきた。ニャマガベというのはギコンゴロの変更後の名称である。ここにもジェノサイド記念館がある。
7:30過ぎに宿を出て、目の前にあるおっちゃんの店でパンとチャイの朝食をとる。おっちゃんの店は仕事前の人たちで大盛況だ。空いている席がなかったのだが、一人のおっちゃんが「こっちに来て座れ」と席を譲ってくれた。皆とても親切でフレンドリーだ。フランス語ができればもう少しコミュニケーションがとれるんだけどなぁ・・・。おっちゃんの店のチャイはインドで言うところのマサーラー・チャイだ。スパイスが効いていてとても旨い。パンも柔らかくて美味しい。
バス・スタンドまで歩いて、ギコンゴロもしくは途中のブタレ行きのバスを探す。カンパラ・コーチという、自分らがカンパラ行きのバス・チケットを買おうと思っているバス会社の人がギコンゴロ行きのバス乗り場まで親切に案内してくれた。バスは何故かガソリン・スタンドから発着し、チケット売り場もガソリン・スタンドの中にある。こりゃ地元の人でもない限りわからんわ。ギコンゴロという地名は変更されてニャマガベとなったらしい。ニャマガベまで運賃は一人2,300Rwf。
8:30発のバスだったのですぐに来た。バスの時間は驚くほど正確だ。ニャマガベはキガリの南西160kmくらいのところにある。国内の中距離の移動にはすべてトヨタのコースターが使われているのだが、どのバスもまだ新しくてキレイだ。雨季には道路が冠水することもあるのか、どのコースターにもスノーケルがついている。
標高1,700~1,800mくらいの山道を延々と走るのだが、視界が開けているので明るく、道路も広い。舗装もキレイなのでとても快適である。自転車で走ったら気持ちいいかもしれない。カテゴリー2、3級くらいの山岳ステージがずっと続くわけであるが・・・。
ルワンダが美しいというのは、一つにはゴミが少ないからである。国境で徹底的にポリ袋を回収していることが功を奏しているのかもしれない。ちなみにルワンダで買い物をすると、ポリ袋ではなく懐かしの紙袋に入れてくれる。
掃除する人の他に草刈りする人、なんてのもよく見かけるような気がする。同じ山がちな国で、気質も日本人に似ているのであろうか?
山は日本ほど急峻ではなく、なだらかな丘のような山が延々と連なっている。車窓から見る風景は、日本の山里のようで実に美しい。高木の樹木が多く、日本のような山林もある。樹種も豊富で、珍しく針葉樹も生えている。いやー日本人である自分には実に心和む風景だ。
ちょうど2時間でブタレに到着し、バスを乗り換える。やはりガソリン・スタンドである。ずっと補助席だったのでちょっと疲れた。
ブタレから道はちょっと山深くなる。30分でニャマガベのバス・スタンドに到着。同じバスにニャマガベに住んでいるという一人の親切な女性が乗っていて、ジェノサイド記念館への行き方を教えてくれた。バイク・タクシーで10分ほどらしい。運賃は一人500Rwfだ。
2台のバイク・タクシーに分乗してダートをしばらく走ると記念館に着く。やはり看板などはなく、言われなければそうとわからない。記念館は眺めのいい小高い丘の上に静かに佇んでいた。
レセプションに入ると人がいて、どうやら女性の方が施設内を案内してくれるらしい。女性も英語は不得手で、相変らず「フランス語は話せないの?」と言われてしまう・・・フランス語が話せれば、もっとずっとルワンダを楽しめると思う。
女性の説明では、ここはジェノサイド前は建設途中の中学校か何かだったらしい。ジェノサイド後に今の記念館となったわけであるが、元々教室になるはずであったであろう建物に女性の後から近づくと・・・いきなり「それ」が目に飛び込んできた。白くミイラ化した犠牲者の遺体である。腰くらいの高さの台の上に並べられている。部屋に入ると、ムッとした空気と共に異臭が鼻を突く。一番多いのはまだ小さな子供の遺体である。子供は壁に打ち付けられたりして虐殺されたようだから、どの遺体も無残に頭蓋が割れている。まったく有り得ない、息を呑む光景だ。部屋は幾つもあり、どの部屋も遺体でいっぱいだ・・・そのほとんどは小さな子供である。
一歩部屋の外に出ると、美しくのどかな明るい山里の風景が広がっている。そんな中に静かに佇む施設とのギャップが激しく、にわかには目の前の現実を受け入れられない。
敷地内を歩きながら女性の話してくれたところによると、虐殺されて埋められていた人たちの遺体が掘り起こされてここに安置されているのだという。実際に遺体の埋まっていた巨大な穴も残っていた。犠牲者が身につけていた衣服は別の部屋にまとめて置かれている。衣服についている泥が生々しい。
記念館にはパネルや写真といったものは一切ない。犠牲者の遺体と身につけていた衣服だけが静かに迎えてくれる。むしろそれがために、見た者のインパクトが増長されるような気がする。
台帳に記帳し、幾ばくかの寄付をして記念館を後にした。
待ってくれていたバイク・タクシーに乗ってバス・スタンドに戻ると、30分後に出るバスが本日の最終便だという。急いでチケットを買い、軽く腹ごしらえしてバスを待つ。暫くするとバスが来て時間通りに出発した。
行きと同様にブタレでバスを乗り換え、16:00にキガリに帰ってきた。明日ウガンダのカンパラに発つことにし、その足でカンパラ・コーチにてチケットを取る。明日も朝早く、バスは5:45に出発である。
夜寝る前に2回目のメフロキンの服用。

(最初、ルワンダには行かなくてもいいかな、と思っていた。ルワンダで虐殺関係の施設を見ても気分が暗くなるだけだし、と思っていたからだ。ところが来てみたら、ルワンダはとてもいいところだった。とても気に入った。なんといっても人がいい。親切だし控えめだし落ち着いているように感じる。バスの中には静かな音楽がかかり、乗客も大声で話しているような人はいない。みんなフランス語が堪能のようで、私たちが「フランス語はわからない」と言うととてもガッカリした顔をする。こちらもガッカリ。片言でもフランス語がわかったら良かったな。そんな物静かな国民性のルワンダで虐殺があったなんて信じられない。それもほんの少し前の話。キガリの記念館にも行ってパネル展示など見たけれど、残念ながら私の英語力ではなぜそうなってしまったのか?それからどうなったのか?という詳細までは理解できなかった。「ルワンダの涙」という映画も見たけれど、もうずいぶん前だから忘れてしまってるところも多い。これはあとでキチンと勉強しなくては・・・。ルワンダに来て良かった。東アフリカの中でおすすめの国です。 マユミ)

12apr2010 ジェノサイド記念館からの眺め 12apr2010 ジェノサイド記念館を案内してもらう

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